トラック種目初の東京オリンピック代表は決まるのか!第104回日本陸上選手権の見所を紹介

来年夏に延期となった東京オリンピック代表選考会を兼ねる、第104回日本陸上選手権の長距離種目が、12月4日、大阪・ヤンマースタジアム長居で開催される。当初は5月に予定されていたが、一連のコロナ禍で開催が見送られ、五輪出場を目指す選手達の機会の公平性を担保するために世界陸連が設けていた記録凍結期間(4月6日~11月30日まで)の明けた後に日程を組み直し、この時期に行われる事となった。
実施種目は男女の3000m障害と、5000m、10000m。詳しい見どころをお伝えする前に、オリンピック代表の内定基準を確認しておきたい。

今大会で内定を得るのは、

①既に有効期限内に参加標準記録を突破している競技者が優勝した場合

②現時点で参加標準記録を突破していない競技者が、今大会で参加標準記録を突破し、優勝
した場合

の二通り。

今大会の出場選手で①の基準を満たしているのは、女子5000mの田中希実(豊田自動織機TC)、廣中璃梨佳(日本郵政グループ)、10000mの新谷仁美(積水化学)の3選手で、優勝すれば即代表内定となり、この3名以外の出場選手は②に相当し、代表内定を得るには、各種目ごとに世界陸連が定めた参加標準記録を突破しての優勝が必須条件だ。

以下、今大会での代表内定者決定の可能性が高い女子の種目から、見どころを探って行く。

女子5000mのオリンピック参加標準記録は15分10秒。上述の通り、田中、廣中の2選手が参加標準記録を突破、二人のうちのいずれかが優勝すれば代表の1枠を得る事になる。
田中は政府の緊急事態宣言発令による、活動自粛明け早々のホクレンディスタンス深川大会の3000mで日本記録をマークすると、ゴールデングランプリの1500mでも日本記録を打ち立て、コロナ禍で沈滞していたスポーツ界に明るい話題を提供し、今期の陸上界を牽引した立役者の一人だ。
今シーズン、タイトなスケージュールを自らに課し、800mから5000mまで、大小を問わず様々なレースに出場し、基礎体力とスピードの向上を図ってきたのは、偏に今大会で五輪出場権を獲得するため。ここまでの準備に抜かりは一切見受けられない。
廣中も、5000mに於いては田中に引けを取らないどころか、9月に行われた全日本実業団選手権で、今大会では10000mに出場する新谷に敗れはしたものの、14分59秒57と田中の自己ベストである15分00秒01を上回る日本歴代3位の記録をマークしている。
先月の全日本実業団女子駅伝でも1区7,6㎞を、2位と31秒の差を付ける大独走の区間賞で、調整の順調ぶりを見せ付けている。
意外にも二人は今大会が今シーズンの初顔合わせとなる。互いに好調同士、福士加代子(ワコール)の持つ14分53秒22の日本記録更新を視野に入れた激しい鍔迫り合いが予想される。後半に走りの切り替えが出来、ラスト1周での強力なスパートを武器とする田中に対し、廣中は前半から果敢にハイペースで押して行き、田中の脚を削って置きたいところだ。終盤までに田中に楽について来られるような展開に持ち込まれると苦しいか。
優勝争いはこの二人に絞られた感もあるが、参加標準記録の突破、という観点で注目したい選手が萩谷楓(エディオン)だ。田中が5000mの今シーズンのベストとなる15分02秒62をマークしたホクレンディスタンス網走大会で、最後までその田中に食らい付き、記録凍結期間ながら派遣標準記録を突破する15分05秒78をマーク。ゴールデングランプリの1500mでも田中の刻むハイペースに必死に食い下がり、4分13秒14の自己ベストと力走を見せた。
その後は予定していた全日本実業団選手権を欠場するなど順調さを欠いた時期もあったが、先月の全日本実業団女子駅伝の1区を走り戦列に復帰。上り調子だった夏場の勢いが戻って来れば15分10秒の突破は充分可能で、実現すればオリンピックの3枠目が視野に入ってくる。

