学生陸上界における最高峰の舞台、第89回日本学生陸上競技対校選手権大会(通称日本インカレ)が開催される。一連のコロナ禍に於いて一時期は大会の中止も危惧されたが、徹底した感染拡大防止対策を施し、各種目の出場人数に制限を設け、大会期間を通常の四日から三日に短縮する形での異例の開催となる。
東京五輪の有力な候補選手や、2024パリ五輪で代表を担う事を期待される若きアスリート達が集う今大会のみどころを探っていく。
今大会で最も注目を集めそうなのが男子走幅跳の橋岡優輝(日本大4年)。かつての棒高跳の日本記録保持者である利行を父に、三段跳、100mHの元日本チャンピオンの直美(旧姓城島)を母に持つ陸上界のサラブレッドだ。
昨年8月に行われたANG福井で8m32のビッグジャンプで東京オリンピック参加標準記録を突破すると、10月のドーハ世界選手権では決勝に進出し、8位入賞を果たした。銅メダルを獲得したJ・エチェバリア(キューバ)の記録が8m34。この時橋岡が自己ベストに近いジャンプを見せていたら、メダル争いに加わっていたところだった。
国際大会でも物怖じしないメンタルの強さがあり、1本目の試技から集中を高め、8mオーバーを記録して主導権を奪う事が出来る試合運びの上手さと、試技を重ねるごとに記録を伸ばしていく事が出来る修正能力の高さが売り物だ。
今シーズンの本格始動となった8月のゴールデングランプリでも1本目から7m96と8mに迫るジャンプを見せると、その後も攻めの姿勢を貫いた。僅かに踏切が合わずその後の試技はファールを重ねて記録は7m96のまま終わったが、中には8mを確実に超えていたビッグジャンプもあり、まずは上々の滑り出しと見ていいだろう。
今大会では押しも押されもせぬ優勝候補として、またオリンピック代表候補として、勝つ事のみならず、記録を含めた内容も問われる大会になる。自己ベストを上回る跳躍を期待したい。
男子3000m障害に出場する三浦龍司(順天堂大4年)も陸上界期待のホープだ。昨年の日本選手権に高校生ながら(当時洛南高3年)8分40秒を切る8分39秒37をマークして予選を通過すると、決勝ではタイムこそ落としたが5位入賞を果たし一躍脚光を浴びた。
順大に進学した今年は更なる躍進を見せ、7月に行われたホクレンディスタンスチャレンジ千歳大会では、コロナ禍による記録凍結期間ながらオリンピック参加標準を上回り、2003年に順大の先輩でもある岩水嘉孝(トヨタ自動車)が保持する8分18秒93の日本記録に際どく迫る8分19秒37を叩き出してみせた。高校時代からのライバル、ケニア出身のP・キプラガット(愛三工業、倉敷高出)と共にハイペースで終始競り合いながら、ラストスパート合戦で一度は突き放されたが、諦める事無く再び切り替えてゴール直前で差し返したレース内容も見事だった。
今期最大の目標は12月に行われるオリンピック選考会で、参加標準記録を突破しての優勝を果たし、代表内定を勝ち取る事だ。
WA(世界陸連)によりトラックでのシューズの使用規定が改められため、ホクレン時に使用していた厚底シューズでの出場は出来なくなったが、ライバルの見当たらない今大会でも好記録を叩き出し、シューズに関係なく実力が本物で有る事を証明し、オリンピック選考会への弾みとしたいところだ。
女子の注目選手は100mHに出場する田中佑美(立命館大4年)。
昨年の織田記念で紫村仁美(東邦銀行)、清山ちさと(いちご)らを押さえてS・ピアソン(オーストラリア)に次ぐ2位に入ると、GGPでは13秒22の好タイムをマーク、そしてANG福井では13秒18まで記録を伸ばした成長株だ。
今シーズンは京都選手権で七種競技のヘンプヒル恵(アトレ)に敗れるなどやや出遅れていたが、先月のGGPでは13秒27と調子を上げて来た。その後ANG福井、関西学連競技会とエントリーの有った2大会は欠場となっており懸念される材料でもあるが、或いは今大会に向けての調整を優先したか。
女子100mHはANG福井で青木益未(七十七銀行)が追い風参考(2,1m)ながら12秒87をマークするなど、現在活況を呈している。
