鈴木健吾が日本人初の4分台で制す! 伝統のびわ湖毎日マラソンは大記録と共にその幕を降ろす

第76回びわ湖毎日マラソンが2月28日、皇子山陸上競技場を発着点とし、新瀬田川浄水場を折り返す42,195㎞のコースで行われ、鈴木健吾(富士通)が昨年3月の東京マラソンで大迫傑(nike)のマークした2時間5分29秒を大きく更新する、2時間4分56秒の日本新記録で初優勝。日本人の優勝は2002年に行われた第57回大会の武井隆次以来19年振り。
マラソン2度目の新鋭土方英和が2時間6分26秒の好タイムで2位、後方グループから追い上げた細谷恭平(黒崎播磨)が2時間6分35秒で3位に入った。
東京五輪マラソン代表候補選手の橋本崚(GMOインターネットグループ)は2時間22分46秒の207位と精彩を欠いた。
また、 2時間7分42秒の 作田将希(JR東日本)、2時間7分54秒の足羽純実(あしわあつみ、Honda)、2時間8分10秒の山下一貴(いちたか、三菱重工)の3人が2003年の第58回大会で藤原正和(当時中央大)のマークした2時間8分12秒の初マラソン日本記録を更新するなど、新鋭の活躍も目立った。 日本人初の4分台を記録した鈴木以下6分台が4人、7分台が10人、8分台が13人、9分台が14人と42位までがサブテンとなる、稀に見るハイレベルな大会となった。

このような結末を、誰が予想し得ただろうか。
数々の名勝負に彩られた伝統のびわ湖毎日マラソンが半世紀以上の長きに渡った歴史の幕を下ろすその日に、日本のマラソンの歴史のページに、史上初の2時間4分台という新たな1行が書き加えられることになったのだから。

気温は7,5度、風もなく絶好のコンディションに恵まれてレースはスタート、第一ペースメーカーを務める村山謙太(旭化成)を中心とする1㎞2分58秒設定の集団と、第二ペースメーカ野中優志 (大阪ガス)の引っ張る1㎞3分00秒設定の二つの集団が形成された。 序盤、第一集団は5㎞の中で若干の上げ下げはあったものの、ほぼ設定どおりのペースを刻んで行った。

レースが動いたのは中間点を過ぎてから。道幅が狭く、角度のきつい折り返しを気にしてか、1㎞のペースが3分5秒に落ちたところを元に戻すために、村山が次の1㎞を2分53秒まで一気に押し上げたため、村山にぴったりと付いた林奎介(GMOインターネットグループ)と、井上大仁(三菱重工)ら有力選手との間に1秒から2秒ほどの間隔が生じた。
村山は次の1㎞でも設定より速いペースを保ったまま、パトリック・ワンブィ(NTT西日本)と共に25㎞でPMの担当から外れ、林が先頭、少し間隔を開けて30㎞までPMを担当するジェームス・ルンガル(中央発條)と井上らの集団と隊列が変わる。ここでペースの乱高下を嫌って自重したのか、高久龍、小椋裕介のヤクルト勢は集団から距離を置き始めた。

林は村山の作ったペースをそのまま維持、ルンガルは設定タイムを意識して深追いをしなかったため、集団との間の微妙な距離がなかなか縮まらず、焦れた井上がルンガルの前に出てペース上げて林を捉え、先頭に。
井上はこの流れの中で集団との差を5秒程にまで拡げ、高久、小椋は完全にふるい落とされて集団から脱落。
早い仕掛けの単独走でペースの維持が難しくなった井上は1㎞3分06秒までペースを落とし、追ってきた集団に合流、この間に健闘していた林、市山翼(小森コーポレーション)、藤川拓也(中国電力)が次々と脱落。下田裕太(GMOインターネットグループ)も平津峠の下りで集団から遅れ始め、30㎞地点で優勝争いは井上の他、サイモン・カリウキ(戸上電機製作所)、鈴木、土方、大六野秀畝(旭化成)、 菊地賢人(コニカミノルタ)の6人に絞られた。

30㎞過ぎからはカリウキが先頭を引き、これまで集団の中であまり目立つ事無く潜んでいた鈴木、土方がカリウキをPMに見立てたようにぴったりと後ろに付く。大六野、井上と隊列が続き、菊池は最後方で井上との間隔がやや開き始めて厳しい状況になってきた。31㎞辺りからは大六野が集団から少し離されてはまた戻るを繰り返すようになり、32㎞半ばで菊池と共に完全に集団から脱落、中盤で飛び出しを見せた井上も流石にきつくなり、歯を食いしばり、意識的に腕を強く振って集団後方で何とか粘っていたが33㎞手前で引き離され、カリウキ、鈴木、土方の3選手によるサバイバルレースとなった。