女子10000mで標準記録を突破している選手は新谷(31分12秒99)のみ。その参加標準記録は31分25秒00で、今大会のエントリー選手中、このタイムを上回るベスト記録を持つのも、新谷に加えてマラソン代表の一山麻緒(ワコール、31分23秒30)だけ。昨年の世界選手権の同種目代表に選ばれながら故障に泣いた鍋島莉奈(日本郵政グループ)らにとっては、記録と優勝、両方を睨んだ戦いになる。
新谷は5000mでも参加標準記録を突破している(15分07秒02)が、今大会では10000m一本に的を絞ってきた。今期はスピード強化を掲げ、トラックでは1500mを中心に大会出場をしてきた。その成果も有ってか、全日本実業団選手権では5000mで15分を切る14分55秒83の日本歴代2位となる自己ベストを記録。10000mは今期初レースとなるが、直近のレースとなった全日本実業団女子駅伝では、ロードながら10,9㎞の距離を、2位鍋島に55秒の差を付けて走っており、スタミナ面の問題は全くない。今大会で着実に勝利を収めてこの種目でのオリンピック内定を手にし、来年6月に行われる日本陸上選手権の5000mで二種目出場に挑みたいところだろう。
31分29秒29の自己記録を持つ岡本春美(三井住友海上)や31分37秒88の鈴木優花(大東文化大)ら期待の若手は、不調や故障の影響で参加標準に迫った昨年ほどの勢いが見られないが、ここに来て昨シーズン後半に故障で苦しんだ鍋島が復調してきた。今シーズンはホクレンディスタンス網走大会3000mで実戦復帰すると、全日本実業団選手権10000mで32分03秒40で優勝。新谷との直接対決となった全日本実業団女子駅伝の3区では遅れを取ったものの、タイム自体はそれまでの大会記録を更新しており、仕上がりも順調だ。自己ベストは2018年に記録した31分28秒81。参加標準記録を突破する力は充分に備わっている。
新谷、鍋島の二人にとって頭を悩ませる事になりそうなのがオリンピックマラソン代表、一山の存在だろう。当初は5000mと10000mのダブルエントリーだったが、10000mに絞ってきた。来年に出場を予定しているマラソンに向けての調整の一環なのか、オリンピック代表として日本選手権を制覇しに来たのか、一山のこのレースの狙いによってレース展開も、対応の仕方も変わって来るだろう。
強敵は一人でも少ない方が良い新谷に対し、鍋島にとっては力の有る一山が新谷に競りかける事で、レースのペースを吊り上げてもらい、自らは標準記録の突破に向け少しでも余力を残しながら走りたいところ。一山の走りは勝負の行方、代表の内定を大きく左右する事になりそうだ。

女子3000m障害で9分30秒の参加標準記録の突破に向けて一番近い存在なのが、昨年の世界選手権に出場した吉村玲美(大東文化大)。しかしながらそれでも9分49秒30の自己ベストから見て、ややハードルが高い。今期、全日本実業団選手権を9分50秒05の日本歴代6位のタイムで制し、急速に力を付けて来た2000年生まれの同い年、山中柚乃(愛媛銀行)と共に積極果敢な走りで、少しでも突破の可能性を感じさせるレースを見せて欲しい。

一方の男子はこれまでのところ参加標準記録を突破している選手がいない中、ホクレンディスタンス千歳大会3000m障害で、記録凍結期間ながら標準記録の8分22秒00を上回る8分19秒37の日本歴代2位の好タイムを叩きだしていた、三浦龍司(順天堂大)に期待と注目が集まっていた。直前になって、三浦の故障による欠場が発表されたその3000m障害では、三浦と同じホクレン千歳大会で8分25秒04、8分25秒85と、派遣標準突破に迫った山口浩勢(愛三工業)と青木涼真(Honda)の二人に加え、リオデジャネイロオリンピック同種目代表の塩尻和也(富士通)に参加標準記録突破の望みを託したい。
特に塩尻は昨年の日本選手権の予選で8分27秒25の自己ベストをマークしながら決勝では転倒、その影響から右膝のじん帯を痛め、手術。リハビリを経て復帰戦となった今年のホクレンディスタンス千歳大会5000mで13分39秒79を記録、3000m障害ではまだ感覚を戻せていない様だが、直近の東日本実業団駅伝では区間賞を獲得するなど、状態は上向いている。今大会は、三浦の好記録をアシストしたフィレモン・キプラガット(愛三工業)がオープン参加でエントリーしており、ハイペースの展開が予想され、ここに食らい付く事が出来れば記録突破の可能性が高まるだろう。