田中も自己ベストでのインカレ優勝を手土産に、来月の日本選手権でのハイレベルな優勝争いに割って入りたい。
女子三段跳では異色の選手が話題になっている。
東京大学理科Ⅲ類、医学部5年に在籍している内山咲良がその人。
筑波大附属高時代、走幅跳でインターハイに出場し予選敗退に終わった悔しさが、東大医学部合格後も陸上競技を続けた原動力になっている。医学部の鉄門陸上部ではインカレに出場出来ないと知ると、全国の舞台にもう一度挑むために歴史ある東大陸上運動部の門を叩き、兼部した。忙しい学業の合間を縫いながら時間を取り、それぞれの陸上部併せて週5日ほど練習に励む。
当初は専門の走り幅跳びではなかなか結果が出なかったが、大学3年目で物は試しと出場した三段跳でいきなり11m75と関東インカレ標準記録に迫る記録を出し、本格的に練習を開始する。陸上強豪校と違い、頼れるコーチのいないなか努力と持ち前の研究心、分析力で4年となった昨年春に関東インカレ切符を掴み取り、12m57をマークする大躍進。秋の日本インカレでは記録を13m00まで伸ばし2位に入り東大の女子では初となる表彰台に上った。
今期も東京選手権で12m65で2位に入る上々の滑り出しを見せており、今大会でも表彰台の頂上がはっきり見える位置にまで登ってきている。
その他、男子100mは宮本大輔(東洋大3年)とANG福井で10秒26と好走した水久保漱至(城西大4年)の争いか。宮本は洛南高校の出身という事もあり、桐生の後継者との呼び声も高かったが、関東インカレこそ連覇しているものの、日本インカレは未だ無冠。好調な水久保を降してのタイトル奪還となるか。
200mではANG福井で0,01差の激闘を演じた安田圭吾(大東大3年)と上山紘輝(近畿大3年)の再戦に、同じANG福井の200m予選で好タイムを出した樋口一馬(法政大4年)、持ちタイムの良い染谷佳大(中央大4年)も絡む激戦となりそうで、400mは今期2度45秒台を叩き出している伊東利来也 (早稲田大4年)の充実ぶりが際立つ。
110mHは昨年の世界陸上の代表となりながら故障のため欠場となった泉谷駿介(順大3年)に、GGPでは13秒65のタイムで日本記録保持者の高山峻野に先着するなど今期急成長を見せる村竹ラシッド(順大1年)が挑む。 400mHではこちらも医学部生で昨年日本選手権で6位に入る健闘を見せた真野悠太郎(名古屋大学6年)が最後の日本インカレに臨む。大学院1年となった山本竜大(日大大学院)が強敵となりそうだ。
中長距離では5000mに出場する吉居大和(中央大1年)、10000mに出場する田澤廉 (駒沢大2年)5000m、10000mの2種目にエントリーのある塩澤稀夕(東海大4年)に注目。吉居はホクレン千歳大会5000mで13分28秒31のジュニア日本記録をマーク、田澤は10000mで出場日本人選手最高の28分13秒21のベストタイムを、塩沢も10000mで田澤に次ぐ28分16秒17の好タイムを有しており、R・キサイサ(桜美林大4年、ケニア)R・ヴィンセント(国士館大3年・ケニア)ら強力な留学生を相手に、先頭集団に食らい付くのか、自重して日本人最先着を目指すのか、その選択を含めた戦いぶりが楽しみだ。
女子に目を転じると、100m、200mの両スプリント種目では兒玉芽生(福岡大3年)がGGPを11秒62の自己ベストで制するなど好調で、優勝候補の筆頭に挙げられる。 8月4日の関西学連競技会で自己ベストに迫る11秒58をマークして、いよいよ大器の復活かと思われた齋藤愛美(大阪成蹊大3年)はその後エントリーのあった、GGP、ANG福井を欠場しており、故障再発など、体調面での懸念が残る。 また昨年の日本インカレではその齋藤と共に2種目で表彰台に立ち旋風を巻き起こした宮園彩恵(国士大4年)も、東京選手権では2種目共に予選落ちと調整の遅れを感じさせ、その後の復調具合が好走の鍵になる。
400mには昨年の世界選手権の混合マイルリレーでアンカーを務めた高島咲季(青山学院大1年)が登場。今期ここまでリザルトが見当たらず、満を持しての出場なのか、体調に不安を抱えての出場なのか、今大会の結果で明らかになるだろう。昨年の日本選手権で6位に入賞している相洋高校時代からの同僚川島夏実(青学大1年)もまた然り。
