2020年7月4日、田中希実が踏み出した一歩

全ての伏線は昨年の7月4日だったのかもしれない。そう思い返す日が訪れるのだろうか。

2019年12月8日、中国・武漢市で初の症例が確認された新型コロナウィルスは、じわじわと世界各地に流行の兆しを見せ始め、日本国内では翌2020年1月14日に初めて感染者が出たことが明らかになると、刻々と事態が悪化、2月末には文部科学省より、小学校から高校までの各学校に全国一斉の休校指示が出されなど、私たちの生活にも甚大な影響を及ぼし、世界中に拡散されたコロナウィルスの猛威の中、遂に3月24日、東京オリンピック・パラリンピックの1年程度の延期が発表された。さらに4月7日には政府から、東京、大阪など7都府県に緊急事態宣言が発令され、16日には全国47都道府県に宣言が拡大されるにおよび、私たちは今までの暮らし方から「新しい生活様式」への転換や「ステイホーム」を、また社会活動、経済も一時停滞を余儀なくされた。アスリート達にとっても、オリンピックを筆頭に軒並み大会は延期、あるいは中止となり、全国で大学を含む学校施設や競技場、体育館などの運動施設が閉鎖されたこともあり、多くが活動を自粛せざるを得なくなった。これまで通りの練習が積めず、様々な制約の中で日々出来るトレーニングは限られた。

5月に入ると新規感染者は減少の傾向を見せ始め、14日に39県を皮切りに順次解除され、25日は1か月半に及んだ緊急事態宣言は、ようやく全国で解除となった。少しづつ社会、経済活動の停滞を取り戻そうとする動きも見られ始めたが、緊急事態宣言が解除されたからと言って、コロナウィルスの猛威を完全に封じ込めた訳では無く、誰もが先行きを見通せない状況に漠然とした不安を抱え、日常を取り戻したとは言い難い日々が続いていた。

こうした状況下でも、アスリートがトレーニングの成果を発揮できる場を設けたい、停滞してしまったスポーツ界を一歩でも前進させたいとの思いから、新型コロナウイルス感染拡大を防止するため、参加者は体調管理チェックシートを提出するなど、感染リスクの軽減を徹底し、開催を自粛していた競技会再開の先駆けとして行われた陸上大会が、昨年7月4日のホクレンディスタンス士別大会だった。そしてこの大会で、目の覚めるような快走を見せたのが、女子1500mAに出場した前年のドーハ世界陸上5000m代表の田中希実(豊田自動織機TC)だった。
4分08秒68、当時日本歴代2位、2006年9月に小林祐梨子(当時須磨学園高)がスーパー陸上で記録した4分07秒86以来の日本人選手による4分10秒切りと言った記録面も素晴らしかったがそれ以上に、様々な困難に見舞われた後に再スタートを切った大会で、開催に携わった関係者への感謝や再びトラックを走る事ができる喜びをレースで表現したかった、とでも言うようなその走りにインパクトがあった。筆者にとってはまたスポーツが、陸上競技が動き出した、まだ先行きは見えていなかったが、確実に前を向き、未来へ向けての一歩を踏み出したことが実感できたレースだった。

この日を境に田中の快進撃が始まった。7月8日のホクレン深川大会では3000mでは8分41秒35を叩き出し、福士加代子(ワコール)の持つ8分44秒50の日本記録を19年ぶりに塗り替え、12日の兵庫県選手権800m優勝を挟み、15日には再び北海道に戻りホクレン網走大会の5000mでは15分02秒62と五輪参加標準を上回るタイムをマークするなど、走る事に飢えていたかの如く大会に出場しては八面六臂のの活躍を示し、更には8月23日、新東京国立競技場の陸上競技でのお披露目になったセイコーゴールデングランプリでは1500mで遂に小林の持つ日本記録を更新する4分05秒27をマークした。

