それは、目を疑うようなシーンだった。東京選手権女子100m予選5組。最後まで同走の選手に並びかける事ができず、背中を見せつけられたまま力なくゴールすると、肩を落とした。国内大会は無論、国際大会でもこのようなレースを見せたことは無かったのでははないだろうか。福島千里はまさかの組最下位でレースを終えた。
オリンピック3大会連続出場(2008北京、2012ロンドン、2016リオ)世界選手権準決勝進出(2011年テグ大会、100m、200m、2015年100m)日本選手権優勝8回と輝かしい実績を誇り、市川華菜や斎藤愛美ら台頭してきた若手には高い壁となって悉く跳ね返してきた走りの片鱗すら見せる事が出来なかった。
リオオリンピック以降は「勤続疲労」もあったのだろう、度重なる故障に悩まされ、ゴール後に困惑したような、自嘲するような苦笑いを浮かべることもしばしばだったが、この日の予選後の苦笑いはどこか寂し気に映った。
レース後の本人の談話の通り「(故障の)痛みもなく、ある程度は練習を積めている状態」で「練習でも無いタイム(12秒56)」なのだとすると、故障の再発を怖れて無意識のうちに目いっぱいの身体の動きにブレーキを掛けてしまう「イップス」のような状態に陥っているのかもしれない。
現状については「素人でもないし、若手でもない。目を背けないで、考える」と答え、最下位に沈んだ事には「そういうレベルでやっていないので」とプライドを覗かせつつも「次にもし、そういうことがあったら、ちゃんと答えます」と気になる発言もしている。
未だ10月の日本選手権の参加標準を突破出来ていない。タイムリミットは近付いている。福島千里という日本の陸上界に新たな歴史の1ページを刻み続けた女子スプリント界の太陽は、翳りをみせたまま沈み行く刻限を迎えてしまうのだろうか。
文/芝 笑翔