日本記録も誕生したセイコーゴールデングランプリ 桐生、山縣ら注目選手の結果は!

セイコーゴールデングランプリ2020東京(GGP東京)が8月23日、新装なった国立競技場に於いて初めて行われる陸上大会として無観客で開催された。新型コロナウイルスの影響で春の主要大会が全て中止されようやく競技会の再開に漕ぎつけた後、久々に国内のトップ選手が顔を揃える大会である事や、トラックに欧州の競技場によくみられる高反発の素材が採用され、好記録が続出するのではと注目された大会だったが、選手たちの活動が制限された中、或いは東京五輪が1年延期されて手近な目標が設定し難い中でモチベーションを保ち続け、どれだけのトレーニングが積めていたかを如実に表す結果となったのではないだろうか。

事前の評判通りの活躍を見せてくれたのは女子1500mに出場した田中希実(豊田自動織機TC)だ。ホクレンディスタンスチャレンジでは4戦に皆勤しながら中間には兵庫選手権の800mにも出場するなど、活動自粛が明けてから最も精力的に大会出場をし、尚且つ3000mの日本記録をマークするなど好記録を連発してきたが、今大会での日本記録更新を目指す事を公言してもいた。持ちタイムで頭一つ抜けており、ペースメーカも付かないため記録更新には序盤から早いペースで押していかなければいけないことに加え、好調の卜部蘭(積水化学)が必死に食らい付いたため、途中一息入れる事は許されなかった。淀みのない展開になったにも拘わらず、ラスト一周では更に一段階上の素晴らしい切り替えを見せ、見事に4分5秒27の日本記録を樹立し、有言実行を果たしてみせた。
この記録はオリンピック参加標準まであと1秒07にまで迫る記録でもあり、既に標準記録を突破している5000mと併せての2種目出場も夢では無くなってきている。
今後は12月に行われるトラックの長距離種目日本選手権で5000mに優勝し代表内定を勝ち取る事が第一目標になるが、来春にはその5000mのスピード強化を兼ねて、1500mの参加標準突破を目指す姿が見られるかもしれない。
また自身のベストタイムを大きく上回るペースにも拘わらず、果敢に田中の背中を追う積極的なレースを見せた卜部の姿勢も称賛に値する。卜部の頑張りがなければ、日本記録樹立はお預けになっていたかもしれない。

注目の男子100mでは桐生祥秀(第一生命)とケンブリッジ飛鳥(nike)のコンデションの良さが際立っていた。桐生は今期初戦だった1日の富士北麓の記録会で既に10秒04で走っていたが、ここでも予選から10秒09をマーク。通常の大会より間隔が短かったためか決勝こそ10秒14と記録は伸ばせなかったが、やはり好調のケンブリッジ飛鳥を押さえて勝ちきった事に手応えを得たようだ。スムーズなスタートからスピードに乗り、後半のスピードの落ち込みが少ないケンブリッジに並ばれてからも力むことなく抑え切った走りに、昨年までとは一味違う桐生の進化が感じられた。
ケンブリッジ飛鳥も予選で10秒11をマークし、優勝した東京選手権から更にタイムを上げて来た。後半から伸びてくる本来の走りが甦り、ここから更にコンデションを上げ、どのくらい自己記録が伸ばせるかも楽しみだ。
一方で今期初レースとなった山縣亮太(SEIKO)、小池祐貴(住友電工)の結果はほろ苦いものとなった。
山縣の走りは力感に欠け、蹴り脚の力が上手くトラックに伝わっていない印象で、故障からの回復がまだ十分でない事を感じさせた。結果は10秒42で予選落ち。
小池の動きも良い頃に比べるとまだまだ重く、切れが見られなかった。こちらは10秒39で何とか予選は突破したが、決勝では10秒53にタイムを落とした。
初戦である事や、山縣は故障明け、小池はスタートの改造など課題を意識してのレースだった事を考慮してもいかにも記録が悪かった。
もう一人、大阪選手権に次ぐ今期2戦目となった多田修平(住友電工)のコンディションもまだ上がってきていないようだ。10秒37に終わった決勝の後に「調子は良いと思っていたが、噛み合わなかった」と語っているが、自分のイメージに比べてタイムが出ていないのだとすれば、山縣、小池より事態は深刻なのかもしれない。日本選手権に向けて、今後のレースでどこまで調子を上げる事ができるかが現状打破の鍵になりそうだ。

