8月29日、福井市9.98スタジアムに於いてAthlete Night Games in FUKUI 2020(以下ANG福井)が新型コロナウイルスによる緊急事態宣言解除後初の有料観客動員大会として行われた。
桐生祥秀(当時東洋大、現日本生命)が2017年に日本記録を叩き出した会場で行われる事でも知られるこの大会は、昨年の第1回大会で3つの日本記録と1つの日本タイ記録が生まれセンセーションを巻き起こしたが、今年も好記録の続出に、訪れた陸上ファンも沸き上がった。
口火を切ったのは女子100mHの寺田明日香(パソナ)。予選1組に登場すると先週のGGPに引き続き素晴らしいハードリングを披露、12秒92のタイムが速報表示されると観衆もどよめき、日本記録誕生かと思われたが無情にも風は2,3mの追い風で公認記録とはならなった。しかしながら会場の空気を、また出場選手達をヒートアップさせるに十分な見事なパフォーマンスだった。
寺田に触発されたのか続く2組では清山ちさと(いちご)も追い風参考(+3,7m)ながら13秒03を記録、更に3組では青木益未(七十七銀行)もGGPで更新したばかりの自己ベストを0秒01上回る13秒08(+1,7m)で続き、決勝での記録に対する期待は高まるばかり。選手も、そして観客も、やや強く吹く追い風が公認内に収まる事を願っていたに違いない。
決勝で圧巻の走りを見せたのは青木だった。好スタートからの加速で他の選手を突き放し、終盤に激しく詰め寄った寺田を抑えきってゴールを駆け抜けると、会場はまたまた大きなどよめきに包まれた。手応えがあったのだろう、青木が駆けながら速報表示板をちらっと伺う様子が見て取れたが、すぐさま天を仰いだ。真っ先にベテラン紫村仁美(東邦銀行)が駆け寄り、握手で青木を称える。寺田も励ますように、慰めるように軽くハグを交わした。
表示されたタイムは12秒87。風は2,1m。わずかに0,1m風が強く、日本新記録誕生とはならなかった。
しかしながら今シーズンが始まる前には自己記録が13秒15だった青木が、追い風参考とはいえ素晴らしいタイムを叩き出した事実は、寺田を始め多くの選手の闘争心に火を付けるものとなっただろう。遠くにあると思われた東京五輪標準記録にあと0秒03まで迫ったのだ。
男子110mHでも予選から金井大旺(ミズノ)が13秒33と自己記録をマークすると決勝でも13秒27の日本記録まであと0秒02に迫る素晴らしいタイムでGGPに引き続き日本記録保持者の高山峻野を下した。金井の記録もコロナ禍による凍結期間でなければ五輪標準の13秒32を突破しており、13秒39の自己ベストで3位に入った石川周也(富士通)も代表候補に名乗りを上げるパフォーマンスを見せた。この走りを凍結期間解除後に再現できれば、男子110mHの東京五輪フルエントリーも夢ではない。
女子の100mは成長著しい社会人1年目の鶴田玲美(南九州ファミリーマート)が制した。男子のケンブリッジ飛鳥(nike)のように後半のスピードの落ち込みが少ないタイプで、東京選手権、GGPなどではいつの間にかするすると上位争いに加わっているようなレースを見せていたが、今大会では抜群のスタートから40m付近で早くも先頭に立ち、その後は後続を突き放すばかりの圧勝劇。タイムの11秒48は平凡に思われる方もあるだろうが、リオ五輪以降でこのタイムを上回っているのは昨年の御家瀬緑(当時恵庭北高、現住友電工)の11秒46のみ。昨年までは11秒89がベストタイムの選手だっただけに、刺激を受けている選手も多いだろう。今後どこまで記録を伸ばせるか非常に楽しみだ。
大いに盛り上がった大会のフィナーレは男子100m。今期復活を遂げたケンブリッジ飛鳥が10秒03の自己ベストで桐生祥秀を破る波乱の幕切れに、会場の興奮も最高潮に達した。ケンブリッジは9秒台も目前に迫り、予選と併せて2本共に桐生を抑え切った事に確かな手応えを感じているだろう。
敗れた桐生も予選から10秒07、10秒06と10秒0台を2本揃えて今シーズンの変わらぬ好調ぶりを伺わせた。
小池祐貴、多田修平(共に住友電工)の二人も、小池が10秒19の3着(予選は10秒20)多田が10秒21の4着(予選は10秒18)と不振に終わったGGPから大幅な修正を見せ10月の日本選手権制覇に希望が出て来た。
尚、男子200mでは安田圭吾(大東大)が20秒71のタイムで、上山紘輝(近畿大)との0秒01差の激戦を制している。
ご存じの方も多いだろうが、ANG福井は、110mHを制した金井大旺や、今回はコロナ禍による大会規模の縮小で実施されなかった800mの村島匠(福井県スポーツ協会)らによる、「欧米のナイター大会の様に、選手も観客も楽しめる盛り上がった試合をしたい」という思いから立ち上げられたプロジェクトであり、運営資金はクラウドファンディングによるファンからの支援により賄っている。2年続けての好記録続出は気象条件等による偶然の産物では無く、主催者、選手、そして多くの陸上ファンの、大会を成功に導こうとする熱い思いが一体となって結実したものだと言えないだろうか。
新たな日本記録誕生とはならなかったが、選手たちが記憶に残る活躍をみせたANG福井は、魅力的で理想的なスポーツの大会の新しい有り方を見事に提示して幕を閉じた。
文/芝 笑翔