GGPで53秒97をマークし急成長中の大島愛梨(中大3年)、800mにもエントリーが有り、この種目でも実績のある川田朱夏(東大阪大3年)、塩見綾乃(立命館大3年)ら、ライバルも手強い事に加え、今年の予選は着取りが無く上位8人が決勝に進むタイムレースとなるため、一本目から全開の走りが必要になってくる。
800mは川田と塩見の一騎討ち。いずれが勝っても、日本選手権制覇へ向けて2分5秒を切る好タイムを出しておきたい。
400mHでは関本萌香(早大3年)小山佳奈(早大4年)、津川瑠衣(早大1年)の新・早稲田ヨンパー三人娘の表彰台独占がなるのか、GGPで激走したイブラヒム愛紗(札幌国際大4年)ら他大選手が阻止できるのかが焦点になる。
昨年女王の関本は7月の早稲田大競技会で56秒96と57秒切りを果たすとGGPでも57秒51で優勝し、好調の波に乗っている。
津川は8月の早稲田競技会で57秒85をマークし、ライバルひしめく早大400mH陣にあって、1年生ながら見事に日本インカレ出場権を手繰り寄せた。
対するイブラヒムは序盤からハイペースで果敢に飛ばす積極的なレースが持ち味で、ゴールまで持てば快走、持たなければ直線半ばで失速と、レースによって結果にムラが有る。良い方に転べば先日のGGPで昨年の関東インカレ女王の小山に先着したように破壊力は絶大だ。今大会でも自分の走りに徹し、早稲田勢に一泡吹かせたい。
フィールド種目では8月の群馬室内選手権で、4m30の日本学生記録をマークした棒高跳の諸田実咲(中央大4年)が、好調をかって屋外のこの大会でも同様の跳躍を見せる事ができるかに注目。
また、走幅跳は今期ここまでのところ日本ランキング1位となっている6m31を7月の徳島選手権で記録している山本渚(鹿屋体育大学4年)と、GGPで2位に入った高良彩花(筑波大2年)の争いになりそうだ。昨年の優勝者竹内真弥(日本女子体育大4年)はこれまでのところやや精彩を欠いており、今大会での巻き返しがなるか。
投擲種目では昨年の世界陸上代表となった円盤投げの郡菜々佳(九州共立大大学院1年)が悲願のオリンピック出場へ向けどこまで記録を伸ばせるかに期待したい。
日本インカレの華、と言えばリレー種目。
男子4×100mリレーは染谷、飯塚拓巳(4年)を擁する中大を中心に混戦が予想され、女子4×100mリレーは毎年選手層の厚い日本体育大、絶対的エース兒玉に加え好調な渡辺輝(3年)も控える福岡大、こちらもやはり好調な二人の4年生、佐々木梓と宮崎亜美香が中心となる青学大に力が有りそうだ。大阪成蹊大は斎藤の出来次第。
日本インカレのフィナーレを飾る4×400mリレーは昨年の優勝メンバーである倉田信太郎(3年)、船越翔太(4年) 藤堂誉志(4年)森周志 (2年)が揃ってエントリーされた中大が一歩リードか。日本代表経験の有る井本佳伸(3年)、北谷直輝(4年)を擁する東海大も侮れない。早大はエース伊東の走力でどこまで迫れるか。
女子の4×400mリレーは、400mでも走力の有るヨンパー3人娘と、400mに回った村上夏美(3年)に加え、リレーのみのエントリーとなった400mHが専門の川村優佳(1年)にも力が有り、強力な布陣で臨める早大が優勝候補の筆頭だ。絶対的エース塩見のいる立命大、大島を中心に髙島菜都美(2年)川島卯未(4年)も走力が上がってきた中大が追いすがる。青学大が優勝戦線に浮上するには、高島、川崎の二人の1年生の状態次第だ。
天皇盃が下賜される男子総合優勝は、昨年日大の8連覇を阻止し、2010年以来の頂点に返り咲いた順天堂大と昨年のリベンジを誓う日大の争いか。
皇后盃を巡る女子の優勝校争いは、各種目満遍なく有力選手を配置する筑波大学の優位が揺るぎそうにない。
学生たちの陸上競技の祭典、第89回日本インカレはデンカビッグワンスタジアム新潟を会場に、9月11日、コロナ禍で活動に制約が有る中、苦労と努力を重ねて練習に励んだ選手達それぞれのの思いを乗せて、熱い戦いの幕が上がる。
文/芝 笑翔