第68回全日本実業団対抗陸上選手権が9月18日より三日間の日程で熊谷市スポーツ文化公園陸上競技場に於いて開催される。当初は5月に大阪での開催が予定されていたが一連のコロナ禍で延期となり、例年と同じく9月の開催となった。同様に延期となった日本陸上選手権がこの2週間後に控えており(混成種目、トラック長距離は別日程)仕上がり具合を量る上で貴重な実戦の場となる。今季好調のケンブリッジ飛鳥(nike)、桐生祥秀(日本生命)、女子1500mで日本記録をマークした田中希実(豊田自動織機TC)は出場しないが、数多くのトップアスリートがエントリーに名を連ねた今大会の見どころを探っていきたい。
今大会最も注目されるのは、男子100mに出場する山縣亮太(SEIKO)だろう。2018年のアジア大会で10秒00のタイムで銅メダルを獲得して以降は相次ぐケガや病気に悩まされ、久々のレースだった8月のゴールデングランプリ(以下GGP)でも10秒42と本来の走りを見せる事が出来ず、調整不足を感じさせた。現時点でまだ結果が出ていないが、9月6日の富士北麓ワールドトライアルのエントリーがあり、ここを挟んで走りのメカニズムをどの程度修正してくるか。ここで10秒1台が出せるくらいまでコンディションを上げる事が出来れば、この秋最大の目標とする日本選手権で、今期先行しているケンブリッジ、桐生らとも十分な戦いを挑む目途が立つだろう。
同じく男子100mに出場する小池祐貴、多田修平(ともに住友電工)は、GGPでは小池が10秒39、多田が10秒37と山縣同様に不振に終わったが、翌週行われたAthlete Night Games in FUKUI2020(以下ANG)では小池が10秒19、多田が10秒18と立て直してきた。ここから更に上積みをして、欲を言えば10秒0台を狙って行きたい。
男子110mHには今シーズン火花を散らす熱い戦いを繰り広げている金井大旺(ミズノ)、高山峻野(ゼンリン)が共にエントリー。GGP、ANGと金井が先着し、タイムも高山の持つ13秒25の日本記録にあと0秒02まで迫るなど、まさに絶好調。
高山も昨年ほどの勢いは見られないが徐々に調子を上げてきており、ここで三度の先着を許すを訳には行かないだろう。
石川周平(富士通)も侮れない存在だ。ANGでは13秒39の自己ベストをマークするなど急速に力を付けて来た。先述二人の争いに割って入る事が出来るか。
男子400mHの安部孝駿(ヤマダ電機)にはGGPでは見せられなかった48秒台の走りを期待。昨年の大会を48秒92の好タイムで制した鍜治木崚(住友電工)は今シーズンやや不調で、好調な若手豊田将樹(富士通)との争いとなりそうだ。
男子走り幅跳びは日本記録保持者の城山正太郎(ゼンリン)がここまで本来の跳躍が出来ておらず、その城山と共に世界陸上に出場した津波響(大塚製薬)も同様。きっちりと修正し、今期まだ記録されていない8mジャンプを見せて欲しい。
男子やり投げにGGPで84m05のビッグスローを披露したディーン元気が登場。今大会でもその再現がなるか。エントリーに新井涼平(スズキ浜松AC)の名前こそないが、今シーズン既に80mを記録している 小南拓人(筑波銀行)、寒川建之介(GRAND STONE)を含めたハイレベルな争いを期待したい。
女子は100mHが熱い。ANGで追い風参考(2,1m)ながら日本記録を大きく上回る12秒87の爆走で寺田明日香(パソナグループ)を破る大金星を挙げて波に乗る青木益未(七十七銀行)に、敗れはしたものの今期好調な日本記録保持者の寺田、そして満を持して登場するロンドン五輪代表の木村文子も加わり、日本記録での決着も有りそうだ。
木村は今期初レースとなるがそこは経験豊富なベテラン、調整能力にも定評があり、しっかりとコンディションを整えてくるだろう。いきなりの快走も充分に有り得る。
この他清山ちさと(いちご)、鈴木美帆(長谷川体育施設)も好調で、ベテラン紫村仁美(東邦銀行)もエンジンがかかってきた。昨年覇者の福部真子(日本建設工業)はもう一段階状態を上げて上位陣に食い込みたい。