35㎞の通過は1時間44分01秒、この間の5㎞は15分02秒と、ここまでで初めて15分台に落ちたもののウィルソン・キプサングが2011年の第66回大会で樹立した2時間6分13秒の大会記録を更新し、5分台も充分可能なペースを維持していたが、この辺りからカリウキにやや疲れが見え始め、肩がぶれ、ストライドも狭まり、走りのリズムが乱れてきた。
それまでカリウキにぴったりと動きを合わせていた鈴木は、このリズムのずれのためか37㎞手前の給水に手間取りボトルを掴みそこねた。しかしこの失敗で意を決したように一気にスピードを上げて勝負を仕掛ける。土方は虚を突かれて対応できず、カリウキには後を追うだけの力が残っていなかった。
鈴木はこの最終盤に来て1㎞2分53秒、2分51秒とペースを上げ続け、35㎞から40㎞のスプリットを14分39秒にまで跳ね上げて見る間に後続を引き離し、レースの焦点はそのゴールタイムに絞られた。

40㎞の通過時点で大迫が日本記録をマークした昨年の東京マラソンのペースを11秒上回る1時間58分40秒、その更新は確実な状況になり、あとはどこまで記録をのばせるか。2時間5分を切るには残り2,195mを6分20秒と、ここまで40㎞をハイペースで走りながら、更にペースを上げなければならないこのタイムを上回るのは流石に厳しいかと思われたが、その勢いは全く衰える事無くマラソンゲートをくぐり抜け、無観客の皇子山陸上競技場を周回、サングラスを外した涼やかな表情でゴールテープを切った。
2時間4分56秒、日本人選手が初めて2時間5分の壁を破った瞬間だった。

大迫傑も、設楽悠太(Honda)も成し得なかった金字塔だ。世界歴代ランクでは59位だが、そのほとんどがケニア、エチオピア勢。それ以外の国の選手で4分台を記録しているのは、ケニアからトルコに国籍変更したオズビレン、モロッコからバーレーンに国籍変更したエル・アバシ、ソマリア系ベルギー人のバシル・アビディに続く4人目(アメリカのライアン・ホールはボストンでの記録のため参考扱いとなっている)の偉業だ。

鈴木は積極的にレースを動かしながら7位に敗れたMGCや、エバンス・チェベットらの早めの仕掛けに反応し、そこで力を使いすぎてしまいラスト5㎞で失速した昨年のびわ湖での経験を生かし、前半はペースの乱れに影響を受けにくい位置取りに徹し、井上の飛び出しにも反応せず、PMが外れた後はカリウキを上手く利用して体力の温存を図り、課題であった後半5㎞からのタイムの落ち込みを克服した。
残り5㎞を14分24秒、40㎞以降の2,195㎞を6分16秒の走破タイムはワールドクラスと言って良く、スローペースならいざ知らず、それまで1㎞3分を切るペースでレースしながら、後半に来てこのタイムまで上げる事が出来たところに価値が有る。また、カリウキの疲労を察知し、すかさずスパートを仕掛けた勝負勘の良さも光った。

2位の土方も2度目のマラソンながら臆することなく第一集団でのレースを選択し、中盤までは集団の中でじっと我慢を続けるベテランのような味のある走りで、鈴木と同じように消耗を避けながら淡々とレースを運んでいたが、自分から勝負を仕掛けるまでには至らなかった。今後マラソンで勝つためには、レースの流れに身を委ねるだけでなく、勝負勘を磨く事も必要となってくるだろう。

3位の細谷も大健闘。30㎞過ぎで第二集団から抜け出し、その後も1㎞3分ペースを維持し続け、次々と落ちて来る選手を拾いながら順位を押し上げて最後まで走り切ったのはお見事の一言。理想的なマラソンの走りを実現したが、そう容易くできる事では無く、その実力の程を知らしめた恰好だ。 ラスト2,195㎞の6分31秒は鈴木に次ぐ参加選手中2番目のタイムだった。

