23日に予選の行われる女子100mの注目は何と言っても福島千里(SEIKO)。長年にわたり日本女子短距離界をリードしてきたが2018年のアジア大会辺りから故障の影響もあってか精彩を欠き、昨年のシーズンベストは4月のアジア選手権(ドーハ)でマークした11秒92に留まっている。当面の課題は11秒80の日本選手権参加標準を早い段階でクリアすることにあるが、故障の回復状況を含め、コンデションをどこまで上げることが出来るかが重要になってくる。今大会がかつての輝きを取り戻すきっかけとなるか。
エントリー中、資格記録が最も速いのが、昨年の日本インカレと国体を制した湯淺佳那子(三重県スポーツ協会)。25日より行われる三重県選手権にもエントリーがあるため欠場も有り得るが、出場してくれば優勝候補の筆頭だ。東京オリンピックリレープロジェクト第二期メンバーとして、11秒62のPBに近いタイムでレギュラー入りをアピールしたい。
その湯淺と日本インカレで好勝負を演じた宮園彩恵(国士館大4)も今大会注目の存在だ。高校時代は混成種目を専門とし、短距離に本格的に取り組み始めたのは大学入学後。当初は200m、400mを主に走っていたが昨年の学生個人選手権で200mを制すると、秋には日本インカレでこれまで目立った実績のなかった100mにも出場して湯淺に次ぐ2位、得意の200mでは大阪成蹊大の齋藤愛美に敗れるも、湯淺を押さえて2位と学生陸上界に新風を吹き込んだ。10月のデンカチャレンジでも勢いは止まらず、200mで齋藤や青山聖佳(大阪成蹊AC)らを押さえてグランプリ初優勝と、一気にトップクラスと肩を並べるまでに成長を遂げている。また宮園は選手紹介や、ゴール後、表彰式で、ウサイン・ボルトのライトニングポーズや、亀田史郎氏のサイコーポーズを取り入れた独特の決めポーズを披露する明るいキャラクターの持ち主で、今大会の100m、200mを好タイムで制し2冠を獲得するような事があれば注目も一気に高まるかもしれない。女子100mの準決勝、決勝は24日。
200mで宮園のライバルになりそうなのが広沢真愛(東邦銀行)。日体大3年時の2018年は日本選手権400mを制するなど頭角を現したが昨年はアジア選手権後の故障によりほぼシーズンを棒に振る事となった。200mは2018年の日本インカレを制しており、得意種目だ。故障からの回復次第でここを制してもおかしくない実力を有している。女子200mは大会三日目の25日から予選が行われ、準決勝・決勝は翌26日。
昨年競技復帰した寺田明日香(パソナグループ)が日本人初の13秒切りとなる12秒97の日本記録を打ち立て、刺激を受けた他の選手達も軒並み好記録をマークし勢力図が変わりつつある女子100mH。今大会にはその寺田の名前こそないものの、GPシリーズ並みの好メンバーが集まった。
青木益未(七十七銀行)は2月の大阪室内陸上60mhで寺田を破ったように、スタートダッシュとトップスピードには定評がある。緊急事態宣言を受けた活動自粛により今期の好スタートに水を差された格好になったが、今大会でも持ち味を生かして13秒15の自己ベスト更新を望みたい。
高校時代は史上3人目のインターハイ100mH三連覇で将来を嘱望されていた福部真子(日本建設工業)もエントリー。日体大時代はやや記録が停滞していたが、実業団2年目の昨年に一気に覚醒、自己ベストも13秒13にまで伸ばしてきた。昨年の勢いをそのままに実力者青木に先着して優勝し、今後のシーズンに弾みを付けたいところだろう。
他にも、13秒02とエントリー選手中最も速いベストタイムを持つ経験豊富な紫村仁美(東邦銀行)、福部同様昨年記録を伸ばしてきた若手の鈴木美帆(長谷川体育施設)の力も侮れず、誰が勝ってもハイレベルな記録が期待出来そうだ。
