東京五輪10000m代表選考会を兼ねる、第105回日本陸上競技選手権大会・10000mが5月3日、静岡・エコパスタジアムで開催され、女子10000mでは廣中璃梨佳(日本郵政G)が五輪参加標準記録(31分25秒00)を切る31分11秒75で優勝し、東京五輪女子10000m代表に内定した。2位に入った安藤友香(ワコール)も31分18秒18と参加標準記録を突破し、標準記録突破の上、今大会上位3位までの内定基準を満たし代表に内定。男子は既に参加標準記録を突破している伊藤達彦(Honda)が27分33秒38で優勝を飾り、この種目の代表に決まった。
先月の金栗記念で初の10000mのレースながら参加標準記録まであと5秒に迫るタイムで走っていた廣中は、この時の慎重な入りのペースから一転、前半から積極的に飛ばした。1000m通過は3分7秒と参加標準を上回り、先頭集団は早くも廣中、安藤、岡本春美(ヤマダHD)、オープン参加のK・タビタジェリ(三井住友海上)の4人に絞られた。4000m手前でハイペースに懸命に食らいついていた岡本が遅れ始め、代表争いは、廣中、安藤の二人に絞られた。
5000m通過は15分28秒、依然参加標準記録のペースを上回っているが、五輪代表を意識してか、やや動きに硬さが見られるようになった廣中が刻む1周のペースは、それまでの73秒から75秒へと少しづつ落ち始めてきている。5600m付近で5大会連続の五輪出場に挑む福士加代子(ワコール)が周回遅れに。直後、走り続ける福士を励ますように、後は任せてくださいとでも言うように、後輩の安藤が廣中を交わして先頭を引き始めた。この種目の経験がまだ浅い廣中にとっては、安藤の背中が心強く感じられたに違いない。ペースの維持が厳しくなり、肩の力を抜くように上げ下げを繰り返していた自身の心の内を見計らったようにすっと安藤が前に出てくれた事によって、少し休んで走りの立て直しを図るゆとりが出来た。互いに厳しい局面にありながらも牽引役を買って出た安藤からの、どちらが勝っても共に代表内定を獲得しましょうという無言のメッセージと受け取ったのではないだろうか。
6000m過ぎにはタビタジェリがレースから離脱、先頭が安藤に代わってから一周のペースは77秒で推移する。しかし自然に落ちてきたという印象はなく、残りの距離と体力を上手く測りながらの落ち着いたレース運びに見て取れた。しばらく後ろに付いていた廣中が今度は安藤と肩を並べ、トラックではあまり見られない並走する形となった。辛い局面をカバーしてくれた安藤に対し変わって前を引きたいが、再びペースを上げたときに残りの距離を最後まで脚が持つかに確信が持てない、廣中のためらいともどかしさが、そこには表れていた。
金栗記念で安藤を突き放した8000m地点でも、まだペースを上げる事が出来ずに並走が続く。残り3周を目前にして、意を決したように廣中がペースを上げ始める。安藤は対応が遅れ10mほど離されたものの、それ以上は差を拡げられまいと力を振り絞る。この1周は73秒、次の1周は72秒とペースを上げた廣中は30分ちょうどで残り1周を迎え、5秒差で安藤が追い縋るが差は詰まらない。
両拳を突き上げてゴールを走り抜けた廣中のフィニッシュタイムは31分11秒75、優勝で代表に内定、少しの間を置いて安藤が続いた。31分18秒18、標準記録の突破を確認するとしばし両手で顔を覆い、そして廣中の元へと歩を進める。
ありがとう。
続けておめでとう、と声を掛けた安藤。互いに手を取り合い、そして廣中は安藤の肩に手を回し、抱擁を交わした。
福士は廣中から2周遅れの34分00秒53で完走者中最下位。アテネから5大会連続五輪出場を目指した10000mのレースを終え、晴れやかな笑みを浮かべながら引き上げていったその心中に、どのような思いが去来していたのだろうか。
女子10000mの8位入賞までの結果は以下の通り
①廣中璃梨佳(日本郵政G)31:11.75 ※東京五輪代表内定
②安藤友香(ワコール)31:18.18 ※東京五輪代表内定
③小林成美(名城大)32:08.45
