今年のセイコーゴールデングランプリはコロナウィルスの感染拡大の為開催自体が危ぶまれたが、例年の5月開催から8月へと時期を移し、海外トップアスリートの招聘を見送り、無観客大会としてようやく開催に漕ぎつけた。東京五輪標準記録やWAポイントの凍結期間ではあるが、国内のトップアスリートの出場が続々と発表されている。選手達にとっては緊急事態宣言による活動自粛後の初のビッグレースとなり、こちらも秋に開催がずれ込んだ日本選手権の前哨戦の意味合いも有る。現材の自身のコンディションや立ち位置を正確に把握する貴重な舞台で好記録を出し、今後に弾みを付けて置きたいところだろう。
今大会の最大のみどころはやはり男子100m。9秒97の日本記録を持つサニブラウン・ハキーム(タンブルウィードTC)こそ海外に拠点を移しているため出場しないが、桐生祥秀(日本生命)、小池祐貴(住友電工)、山縣亮太(SEIKO)、多田修平(住友電工)、ケンブリッジ飛鳥(Nike)ら、9秒台も期待出来る顔ぶれが揃った。
既に8月1日に行われた富士北麓スプリントで10秒04をマークするなど好調な桐生、向かい風の東京選手権を10秒22で制し復調を感じさせるケンブリッジに対して、今シーズンの本格始動となる山縣、小池はどのような走りを見せてくれるのか。
特に山縣は昨シーズンは肺気胸や腰、足首の故障に見舞われ、結果を残せていないだけに仕上がり具合が注目される。リオ五輪では100mで日本人最高タイムを叩き出し、4×100mリレーでは一走として銀メダル獲得に貢献したが、昨年の世界陸上では山縣抜きのメンバーが日本記録をマークし銅メダルを獲得しており、再び存在感を高めておく必要があるだろう。
その山縣に代わって世界陸上で一走に抜擢された多田は、今季初戦の大阪選手権では調整不足を感じさせた。ほぼ1か月経った今大会、どこまで走りの修正が出来ているかが、好走の鍵となるだろう。
男子100mhでは高山峻野(ゼンリン)と金井大旺(ミズノ)の対決に注目が集まる。
昨年は走る度に記録を更新し、世界陸上でもあわや決勝進出かと思わせる激走をみせた高山は、今季も既に先月の東京選手権100mhを制し、また100mでも決勝に進出するなどスピード強化にも積極的に取り組んでいる。
対する金井は自身の保持していた日本記録を高山に破られ、世界陸上も予選落ちと本領を発揮出来なかった昨シーズンの悔しさを今期にぶつけ、シーズン初戦となった8月2日の法政大記録会では13秒34の自己ベストを記録し、賭ける思いの強さと好調ぶりを伺わせている。
高山が保持する日本記録、13秒25にどこまで迫り、或いは更新できるのか楽しみだ。
既に五輪参加標準記録を突破している男子400mhの安部孝駿の出場も決定。準決勝まで進んだ2017年の世界陸上以降は常にワールドクラスで戦う事を意識し、昨年にはダイヤモンドリーグにも参戦、世界陸上では決勝進出に0秒04まで迫っている。92年のバルセロナ五輪400mの高野進以来、日本陸上界の悲願となっている五輪での短距離種目の決勝進出に一番近い存在は誰あろう、この安部に他ならない。
男子400mでは昨年に45秒13まで自己記録を伸ばしたウォルシュ・ジュリアン(富士通)が、長年破られていない高野進の持つ44秒78の日本記録にどこまで迫れるか。
また、マイルリレーで五輪出場を果たすためにも、ウォルシュに続く45秒台前半で走れる選手の台頭も望まれる。今季すでに45秒台を記録した伊東利来也(早大4年)、昨年の世界陸上マイルリレーでガッツ溢れる走りを見せた佐藤拳太郎(富士通)、若林康太(HULFT)らに期待が懸かる。
男子走幅跳には既に五輪参加標準を突破している城山正太郎(ゼンリン)、橋岡優輝(日本大学4年)、津波響樹(大塚製薬)の三選手が顔を揃え、8mオーバーのハイレベルな記録で大いに盛り上がった昨年のANG福井の再現がなるか、また、高校生8mジャンパ―の藤原孝輝(洛南高校3年)はこの三人に割って入る事ができるか、非常に楽しみだ。