800mには昨年の日本選手権で中距離2種目を制した卜部蘭がエントリー。ロングスパートを得意とし、スタミナも充分ながら更に一段階切り替えられるラストの切れ味も持ち合わせている選手。既に15日に行われたホクレン網走大会で1500mを自己ベストに肉迫するタイムで走っており、今シーズンも好調だ。
同じく800mにエントリーをしている広田有紀(新潟アルビレックスRC)は医師の国家試験に合格している異色の選手。今春秋田大学医学部を卒業、医学の道を一端中断し陸上一本に絞るためにアルビレックスの門を叩いたその決断から、東京五輪代表の座を掴み取る強い決意が滲み出ている。今大会では好調卜部とゴールまで競り合い、2分04秒89の自己ベストを更新しておきたい。これを越えなければ夢の東京五輪代表の座は見えてこない。予選は24日、準決勝・決勝は25日に行われる。
もう一つの中距離種目、1500mには今年1月にハーフマラソン日本記録(1時間6分38秒)を叩き出した新谷仁美が参戦。15日のホクレン網走大会1500mでは、コーチの横田真人氏がスピード練習の一環と明言している中、専門外ながらあっさり自己ベストをマーク。ここでも力は抜けているが、樺沢和佳奈(慶応義塾大学)ら中距離専門選手には意地を見せて欲しい。尚、バセドー病を克服し、現在は3000m障害をメインに競技に取り組んでいる大宅楓(大東建託パートナーズ)も今大会では1500mにエントリーしている。
フィールド競技では投擲種目、やり投げに出場する右代織江(新潟アルビレックスRC)、斉藤真理菜(スズキ浜松AC)の二人に注目。右代は十種競技の第一人者、啓祐の妹。齋藤は世界陸上ロンドン大会代表の経験があり、共に五輪出場へ重要なWAポイントで出場圏外ながらもボーダーラインには迫っており、凍結期間明けにポイントを上積みするためにも手応えを掴んで置きたい。今大会では決勝一発勝負で24日に行われる。
最後の注目選手は七種競技のヘンプヒル恵(アトレ)。さま~ずのスポーツ番組に出演するなど人気の選手だが、昨年は故障で大会に出場出来ず、五輪出場圏内にいたWAポイントでランキングを大きく落とす事となった。今シーズンは既に11日行われた京都選手権に110mHで出場。11秒59のタイムで優勝し復調気配が感じられる。好記録で五輪出場圏内に再浮上するためのきっかけとしたい。2日間に七種目を戦う体力がどの程度回復しているかが鍵になりそうだ。25日前半4種目、26日に後半3種目が行われる。
2020年に入り一連のコロナ禍によって停滞を余儀なくされていたスポーツ界も、緊急事態宣言解除後にはプロ野球、Jリーグが開幕し、ようやく新たなシーズンが始まった。まだ多くの競技では無観客での大会開催を余儀なくされるなど、昨年までは普通だった「スポーツのある日常」が完全に戻ってきたとは言い難い。それでも少しづつではあるが「スポーツ界の日常回帰」へ向けて確実歩を進めつつある現状を、どの競技のファンも歓迎している事だろう。
陸上競技においては、トップクラスの中長距離選手が参加するホクレンディスタンスチャレンジを皮切りに各地方大会などが続々と開催され、女子3000mでは田中希実(豊田自動織機TC)によって3000mの日本記録が更新されたのを筆頭に、活動自粛明け早々にも拘わらず好記録が続出している。
そして、いよいよ東京にも陸上競技のある日常が戻って来る。残念ながら無観客での開催となるが、選手達には久々の大会を思いきり楽しんでもらいたい。そして私達陸上ファンは、離れてはいても駒澤の空に向けて、心からの声援を送ろうではないか。この日が訪れるのを待ち望んでいた選手達のために。
文/芝 笑翔