女子100mには今期瞬く間に台頭してきた鶴田玲美(南九州ファミリーマート)がエントリー。鹿児島県選手権、鹿児島県強化記録会とローカルな競技会で好タイムを立て続けにマークしてきたが、東京選手権で100m、200mの2冠を制し、GGPでも2着と健闘するとANGでは遂に11秒5を切る11秒48で優勝を果たし、その勢いは留まる気配がない。
第一人者の福島千里はアキレス腱の故障の影響もあってか今シーズンはまだ一度も11秒台を出せず、苦しんでいる。富士北麓を挟んで少しでも調子を上向かせて今大会に挑む事が出来るか。復活の走りを期待したい。
女子走り幅跳びの秦澄美玲(シバタ工業)は出場大会が少なかった事もあり、ここまでのシーズンベストが6m28と記録が伸ばせていない。この大会で自己ベストの6m45近辺を跳んで、日本選手権では6m50オーバーを果たさなければ、目標とする東京五輪代表の座は見えてこない。
女子やり投げには、五輪参加標準を突破している北口榛花(JAL)が出場予定。今期既に海外で60mオーバーを記録している佐藤友佳(ニコニコのり)ともども、GGPでは届かなかった60mスローを見せて、日本選手権への手応えを得ておきたい。
8月21日、日本陸連より男女の3000m障害、5000m、10000mの長距離3種目が、12月4日に大阪のヤンマースタジアム長居でオリンピック代表選考会を兼ねて開催される事が発表された。既に5000mで参加標準を突破している田中希実、廣中瑠梨佳(日本郵政グループ)、5000m、10000mの2種目で突破している新谷仁美(積水化学)の3名は日本選手権に優勝すればオリンピック代表に内定となる。また、長距離日本選手権はコロナ禍による参加標準記録の凍結期間明けに開催されるため、各種目の優勝者が五輪内定記録を突破した場合も代表に内定する。そのため今大会は長距離種目の選手にとっては選考会の前哨戦の様相を呈しており、ここまでの仕上がりを量るうえでも重要な一戦となる。
女子5000mに廣中、新谷がエントリーしてきた。 廣中は7月のホクレンディスタンスチャレンジではまだ本来の走りが出来ていなかったが、その後の調整の進捗状況が気になるところ。 10000mにもエントリーの有る新谷はトラックシーズンに入ってからここまで1500mを中心に多くのレースに出場する事で、スピードとスタミナを養ってきた。今大会はその成果を確認する絶好の機会だ。
もう一人の注目は若手の萩谷楓(エディオン)。ホクレンディスタンス網走大会では15分5秒78と記録凍結期間ながら参加標準記録を突破する快走をみせ、一躍代表候補に名乗りを上げた。ここでその再現が出来れば、選考会へ向けて大きな弾みとなる。GGPでは1500mに出場し自己ベストをマークするなど好調を維持している。
男子3000m障害も面白そうだ。ホクレンディスタンス千歳大会で山口浩勢(愛三工業)が8分25秒04、法大時代は山登りで箱根を沸かせた青木涼真(HONDA)が8分25秒85と、オリンピック参加標準記録8分22秒00に迫るタイムを叩き出し、種目全体に活気が出て来た。今大会もハイレベルなレースとなる事が予想される。また故障で昨年の世界選手権を欠場したアジア大会銅メダリスト塩尻和也(富士通)は、復帰後初の3000m障害の出場となり、コンデションが気になるところだ。
そのほか、やはりホクレンで好記録をマークしている男子5000m遠藤日向(住友電工)、昨年の世界陸上に出場した女子5000mの木村友香(資生堂)同じく世界陸上代表に選ばれながらこちらは故障に泣いた女子5000m、10000mの鍋島莉奈(日本郵政グループ)らは代表選考会に向け、内容のあるレースが求められるだろう。
また、既にオリンピック代表に内定している選手たちの中で、男子マラソンの服部勇馬(トヨタ自動車)は10000mに、女子マラソンの一山麻緒(ワコール)は5000m、10000mに、同じく女子マラソンの前田穂南(天満屋)は10000mに、男子20㎞競歩の山西和利(愛知製鋼)、高橋秀樹(富士通)、男子50㎞競歩の鈴木雄介(富士通)は5000m競歩に、女子20㎞競歩の岡田久美子(ビックカメラ)、藤井菜々子(エディオン)の二人も5000m競歩のエントリーに名を連ね、来年夏の五輪本番に向けた調整の中、それぞれの課題を持って今大会に挑む。
文/芝 笑翔