第4クォーターラスト2ミニッツが明けた直後、バッカニアーズのLBデビン・ホワイトが、チーフスQBマホームズの渾身のパスをインターセプトしたその瞬間、レイモンド・ジョーンズスタジアムは勝利の歓喜に包まれた。QBトム・ブレイディ―がニーダウンでプレイクロックを進め、第55回スーパーボウルは、開催都市のホームチームとしてNFL史上初めてスーパーボウルに辿り着いたタンパベイ・バッカニアーズが、連覇を狙ったカンザスシティー・チーフスを31-9で降し、幕を閉じた。勿論開催都市チームのスーパーボウル制覇も史上初。 2016年、このスタジアムがスーパーボウル開催地に決まった時、このような日が訪れる事を予想したファンがどれほどいただろうか。当時のバッカニアーズは11年連続でプレーオフを逃し続ける、低迷の真っ只中に有ったのだから。
そんなバッカニアーズのファンにとって、かすかながらに希望の灯が見え始めたのは、2019年、かつてヒューストン・コルツでペイトン・マニングを、ピッツバーグ・スティーラーズではベン・ロスリス・バーガーをQBコーチとして鍛え上げた実績のある老将、ブルース・エリアンスをHCとして迎え入れてから。
そして2019年シーズン後に、ニュー・イングランド・ペイトリオッツで名将ビル・ベリチックと共にスーパーボウルを6度も制し、「ダイナスティ」とも呼ばれる一時代を築き上げていたリヴィング・レジェンド、QBのトム・ブレイディが、20年に及んだニュー・イングランドでの栄光の日々に終止符を打ち、新天地をタンパベイに求める決断を下した事が伝えられると、はるか遠くに思われた灯がぐっと手が届くところまで近づいたように思えた事だろう。
とは言え、多くのNFLファンが、あのブレイディをもってしても、移籍1年目でヴィンス・ロンバルディ・トロフィーを手にする事は難しいと考えていたのではないだろうか。プレイオフに進出できたとしても、共に名QB、ドリュー・ブリーズ擁するニューオリンズ・セインツや、アーロン・ロジャース擁するグリーンベイ・パッカーズが立ちはだかるだろうと。
ところが2020年シーズンが始まると中盤はやや苦戦をし、地区優勝には届かなかったものの、11勝5敗の好成績で第5シードでのプレーオフ進出を果たし、ワイルドカードプレーオフではワシントンフットボールチームを、ディビジョナル・プレーオフでは、セインツを降し、カンファレンス決勝では追いすがるパッカーズを振り切り、ブレイディとバッカニアーズは2020年シーズンを、本拠地のレイモンド・ジョーンズ・スタジアムで終える事が決まったのだ。
コロナウィルス感染拡大防止のため、観衆は招待を受けた7500人の医療従事者を含む最大2万2千人の収容に制限されて行われたゲームは、第1クォーター6分27秒、チーフスがキッカー、ハリソン・バトカーのフィールドゴールで3点先制。直前のサード・ダウンでマホームズからWRタイリーク・ヒルへのホットラインが繋がったかに見えたが、胸に当てながら結局インコンプリート。ディフェンスのカバーもあり、イージーパスでは無かったがキャッチしていればタッチダウンも有っただけに、NFLレベルではキャッチミスと言われても仕方がない後々悔やまれる「落球」で3点に留まった。
チーフスのマホームズは、高い身体能力を全面に活かした優れたモビリティーを誇り、また多少体勢を崩されてもディープゾーンに投げ込めるバランス感覚と強肩も持ち合わせる次世代型のスーパーQBだが、シーズン最終盤で痛めた左脚の親指の故障が万全とは言い難く、バッカニアーズディフェンス陣のラッシュに対しロールアウトで逃げる事は出来ても、そこから切り上がって陣地を獲得するいつもの動きは見られず、まして自らのランプレイを攻撃デザインに加える事が出来ず、オフェンスパターンにレギュラーシーズンのようなバリエーションを欠き攻め倦む様子が伺えた。
バッカニアーズディフェンス陣はマホームズのコンディションを見て、ランプレイは少ないと見越し、パスターゲットの俊足でディープゾーンをカバーするタイプのヒルにはダブルカバーで対応し、体格に優れ、ランアフターキャッチで真価を発揮するTEトラビス・ケルシーにはキャッチ直後にタックルで仕留めてセカンドエフォート消す、パスは通されても得点を許さなければ良いという発想に切り替えたようだ。