東京選手権では優勝したものの、80mには遠く及ばなかったやり投げの新井涼平(スズキ浜松AC)には、この大会で奮起してもらいたい。7月の奈良県選手権で81m73のビッグスローを見せた寒川健之介(奈良陸協)、小南拓人(筑波銀行)も今月に入って80m55を記録するなど若手が台頭し、日本の第一人者も東京五輪出場に向けてうかうか出来ない状況になってきている。勢いのある二人を上回る投擲を見せ、貫禄を示して置きたいところだ。
女子やり投げも日本記録保持者北口榛花(JAL)の出場が追加で発表され、注目度が俄然高まった。北口は昨年2月と7月に単身でチェコに渡り、やり投げ大国の指導者から最先端の技術を学んだ。世界陸上では結果が伴わなかったものの努力は実り、北九州でのシーズン最終戦で66m00の日本新。この記録はWAの2019年シーズンベストランキングでは7位であり、1位との差も1m98と2m足らずまでに迫り、東京オリンピックでは決勝進出はおろか、メダル獲得も夢物語では無くなってきた。
北口同様に昨年の世界陸上に出場した佐藤友佳(ニコニコのり)は先月の大阪選手権で58m43をマーク。コロナ禍でシーズンが中断する直前の2月には海外で60m59を記録しており、オリンピックイヤーへの思いの強さを見せていた。記録凍結期間中だが、今大会で更に記録を上積みし、延期になった五輪出場へ向けて弾みをつけたい。
活動自粛明け早々のホクレンディスタンスチャレンジシリーズにおいて3000mの日本記録を樹立するなど、1500mから5000mで自己ベストや好記録を連発、シリーズ期間中に開催された兵庫選手権には、北海道から取って返すと800mに出場して優勝を飾るなど、停滞していた陸上界に明るい話題を提供し、一躍時の人となった田中希美(豊田自動織機TC)は、1500mに出場する。ホクレン士別大会では2006年に小林祐梨子(当時須磨学園高校)がマークした4分07秒86に際どく迫る4分08秒68を、スパイクではない練習用のランニングシューズで記録。昨年の日本選手権で800m、1500mの2種目を制し、スピードのある卜部蘭(積水化学)も今季好調、二人の相乗効果で日本記録更新が実現するかもしれない。
100mhにはこの種目で唯一東京五輪出場の目安となるWAポイントランキングでターゲットナンバー内に位置している木村文子(エディオン)の名前こそないものの、昨年陸上界に復帰して早々に12秒97の日本記録をマークした寺田明日香を筆頭に好メンバーが揃った。その寺田は今シーズンの初戦となるが、宮崎選手権で13秒13の好タイムを叩き出したベテラン清山ちさと、東京選手権で青木益未(七十七銀行)、福部真子(日本建設工業)らの実力者を押さえて優勝した若手の鈴木美帆(長谷川体育施設)ら今シーズン勢いのある選手が待ち受けている。青木、福部の東京選手権からの巻き返しも必至で、ハイレベルの激戦が予想される。
今大会のスポンサー企業のSEIKOに所属し、長年女子スプリント界を牽引してきた福島千里の出場しない女子100m。昨年高校生ながら日本選手権を制した御家瀬緑は卒業後、住友電工に所属しての初めてのレースとなる。自らの意思で、小池祐貴を一躍トップアスリートへと導いた臼井淳一コーチの門を叩き飛躍を誓う19歳の当面の目標は11秒40切りだ。
また、昨年までの大東大時代は目立った活躍はなかったが、東京選手権の100mで国体女王の湯浅佳那子(三重県スポーツ協会)を破って優勝すると、200mも好タイムで制し二冠に輝いた鶴田玲美(南九州ファミリーマート)はその後も勢いを持続し、8月9日に行われた鹿児島強化記録会では11秒61まで記録を伸ばして一躍女子スプリント界注目の存在にまで駆け上がった。御家瀬の他にも、石堂陽奈(立命館慶祥高校3年)や齋藤愛美(大阪成蹊大)ら記録上位の若手が揃う今大会でも力走し、今季の走りがフロックではない事を証明したい。
東京五輪陸上競技のメイン会場である新国立競技場完成後、初めて行われる陸上大会でもあるセイコーゴールデングランプリは8月23日に開催される。当日の予想最高気温は29度と厳しい暑さから幾分凌ぎやすくなる見込みとなっている。
文/芝 笑翔