2016年6月25日夕刻、スタンドに傘の花が開くパロマ瑞穂スタジアム。
女子3000m障害がスタートすると、観衆はリオ五輪出場を懸けた二人の選手の激戦を固唾を飲んで見守った。
独走、追い上げ、転倒、逆転。さまざまなドラマが繰り広げられたトラック7周半のレースの結末にどよめきが起こる。前半からハイペースで突っ込み、終盤には障害に脚を掛け転倒しながら執念の再逆転を果たした高見澤安珠(当時松山大)が9分44秒22のゴールタイムで優勝と五輪切符をもぎ取った。
その高見澤の積極策には付かず、徐々に差を詰めて2000m手前で追い付き、残り2周で突き放す。勝利を目前にしながら残り200mで足が止まり水濠でバランスを崩し、再逆転を許してからは必死に追い縋った。9分45秒27。高見澤には1秒05、五輪参加標準には僅か0秒27届かず、森智香子(積水化学)はゴールラインの先に設置されている障害に縋り付き涙を零した。
森は翌年の2017年の日本選手権では9分49秒41で初優勝し高見澤に雪辱を果たしたが、ロンドン世界陸上代表には届かず。その後に待っていたのは長期に渡る低迷という名のトンネルだった。この日を境に3000m障害で1度も10分を切る事が出来ずに4年目のシーズンを迎えていた。この間、ライバルの高見澤も資生堂に入社後は故障に苦しみ、昨年暮れに競技生活から退いている。
長いトンネルの先に光が見え始めたのは今年の2月。コロナ禍で例年出場していた駅伝などのロードレースが中止になった事も有り、決して多くはない実戦の機会を求めて全日本実業団ハーフマラソンに挑戦、4年振りのハーフだったがここで1時間10分53秒の自己ベストをマーク。ここに備えて冬場に走り込みの距離を増すなど、それまでと練習のアプローチを変えた事が功を奏し、トラックシーズンに入った5月に5000mでも15分42秒00の自己ベストを出すと、その翌日には五輪テスト大会の3000m障害で久々に10分を切り9分58秒40と、体力が強化され、スピードを出す為の体の切れも戻ってきていた。

そして迎えた東日本実業団陸上選手権。1日目に1500mに出場し、ケニア人選手に一歩も引かずに渡り合い、4分14秒97の今期日本人ランキング4番目に相当するタイムで出場日本人選手1番手の3位に入り2013年以来の自身の記録を7年ぶりに更新、翌日の3000m障害では出場2名で単独走となり自身でペースを作っていく事が要求される難しい状況ながら、9分50秒67の大会新で優勝を果たした。このタイムも今期日本人ランクでは、先日のテスト大会で山中柚乃(愛媛銀行)がマークした9分46秒72に次ぐ2番目となり、WAの発表しているワールドランキングポイントで日本人1位となっている吉村玲美(大東文化大)の今期ベストタイム、9分51秒47を上回っている。
女子3000m障害では吉村、山中に加え藪田裕衣(大塚製薬)の3人がWAのランキングによる五輪出場圏内にいる。おそらく森も今回の好走でランキングを大きく上げ、出場圏に近付くものと思われる。
1年延期となった東京五輪の直前となったここに来て、かつての姿が蘇った森智香子は5年前、「0秒27」で流した涙の重さを知っている。涙を乗り越え、トレードマークの笑顔を本物に出来るのは他ならぬ森自身である事も。
再び巡ってきた決戦の舞台は6月、ヤンマースタジアム長居で開催される第105回日本陸上選手権となる。
文/芝 笑翔
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