数々のドラマ、好記録が生まれた第105回日本陸上選手権もいよいよ残すは最終日。トラック種目では大会三日目の予選で村竹ラシッド(順天堂大)が五輪参加標準を突破し、更に混戦に拍車がかかった男子110mHの他、女子5000mも既に代表内定を得ている田中希実(豊田自動織機TC)に続く残り二枠の五輪代表を巡り、熾烈な争いが展開されそうだ。
ここまで五輪参加標準記録を突破しているのは10000mで既に代表を手にしている新谷仁美(積水化学)、廣中璃梨佳(日本郵政グループ)の二人。3位以内でゴールすれば即代表内定の優位な立場にいる。
10000m日本記録保持者の新谷は、5000mでも出場選手中トップの14分55秒83の自己ベストを持つ。10000m代表に内定した昨年暮れに行われた日本選手権がそうだったように、序盤から平均して早めのペースでリズムを作り、そのリズムのままライバルを篩い落とし、自身は最後までペースを維持し押し通すスピード持久力の高さを生かしたレースを得意としており、今期唯一の大会出場だったREADY STEADY TOKYOの5000mのような、スローペースから終盤に一気に加速するよーいドンのスパート合戦は、スプリント力に欠けるためやや苦手としている。代表内定を確実に手にするためにスパート勝負になる事を嫌ってくる可能性があり、展開の鍵を握る存在でもある。
もう一人の参加標準記録突破者である廣中は、持久力強化に取り組む過程で挑戦した5月の日本選手権・10000mで参加標準記録を突破して優勝を果たし五輪代表に内定したが、当初からの狙いは得意距離であるこちらの5000m。昨年9月の全日本実業団選手権では新谷のハイペースに食らい付き、14分59分37の日本歴代3位のタイムをマーク。五輪内定を賭けて挑んだ昨年暮れの日本選手権長距離・5000mでは田中との激しい争いの末に敗れたが、スローペースの序盤から自ら動きペースを上げてレースを引っ張り、田中のラストスパートを封じるためにロングスパートを仕掛けるも対応され、ラスト200からのスプリント勝負に屈したものの、その切り替えに食らい付く粘りをみせた。チェンジオブペースに強く、スローから一気にペースの上がる展開にも対応が可能。時には序盤からレースを引っ張り、また中盤からペースを動かしとレースを自在に操る事が出来、なおかつ終盤のロングスパートも強力だ。
この二人を脅かす存在が萩谷楓(エディオン)だ。昨年7月のホクレンディスタンスチャレンジ網走大会で田中の刻むハイペースに食らい付き、その田中には後れをとったものの、WAの定めた五輪選考の記録適用期間外ながらも五輪参加標準を上回る15分05秒78の自己ベストをマークして存在感をアピール。参加標準記録突破と代表内定に挑んだ昨年暮れの日本選手権長距離・5000mでは田中、廣中が勝負に徹し序盤からスローペースと、望ましくないレース展開に自ら局面を打開しに行く事を躊躇って勝機を逃し、標準突破が適わず。新谷、廣中が顔を揃え、ハイペースが予想された5月のREADY STEADY TOKYOでも展開はスローとなり、ラスト1周の猛スパートで懸命に標準突破を目指したが、15分11秒84と届かず。このレースで廣中、新谷に先着をし、またトラックレースではないが、今年2月の全日本クロカンでは田中からも勝利を収めている実力の持ち主だけに、ライバルから警戒もされるだろうが、標準突破と代表内定を同時に勝ち取るためには、勝負を意識する展開になりかけた時に自ら仕掛けるだけの勇気をを持てるかどうかに掛かっている。
この三人が頭を悩ませているのが、既に5000mで代表に内定し、この大会では二日目に1500mで優勝を果たし、三日目には800mの予選を走りながら、ここにもエントリーしてきた田中の存在だろう。最終日には800m決勝に出場した後のレースでもある。こうした常人離れしたエントリーの裏には、予選を一本走った後に決勝を走る東京五輪決勝進出を想定した取り組みがあり、疲労の残る中でどれだけのレースができるかを試す意図もあるのかもしれない。この田中が14分台を想定しているのであればレース展開が大きく変わってくる。
有力選手の思惑や、ライバルへの意識、五輪出場への執念、このレースに出場する位置付けが様々に絡み合い、決戦の時を迎える。稀にみるハイレベルな戦いの後にはどのようなドラマが待ち受けているのだろうか。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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