続いて男女のハードル種目。男子110mH、400mHは東京五輪参加標準記録(110mHが13秒32、400mHが48秒90)突破選手が複数に上り、女子は参加標準を突破した選手こそいないものの、世界ランキングでの出場の目安となるターゲットナンバー以内にランクされる選手が100mHに3名おり、結果次第では五輪出場も充分あり得る。
男子110mH、400mHで東京五輪参加標準記録を突破している選手は以下の通り。
110mH
金井大旺(ミズノ)13秒16
高山峻野(ゼンリン)13秒25
泉谷駿介(順天堂大学)13秒30
400mH
黒川和樹(法政大)48秒68
安部孝駿(ヤマダ)48秒80
山内大夢(早稲田大)48秒84
豊田将樹(富士通)48秒87

男子110mHの金井大旺が4月の織田記念でマークした13秒16は、WAの発表している今期のシーズントップリストでは4位、リオ五輪では銀メダル相当、2019年のドーハ世界陸上でも銅メダルに相当するワールドクラスの記録で、男子100m勢以上に五輪決勝進出に近い存在と言えるだろう。以降はREADY STEADY TOKYOで13秒38、布勢スプリントで13秒40に留まっているが、五輪代表の懸る大一番でもう一度13秒1台の記録で走り、更に日本記録を更新するような事があれば、メダル候補の一人としてクローズアップされることになるだろう。織田記念のように、ハードル間のインターバルでリズムを崩さずに走り切る事ができるかが、得意のスタートダッシュ以上に重要なポイントではないだろうか。
前日本記録保持者の高山峻野は今期13秒45とまずまずのタイムを出しているが、2019年のドーハ世界陸上で決勝進出まであと一歩まで迫った当時と比較するとやや動きに重さ、固さがあるようだ。インターバルでスピードを維持するために地面を強く蹴る事を意識すると、ハードルを跳ぶ際に脚が詰まったような感覚になってしまうと語っていた時期があり、その辺りの課題が克服できているかどうかがハイレベルな代表争いを制する鍵になってくるだろう。実績は充分なだけに、五輪代表の座を勝ち取れば金井同様決勝進出も期待できる。インタビューでは当意即妙、スパイスの効いた辛口なユーモアに溢れた高山節が炸裂するかどうかも密かな注目ポイントだ。
2019年のドーハ世界陸上では代表に選ばれながら故障に泣いた泉谷駿介は、5月に行われた関東インカレの予選で午前中のレースかつ競り合う選手がいない難しい条件だったにも関わらず、あっさりと13秒30をマークして五輪標準記録を突破し集中力の高さを見せつけた。持ち味は金井にも劣らないスタートダッシュの良さにあるが、織田記念では金井に先行されリズムを崩してしまった。そのスタートダッシュを決めるのは勿論、混戦でも力まずにリズムに乗る事が出来れば、金井、高山を降しての日本選手権初制覇が見えてくる。
その泉谷が標準記録を突破した事により3つの枠が埋まったかに思われた五輪代表を巡る戦いが、ここに来て風雲急を告げ始めた。要因として今シーズンに入ってレースに出る度に記録を更新し、勢いを感じさせる村上ラシッド(順天堂大)の存在が有る。2019年の高校3年時のPBは13秒91、ここから順大に進学した昨年は13秒61にまで、そして今年6月1日に今大会と同じ舞台、ヤンマーフィールド長居で行われた木南記念では標準記録に肉迫する13秒35にまで記録を伸ばす驚異的な成長を見せている。まだ体格的には線の細さを感じさせ、技術的には粗削りなところもあるが、若さと思い切りの良さで更に記録を伸ばし、実力者3人に割って入る可能性も有ると見ている。
男子400mHの五輪代表争いも、2019年のドーハ世界陸上で決勝進出まであと0秒04まで迫った安部孝駿はほぼ安泰と思われたが、今シーズンに入り若手の成長が相次ぎ、代表3枠を巡る争いが一気に激化した。
安部は2018年のジャカルタアジア大会で3位に敗れて以降、A・サンバ(カタール)を意識し、世界大会で決勝に進むためのスプリント力に磨きを掛けてきたが、昨年の日本選手権で大きく先行しながらゴール前で一気に差を詰められながら辛勝したあたりから、走力そのもに問題があるというよりも、自信が揺らいでいるのではないかと感じられる。5月の静岡国際、READY STEADY TOKYOと2度黒川、山内の後塵を拝し、6月に予定していた木南記念、デンカアスレチックチャレンジは共に欠場となっており、コンディション面にも不安が残る。2011年、2013年、2017年、2019年と4度世界陸上に出場しているが、2012年ロンドン、2016年リオの2度の五輪の機会は不振に陥り代表の座を逃している。リオ以降は国際大会でも通用するだけの実力と存在感を見せていただけに、精神面も状態面も立て直し、より一層の奮起が望まれる。
今期ベストコンデションにないその安部に変わり、代表の有力候補に名乗りを上げたのが黒川和樹。昨年の日本インカレでは1年生ながら、U20日本歴代3位となる49秒19をマークして2位に入って注目を集めた。序盤からケレン味なくハイペースで突っ込んでいくタイプだが、昨年の日本選手権では後半に失速と、レースごとの成績の浮き沈みも激しかった。それが今期は静岡国際で安部を抑えてタイムレース組1位、総合2位に入るとREADY STEADY TOKYOで48秒68を叩き出し、一気に五輪標準記録を突破する大躍進。その後は5月に関東インカレを制したあとは6月の学生個人選手権を回避し、日本選手権に向けての調整に入っている。黒縁眼鏡にヘアバンドがトレーとマークの若武者が一気に五輪代表まで駆け上がるか。
黒川同様、READY STEADY TOKYOで参加標準記録を突破した山内大夢、2019年のドーハ世界陸上では準決勝に進んだ豊田将樹に加え、ロンドン五輪代表の経験がある岸本鷹幸(富士通)が6月6日のデンカアスレチックチャレンジで49秒38をマークして復調の気配が漂ってきた。ベテランらしい調整力で代表争いに加わってくる可能性が有り、要注意だ。
女子100mHは、寺田明日香(ジャパンクリエイト)、青木益未(七十七銀行)の二人が参加標準記録(12秒84)に肉迫する12秒87をマークして、標準突破での五輪出場が適うかが注目されている。寺田は今期に入り4月の織田記念、6月の木南記念と2度にわたり日本記録を更新し、ハイレベルで記録も安定、気力の充実も感じられる。一方の青木は今期股関節痛を発症し、追い風参考ながら12秒台をマークした昨年ほどの出来にはなかったが、先日の布勢スプリントでは日本記録と同タイムで絶好調の寺田を降し、復調をアピールしている。共に五輪出場を巡ってはWAのランキングで、出場の目安となるターゲットナンバー40位圏内(寺田が36位、青木が38位)に位置しており、こちらでの出場の可能性もあるが圏内ぎりぎりでもあり、やはり標準記録の突破が大目標。可能であれば準決勝で記録を破り、決勝で3位までの順位争いに徹したいところだ。