男子100mhの新旧日本記録保持者対決は、旧日本記録保持者の金井大旺(ミズノ)に軍配。持ち味である好スタートで飛び出すと、現日本記録保持者の高山峻野(ゼンリン)を寄せ付けず、13秒45で押し切った。高山は石川周平(富士通)のフライングに珍しく苛立つような様子を見せており、集中が乱されたか。従来のスムーズな飛越は見られなかった。

女子100mHは今期初レースの日本記録保持者寺田明日香(パソナグループ)が13秒03の好タイムで他を寄せ付けず圧勝。コロナ禍で難しい状況の中で一発回答をしてみせるベテランの調整力と底力が一際輝いた。
寺田の影に隠れてしまったが青木益未(七十七銀行)も13秒09の自己ベストと、地力強化が著しく、清山ちさと(いちご)は13秒19と好調を維持。京都選手権で2着に終わるなどここまで今一つ奮わなかった田中佑美(立命館大)も13秒27をマークと調子を上げてきており、この種目の選手達の充実振りが見て取れた。

そんな女子100mhとは対照的に女子100mは課題の残るレースとなった。
昨年の日本選手権女王の御家瀬緑(住友電工)が社会人になってどのようなレースを見せるかに注目が集まっていたが、12秒01の7着と期待通りの走りとは行かなかった。新しい環境への適応と、少女から大人に身体が変わって行く過程の時期特有の調整の難しさは、御家瀬をもってしても克服には時間がかかってしまうのか。今期のうちに11秒4台を切る事が目標と言うのであれば、大会前に故障が有ったとはいえ、出場出来る状態にあるのであれば悪くとも11秒8台では走ってもらいたかった。
1着になった兒玉芽生(福岡大)は11秒62の自己ベストとこちらは好内容。昨シーズンには日本選手権の200mを制している実力者だがその後が続かなかっただけに、今シーズンは好不調の波をどれだけ無くしていけるかが課題となるだろう。

男子走幅跳は橋岡優輝が7m96で制した。欲を言えば8mを記録してもらいたかったが、一本目で記録を残してからも攻めの姿勢を貫いたためファウルが多くなった結果であり、中にはファウルでなければ8m20は跳んでいた試技も有ったので、内容自体は悪くなかった。
やはり一本目から8m近くを跳べる集中力と適応力は世界レベルの大会でも十分戦える武器であり、踏切の精度がより高まってくれば安定して8m20越えのジャンプが見られるようになる筈だ。

女子やり投げは北口榛花が59m38を投げて優勝。60mスローが見せられず、本調子とはいかない内容だったが、身体はむしろ日本記録をマークした昨シーズン最終戦より絞れており、ここから日本選手権へ向けて調子を上げていく段階かと思われる。

男子やり投げはディーン元気が最終投擲で84m05を投げて逆転優勝。ディーンの80mスローは2013年以来実に7年振りだ。ロンドン五輪では決勝進出をはたした実力者が久々のビッグスローに喜びを爆発させた。いつものように投擲の際に身体全体を前方に投げ出すフィンランドのピトカマキのような投法で大きくバランスを崩しながらも、やりはぐんぐん伸びて行った。ディーンの課題は今回の投擲を今後も再現できるかにある。
リオ五輪の代表の新井涼平は81m02を投げて2位と調子を上げてきたが、まだ物足りない。同い年のディーンと競い合って参加標準記録86mを目指さなければならない。

最後に高反発トラックについて少し。
事前に記録が出やすいのではと喧伝された割には、現在の選手たちの調整状況を反映したのか、日本新の女子1500mの田中以外では大目に見ても100mの桐生、ケンブリッジ、100mhの金井、400mの伊東利来也 (早大)の45秒83、女子100mhの寺田と青木、400mhの関本萌香(早大)の57秒51がまずまずの記録と思える程度で、この大会ではその恩恵は感じられなかった。ここに名前を挙げた選手は、今期初戦の寺田を除きこれまでにも好記録を残しており、コンディションの良さと調整の上手さの方が好記録の要因として勝るのではないか。
むしろ高反発により体に負荷がかるのか、男子400mのウォルシュ・ジュリアン(富士通)、同200mの藤光謙司 (ゼンリン)、白石黄良々(セレスポ)が途中でレース止めてしまった要因になっているのではないかと思われ、記録が出やすいといったポジティブファクターを強調するだけでなく、高反発トラックが選手の身体に及ぼす影響についても検証が必要なのではないだろうか。

GGP東京は終わったが、陸上界では29日に行われるANG福井を始め、富士北麓ワールドトライアル、日本インカレ、全日本実業団陸上など、日本選手権まで大会予定が目白押しとなっている。今大会で不本意な結果に終わった選手達にも挽回の余地は十分に残されており、その結果に注目だ。

文/芝 笑翔

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