ブレイディ―はどうやらオープニングドライブと、次の攻撃ドライブを利用してチーフスディフェンス陣の対応を詳細に観察、分析し、チームスタッフからのレポートとの擦り合わせを行ったらしい。先制された直後のドライブではそれまでのスリーアンドアウトが嘘のようなじっくりとした攻撃で敵陣に進攻し、最後はペイトリオッツ時代にホットラインを組んだ盟友で、バッカニアーズ移籍後に直々に声を掛け、現役復帰させたTEのグロンカウスキーにパスを通し、7-3とリードを奪った。
バッカニアーズオフェンスは次の攻撃ターンでもレッドゾーン深くまで侵入するもエンドゾーン手前1ヤードからのサードダウン・コンバージョンに失敗。フィールド・ゴールを選ぶか、フォースダウン・ギャンブルでタッチダウンを取りに行くかの二択だったが、QBのマホームズが手負いとは言えチーフスオフェンスには爆発力が有り、ワン・ポゼッション差(一回の攻撃で同点に追いつける、タッチダウン+2ポイントコンバージョン成功の8点差以内)では流れを引き寄せられないと見たのか、或いはギャンブルに失敗してターンオーバーになっても、チーフスオフェンスは自陣深くのポジションで、セーフティー(攻撃側の自殺点。エンドゾーン内でボールを保持した選手がタックルを受けたり、反則が有った時にディフェンス側に2ポイントが与えられる)を狙う事も出来る為か、ブレイディ―とバッカニアーズサイドはタッチダウンを取りに行く事を選択。ランで押し込み、このギャンブルは成功したかに見えたがタッチダウンのコールは出ない。長いオフィシャルレビューの末、判定は僅かにゴールラインに届かず、ギャンブル失敗。チーフスディフェンスは最後の最後で踏み留まり、バッカニアーズに得点も、主導権を奪う事も許さなかった。
自陣1ヤードからの攻撃となったチーフスは、セーフティーの危機は脱したが、攻撃が続かずパントになった。しかしここで新人パンターのトミー・タウンゼントがまさかの落球、拾い上げてパントを蹴ったもののその間に自軍に反則があり、10ヤード罰退からの蹴り直し。動揺が収まらなかったか、今度はスナップをキャッチはしたが、自陣40ヤードにも届かないミスパントで、バッカニアーズに絶好のポジションからの攻撃を許してしまう。 多くのNFLファンが、ブレイディならフィールドゴールで3点は確実、いかにタッチダウンに結びつけるかと想像するであろう場面だったが、何とここでチーフスディフェンスにパス・インターセプトのビッグプレイが飛び出す。ターンオーバーかと思われた矢先にフラッグが入り、ディフェンスにホールディングの反則が有り、バッカニアーズの攻撃続行となった。 この後、チーフスディフェンスもミスを取り返すためか良く頑張り、フィールドゴールに押し留めた。が、ここでも手痛い反則が出てしまう。フィールドゴールの為のスペシャルチームがオフサイドを犯し10ヤードの罰退、バッカニアーズのオートマチック・ファーストダウンでまたしても攻撃続行を許してしまう。 当然、再三に渉り相手がくれたチャンスをみすみす逃すブレィディである訳も無く、ここでもグロンカウスキーとのホットラインでタッチダウンを奪い、エクストラポイントも成功し、スコアはバッカニアーズの14-3、チーフにとっては悔やみきれないミスの頻発だった。
第2クォーターの序盤まで、どちらも傾きかけた試合の流れを完全に自軍のものとする事が出来ず、モメンタムは振り子のように揺れ動いたが、チーフスのこうしたミスによりバッカニアーズに大きく流れが傾いた。