最新のWAランキングで、2019年のアジア陸上を制して以降ずっとキープしていたターゲットナンバー圏内から弾き出されてしまったのが木村文子(エディオン)。ロンドン五輪以来二度目の五輪出場へは標準記録突破か、届かないにしても12秒台の好タイムで優勝し、ターゲットナンバー内に返り咲くことが必要となる。非常に厳しい状況に追い込まれたが、本人が陸上人生の集大成と位置付ける大事な年に、培ってきた勝負強さを発揮できるか。
また、ここ数年着実に力を付けてきた鈴木美帆(長谷川体育施設)が布勢スプリントで13秒01を記録、12秒台に突入し表彰台争いに加わってくるかにも注目したい。

400mHでは宇都宮絵莉(長谷川体育施設)がターゲットナンバー圏内に肉迫する41位までランキングを上げていたが、各国の代表選考が行われた事も有り最新ランキングでは49位に順位を下げた。100mHの木村同様に五輪出場権獲得に向けて厳しい状況にあるが、自己ベストの56秒50を切る事は最低限として、少しでも良いタイムで優勝を果たしてポイントの上積みを図りたい。
優勝争いのライバルは、宇都宮と同じベストタイムを持つイブラヒム愛紗(メイスンワーク)だが、スタートから突っ込んで入るタイプの為、成績にややムラがある。
安定感では昨年に56秒97をマークした関本萌香(早稲田大)がイブラヒムを上回るが、関東インカレを回避しておりコンディション面に不安を残す。
2年前の日本選手権を制した伊藤明子(セレスポ)、今期成長を感じさせる社会人1年目の横田華恋(籠谷)が上位争いに加わってきそうだ。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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