この後、9月の全日本実業団選手権5000mで新谷仁美(積水化学)が14分55秒83、廣中璃梨佳(日本郵政G)が14分59秒37と福士が2005年にマークして以来の15分切りを果たしたのを始め、男女を問わず中長距離に好記録が相次いだのは、五輪選考の懸るシーズンだからだといえども、田中の活躍が無縁だったとも言い切れないだろう。新谷はその後、12月に行われた日本選手権10000mで、30分20秒44の日本新を樹立。この新谷の記録を含め、田中がホクレン深川大会3000mで日本新を記録して以降、更新された男女トラック中・長距離で今年の6月末までに更新された日本記録は以下の通り。

2020年8月23日 女子1500m 田中希実 4分05秒27(セイコーゴールデングランプリ)

2020年12月4日 女子10000m 新谷仁美 30分20秒44(第104回日本選手権・長距離)

2020年12月4日 男子10000m 相沢晃 27分18秒75(旭化成・第104回日本選手権・長距離)

2021年5月9日 男子3000m障害 三浦龍司 8分17秒46(順天堂大・REDY STEADY
TOKYO)

2021年5月29日 男子1500m 荒井七海 3分37秒05(Honda・PortlandTrackFestival/USA)

2021年6月26日 男子3000m障害 三浦龍司 8分15秒99(第105回日本選手権)

ご覧のように田中の日本新が起爆剤となって誘発されたかのように、短期間にこれだけの記録が誕生している。

また、田中はコロナ禍の自粛空け初レースとなった昨年のホクレン士別以降、2020年度は800mを4本、1500mを6本、3000mを5本、5000mを4本と計19レースを走り、今年に入ってからも1月17日の全国女子駅伝中止に伴う代替大会として行われた京都長距離記録会での10000mを皮切りに、800m6本、1500mを9本、3000mを6本、5000mを3本と計25本、この1年余りでトラックレースだけでも44本のレースを重ねており、国内はおろか、海外を見渡してもこれだけのレースをこなした選手はいないものと思われる。この事から窺えるのは、体力強化は勿論ながら、五輪本番で世界強豪選手と競い合うため、限られた時間の中でより多くの経験を積み力を付け、自信を持って五輪本番に臨みたいという、凄まじいまでに強固な意志だ。

2021年静岡国際陸上 800m

過酷とも思われた日本選手権から2週間が過ぎた7月10日、田中は、場所は深川から網走に変わったが、今年もホクレンディスタンスチャレンジ3000mで日本記録を8分40秒84に更新。7月17日、ホクレン最終戦千歳大会では1500mで4分04秒08とこちらも日本記録を塗り替え、レース後のインタビューでは、期限は過ぎたが果たせていなかった五輪参加標準記録を破って、オリンピック本番に臨みたかったと、思いの強さを滲ませた。 そして、この田中につられたように、1500mのレース前には男子800mの源裕貴(環太平洋大)が1分45秒75の日本タイ記録の激走を見せ、また田中の日本記録更新直後に行われた男子1500mでも河村 一輝(トーエネック)が3分45秒42の日本記録を打ち建てた。

現在も、日本社会ではコロナ禍による混乱が収まる気配を見せず、人心はより一層鬱屈の度合いが増している。社会全体が疲弊の度を増す中、田中は今年も同じ北海道で日本記録を更新し、新たな一歩を踏み出した。この一歩が昨年の日本陸上界、スポーツ界を大きく動かしたように、五輪本番でも新たな一歩を記す事になるかもしれない。そして、その時が来ることがあるとするならば、こう思うだろう。あのときの一歩がこの瞬間に繋がったのだと。

田中の走りには、人の心を揺さぶり、動かすだけの力がある、そう思わせるだけのひた向きさがある。そしてひた向きさが人の心を動かす、これこそ、スポーツが本来有している力だ。
競技に打ち込むアスリートの姿が、人々が未来へ向けて歩を進めるための前向きさを取り戻すきっかけになると、筆者は信じている。

田中や、各国の全てのアスリート達が、世界中で等しく見舞われたコロナ禍による様々な困難の中、ひた向きに出来る限りのトレーニングを続けてきたその努力が東京五輪で花を開き、実を結ぶ事を希(こいねが)う。

文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)

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