④岡本春美(ヤマダHD)32:12.31
⑤筒井咲帆(ヤマダHD)32:16.07
⑥矢野栞理(デンソー)32:20.44
⑦川口桃佳(豊田自動織機)32:21.36
⑧山口 遥(AC・KITA)32:24.86
主な選手の結果
⑪鍋島莉奈(日本郵政G)32:29.98、⑲福士加代子(ワコール)34:00.53
男子10000mも、出場選手達の五輪出場への強い思いが感じられるレースだった。ケニア代表として世界選手権4位の実績を持つオープン参加のR・ケモイ(愛三工業)が先頭を引く参加標準記録相当のペースと、それに続く選手たちの間隔が開き始めたとみると、まずは青木祐人(トヨタ自動車)が、青木に疲れが見え始めると鎧坂 哲哉(旭化成)が、4000mでは牟田祐樹(日立物流)がケモイと後続集団との間隔を埋めた。自身も五輪出場を狙っているのでここで引き離されてしまっては可能性が萎んでしまうという心理は当然働いていたと思うが、誰かが、ではなく自身がつぶれ役になってしまうリスクを負うにも関わらず、果敢に食らいついていったところに価値があった。牟田が追いきれなくなった事を察したケモイはペースを落とし、今度は市田孝(旭化成)が日本人先頭へ。5000m通過が13分47秒、参加標準ペースから徐々に遅れ始める。7000m地点で優勝争いは、出場選手中ただ一人標準記録を突破している伊藤と、昨年の日本選手権で27分46秒09で7位と健闘した田澤廉、4月の日体大記録会で28分00秒67の自己ベストをマークしたばかりの鈴木芽吹の二人の駒澤大学勢の3人に絞られていた。
伊藤のレース運びは強かだった。昨年の日本選手権では6000m付近の勝負どころの場面で首を傾けながら歯を食いしばり、ペースが落ちると強く腕を振り何度も何度も動きを切り替えて懸命にペースの維持を図ったが、その間に脚を溜めていた相澤晃(旭化成)に優勝と五輪代表内定をさらわれてしまった苦い経験をしていた。
標準記録を突破しなければこのレースによる代表内定が無く、5秒の遅れを必死に取り戻そうとする鈴木、田澤を常に視界に入れる位置取りで、唯一の標準突破者という優位な立場を生かして勝負に徹していた。
諦めるなよ、上げろ、上げるんだよ、上げろ上げろ。
9000mの手前、駒澤大学監督、大八木からのゲキが飛んだ。ペースを上げたい駒澤勢だが、1周68秒に落ちたペースから上げることが出来ない。残り2周、ここで前に出たのはやはり伊藤だった。この1周を62秒にまで一気に上げて鈴木、田澤を突き放す。フォームが乱れようが委細構わず絞り出す、伊藤一流のラストスパートで1周を60秒にまで上げ、27分33秒38のタイムでゴールを切ると両手を拡げて勝利をアピール。同時に五輪代表も手中に収めた。優勝しか考えていなかった、と伊藤はインタビューに答えた。
惜しくも標準突破とはならなかったが、田澤と鈴木は充分に可能性を感じさせる力走でスタジアムを沸かせた。2位の田澤は2度目の27分台、しかも40秒切りで実力を証明し、日本選手権の大舞台で自己記録を20秒更新した鈴木は計り知れないポテンシャルの高さを見せてくれた。
伊藤達彦23歳、田澤廉20歳、鈴木芽吹19歳。
第105回日本選手権・10000mは、文字通り若者の才能の芽吹きを感じさせながら幕を閉じた。
男子10000mの8位入賞までの結果は以下の通り
①伊藤達彦(Honda)27:33.38 ※東京五輪代表内定
②田澤 廉(駒澤大)27:39.21
③鈴木芽吹(駒澤大)27:41.68
④市田 孝(旭化成)27:54.45
⑤茂木圭次郎(旭化成)28:01.32
⑥丸山竜也(八千代工業)28:01.80
⑦井上大仁(三菱重工)28:03.39
⑧岡本雄大(サンベルクス)28:04.17
主な選手の結果
⑫村山謙太(旭化成)28:16.43、⑭牟田祐樹(日立物流)28:33.43、⑲河合代二28:41.16
⑳青木祐人(トヨタ自動車)28:57.22
※鎧坂哲哉(旭化成)は途中棄権
文/芝 笑翔
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