男子5000mの参加標準記録は13分13秒50。ホクレンディスタンス千歳大会で13分18秒99をマークして、この記録にあと6秒にまで迫っていた遠藤日向(住友電工)が欠場。今シーズン、その遠藤に次ぐ13分22秒60をマークしている坂東悠汰、13分24秒29の松枝博輝(共に富士通)の二人を軸にした優勝争いが予想される。
2017年、2019年と二度の日本選手権優勝を誇る勝負強い松枝に対し、持ちタイムの良い坂東は、法政大時代から、ここ一番のレースではなかなか結果が出せていないのが気になるところ。
むしろ、ホクレンディスタンス千歳大会で13分28秒31の日本ジュニア記録を樹立し、自信を深めた吉居大和(中央大)には勢いが有り、また、監督として立教大学の指導をしながら現役選手を続け、最後のオリンピック出場の機会に賭けるベテラン、上野裕一郎(セントポールクラブ)の勝負術とハートの強さには要注意だ。
近年この種目はタイムを度外視したラストスパート勝負になりがちだが、今年はハイレベルなレースになる事を望みたい。

男子10000mの参加標準記録は27分28秒00、村山紘太(旭化成)が2015年にマークした27分29秒69の日本記録を上回っており、ここ数年にこの日本記録に迫る記録も出ていない事から、突破するのは簡単ではない。しかし今シーズンは27分台を記録した選手が7名を数える近年にない活況を見せており、最終エントリーもオープン参加のケニア勢を除いても49名を数え、2組に分けたタイムレースで実施されることになった。

今期、全日本実業団選手権でこの種目で最も速い27分47秒55をを記録した、オリンピックマラソン代表の服部勇馬(トヨタ自動車)は12月6日に行われる福岡国際マラソンに出場するため不出場。エントリー選手中最もシーズンベストが良い選手は、服部と同じレース、全日本実業団選手権で27分49秒16をマークしている鈴木健吾(富士通)だ。
昨年オリンピックマラソン代表の座を賭けて行われたMGCでは最終盤まで先頭集団に食らい付き、7位に入賞する健闘を見せたものの、オリンピック選考のファイナルチャレンジとして挑んだ今年のびわ湖毎日マラソンでは2時間10分台の記録に留まって代表を逃し、今期はスピード強化に取り組んでいる。7月のホクレンディスタンス千歳大会でも27分57秒84で走っており、今シーズン2度の27分台はその成果を示している。
旭化成入社1年目、相澤晃も侮れない。今期トラックでの公式戦出場は10月に行われた宮崎県記録会の1度のみ。その唯一の機会だった10000mで27分55秒76をマーク。
その後、九州実業団駅伝でも3区10,9㎞を2位の選手と18秒差の30分39秒で駆け抜け、調子も上向きのようだ。東洋大4年だった今年の箱根駅伝ではエース区間の2区で、歴代最速の1時間5分57秒を記録。全く同列と捉える事は禁物では有るが、この種目の日本記録保持者である村山が1時間7分43秒だった事を考えれば、そのポテンシャルの高さは充分に魅力的だ。
女子の一山同様、今大会にエントリーしてきたオリンピックマラソン代表、大迫傑(nike)からも目が離せない。今期、国内では9月の東海大記録会5000mでマークした13分33秒83が記録として残るのみだが、7月には1500mと3000mをアメリカで走り、10月末にはフロリダで行われたハーフマラソンに出場し、1時間1分16秒で走っている。
今大会の出場は、オリンピックのマラソン本番を見据えた調整の一環と考えられるが、同じマラソン代表の服部が今期好記録をマークしている事はおそらく意識しているはず。大迫が服部を上回る記録を目指すのであれば、自ずとレースのペースも上がり、好記録が生まれるチャンスが拡がる。
もう一人、レース展開を左右しそうな存在が設楽悠太(Honda)だ。MGCでは大逃げを敢行するも、最終的にはオリンピックマラソン代表を逃し、今シーズンはここまで、故障の影響からか、出場レース自体が少なく、東日本実業団駅伝でも区間2位に留まるなど、本来の実力を発揮するまでには至っていない。
しかしながらリオデジャネイロオリンピックのこの種目の代表でも有り、大舞台では兎にも角にも思い切りの良い仕掛けをするタイプ。前半からハイペースで突っ込んだり、中盤以降の勝負所で飛び出しを試みたりといったような見せ場を作る事は考えられる。他の選手は設楽のこうしたレースの攪乱を、充分考慮に入れて置く必要が有るだろう。

男女ともに、今大会でオリンピック代表を逃した場合、来年の5月に行われる10000mの日本選手権、5000m、3000m障害は6月の日本選手権に最終選考会として挑む事になる。 この時期は暑さで記録を狙う事は当然ながら難しく、選手達には今大会で参加標準記録の突破を目指した、レベルの高い、積極的なレースを見せてくれることを期待したい。

文/芝 笑翔

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