ハーフタイムまでに点差を縮め、尚且つ相手に攻撃時間を残したくないチーフスは、じっくりと時間をかけながら敵陣エンドゾーンに迫ったが、タッチダウンまでは取り切れず、フィールドゴールでの3点を返すに留まり、バッカニアーズの14-6で1分4秒という微妙な時間を残して攻撃権が移動。 クロックの進行を止められるタイムアウトは残り一つだが、ブレイディの手腕を持ってすれば、フィールドゴールレンジに入ってもう3点を追加するのは充分可能。こうした場合、プレイコールはヤードを稼く事が出来、サイドラインに出ればクロックも止められるワイドへのパスプレーがセオリーだが、バッカニアーズサイドはドローからのランプレイを敢行、チーフスディフェンスの素早い潰しでノーゲインとなり、クロックを止める為のタイムアウトが掛かった。 当然バッカニアーズサイドからのものと思われたタイムアウトは、チーフスサイドからのものと判明するのに時間を要さなかった。 チーフスとすれば、このままバッカニアーズ時間を使わせ、ワン・ポゼッション差でハーフタイムを迎えるのがセオリー。しかもここまでミスを重ねながら、百戦錬磨のブレイディを相手にこの点差に留めているのはむしろ運があるとも言えた。ラン攻撃を瞬く間に阻止した自軍ディフェンスの反応を見た老獪なチーフスHCのアンディ・リードには、時間を止めつつバッカニアーズオフェンスをスリー・アンド・アウトに追い込み、自軍オフェンスに時間を残してフィールドゴールで3点を捥ぎ取ろうという欲が生じたのだろう。
或いはこの意外とも言えるファーストダウンでのドロープレイは、フィールドゴールレンジに侵入するまでタイムアウトを使いたくない、バッカニアーズサイドが巧みに仕掛けた心理戦ではなかったか。早めに攻撃を止める事ができれば、残り僅かな時間でもフィールドゴールを狙うチャンスが巡って来る。NFLであれば、ロングパス一閃、30秒あれば十分それは可能なのだ。だから、ラン攻撃が失敗すれば、相手は必ずタイムアウトを使って時間を止めに来ると算段していたのかもしれない。
このクロックマネージメントは、結局チーフスにチャンスを齎さなかった。それどころか、サードダウンでブレイディ―の巧みなインターフェア狙いのロングパスにまんまとディフェンスが引っ掛かり、一気にエンドゾーン近くまで迫られ、残り10秒でWRアントニオ・ブラウンへのパスを通されて点差は15点差に拡大、リードHCの目論見は大きく崩れ去った。
チーフスにとってマホームズの故障や、ベンチワークのミスだけでは無く、オフェンスライン陣にも故障者が続出し、まるで機能しなかった事も痛かったに違いない。バッカニアーズディフェンスは特にラッシュに人数を割いている訳では無かったが、パスプロテクションが持たずに一人、また一人とパスラッシャーが漏れ、その度にマホームズが窮地に陥った。 マホームズの故障はパスの際にリードする左脚のため、時間を追うごとに痛みのためか精彩を欠き、ボールが低く沈んでしまう事が多くなっていった。
ザ・ウィークエンドのハーフタイムショーの余韻が残る後半開始直後、チーフスはランを織り交ぜながらエンドゾーンに迫ったが、またもフィールドゴール止まり。 続くバッカニアーズのドライブで、ブレイディは早くも一つのプレーにじっくりと時間をかけて相手の攻撃時間を潰していく「クルージング」の体制に入りつつ、敵陣に入れば手を緩めず、RBレナード・フォーネットのタッチダウンで更に得点を重ねる。
こうなると流れは一方的で、時間をかけずに点差を縮めたいチーフスはロングパスを多用するものの、パスカットをされてインターセプトと益々負のスパイラルに陥っていく。 マホームズは痛む足を引きずりながら右に左にパスラッシャーから身をかわし、崩れた体勢からも懸命にパスを通そうと試みるが、健闘虚しくそれも適わなかった。
かくして、ブレイディは7度ヴィンス・ロンバルディー・トロフィーを手にする栄誉に浴し、自身の持つNFL最多記録を更新した。これでピッツバーグ・スティーラーズ、自身の在籍していたニュー・イングランド・ペイトリオッツの6度のチーム優勝記録を只一人で上回った事になる。
また、ブレイディを手に入れたエリアンスHCも、ブレイディと袂を分かったあのベリチックの持つ最高齢勝利HCの記録を更新する事となった。 プレイオフにさえ進む事が無かったベリチックは、自宅のカウチに腰を掛けTVを見つめながら、ポテトと一緒に苦虫を噛み潰していたに違いない。
文/芝 笑翔