4位の井上は自信2度目の6分台と高い実力の一端を示しながら、またしても悔しいレースとなった。25㎞手前からのちょっとした混乱の中、止むを得ずと言った感じに思い切って飛び出しを見せたが、これが結果から見れば早すぎたスパート、という事になるのだろう。 しかし、この積極性が井上の走りからリズムを生んでいる点は否めず、封じてしまうと却って持ち味を削いでしまう事にも成り兼ねないのがもどかしいところだ。 終盤に昨年の東京マラソンのような極端な落ち込みにならずに踏み止まった点は評価できるが、世界を見据えて5分台、4分台で走る事を常に意識している選手だけに、勝負どころの見極めと共に後半もペースを維持していくためにどうレースを組立てていくかなど、課題も残った。

5位の小椋は中盤で自重するような形で第一集団から離れてしまったのは残念だったが、その後はタイムの落ち込みを最小限に食い止める粘りで、自身初の6分台。マラソンを42,195㎞のトータルで捉え、その中で自身の調子や身体の動きと向き合いながら押し引きをする事が出来る、大迫によく似たタイプの選手に進化してきている。昨年の東京マラソンでの7分台に続いての好走で、勢いの出て来た男子マラソン界にあっても確固たるポジションを築いたと言って良いだろう。

今大会は鈴木が日本記録を、作田将が初マラソン日本記録を更新し、42人がサブテンを記録するなど、1962年の第17回大会以来半世紀以上に渡って実施されてきた毎日マラソン琵琶湖開催の掉尾を飾るにふさわしい、記憶に残るものとなった。
昨年の東京、福岡国際から続く男子マラソンの顕著なレベルの向上には、厚底シューズなど用具の進歩や、食事の摂り方やレース中の水分補給に科学的知見を導入し始めた事なども要因として挙げられるが、他ならぬ陸連長距離強化プロジェクトが、思うような成果を上げられなかったリオ五輪の反省を基に、東京五輪の代表選考にMGCという新大会を設置し、既存のマラソン大会をMGCシリーズとして取り込み、大会毎に設定された条件をクリアしなければ出場できない狭き門とする事によって選手達の競争意識が高まり、目標がはっきりした事で競技に取り組む姿勢も変わって来たことが何よりも大きいのではないだろうか。
日本記録更新に1億円の報奨金が懸けらたエクシードプロジェクトが終了しても高いモチベーションを保ち続け、東京五輪の代表が決定した後もパリ五輪へ向けて弛まぬ努力を続けて来た選手たちの意識の変化は、今回の鈴木の快挙からもはっきりと見て取れるだろう。

陸連の新たな取組は選手の記録向上という形で実を結びつつあるが、あくまでもその集大成は今年8月に延期された東京五輪、という事になるだろう。 日本マラソン史に新たな1行を記した鈴木からの襷は、大迫、服部勇馬(トヨタ自動車)、中村匠吾(富士通)の五輪代表三選手に託された。

第76回びわ湖毎日マラソン結果
①鈴木健吾(富士通)2時間4分56秒
②土方英和(Honda) 2時間6分26秒
③細谷恭平(黒崎播磨)2時間6分35秒
④井上大仁(三菱重工)2時間6分47秒
⑤小椋裕介(ヤクルト)2時間6分51秒
⑥大六野秀畝(旭化成)2時間7分12秒
⑦サイモン・カリウキ(ケニア・戸上電機製作所)2時間7分18秒
⑧菊地賢人(コニカミノルタ)2時間7分20秒
⑨聞谷賢人(トヨタ紡織)2時間7分26秒
⑩川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)2時間7分27秒

以下主な選手の結果

⑬市山翼(小森コーポレーション)2時間7分41秒、⑭ 作田将希(JR東日本)2時間7分42秒、⑮足羽純実(Honda)2時間7分54秒、⑯下田裕太(GMOインターネットグループ)2時間8分00秒、⑰高久龍(ヤクルト)2時間8分05秒、⑱山下一貴(三菱重工)2時間8分10秒、㉗林奎介(GMOインターネットグループ)2時間8分52秒、㉜岡本直己(中国電力)2時間9分25秒、㉝セルオド・バトオチル(モンゴル・NTN)2時間9分26秒、㊳中村高洋(京セラ鹿児島)2時間9分40秒、㊴藤本拓(トヨタ自動車)2時間9分42秒、㊷北島寿典(安川電機)2時間9分54秒、㊿早川翼(トヨタ自動車)2時間10分49秒、54藤川拓也(中国電力)2時間10分58秒、 76岩田勇治(三菱重工)2時間13分16秒、94河合代二(トーエネック)2時間14分41秒、142神野大地(セルソース)2時間17分56秒、156松村康平(三菱重工)2時間18分44秒、橋本崚(GMOインターネットグループ)2時間22分46秒

文/芝 笑翔

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