男子三段跳の伊藤陸、女子3000m障害の吉村玲美など学生新記録が飛び出した日本インカレ学連はWAランキング制の本格導入に向け、学生たちの思いに報いる方策を!

今年度の学生陸上日本一を決する、天皇賜盃第90回日本学生陸上競技対校選手権大会が9月19日、三日間の日程の幕を閉じた。 長引くコロナ禍でまだ日常の回復とは程遠い困難な状況の中、この日のためにひた向きに努力を続け、資格記録を突破し出場に漕ぎ着けた選手、また東京五輪で陸上界の勢力図が塗り替わった後、最初に行われる全国規模の大会でも有り、五輪代表を経験した選手、来年の世界陸上オレゴン大会や、3年後のパリを目指す選手ら学生トップアスリートが、目標は異なれど、それぞれ今できる最良のパフォーマンス発揮を目指し、トラック、フィールドで躍動を見せた。

両足太腿をテーピングでがっちりと固めた泉谷駿介(順天堂大4年)

世界陸上の代表を目指す視点で大会を振り返ると、各種目の標準記録を上回った選手は既に東京五輪の準決勝で突破を果たしている泉谷駿介(順天堂大4年)が、両足太腿をテーピングでがっちりと固めた万全とは言い難いコンディションながら110mH決勝で記録した13秒29のみに留まったが、五輪を逃した悔しさを胸に力走を見せた選手や、今後の台頭を予感させる選手も現れ、明るい兆しも窺えたように感じられた。

一際強い光彩を放ち今後の可能性を示していたのは、男子走幅跳で8m05を記録し、更に男子三段跳では17m00と日本歴代3位の記録で堂々の二冠に輝いた、伊藤陸(近大工業高専S1)だ。走り幅跳では6月の学生個人選手権の8m00に続く今シーズン2度目の8mオーバーで安定感が増してきており、三段跳ではまだ走幅跳ほどアベレージは高くないが、今大会で見せた17m00は、東京五輪に当て嵌めれば9位と決勝に進出し入賞まで後一歩といった順位に相当する。両種目とも世界陸上参加標準記録(走幅跳8m22、三段跳17m00)がはっきりと視界に入って来ており、突破への手応えを掴んだ事だろう。両種目共に5回目の試技で出した記録だったように、試技を重ねて修正していく能力の高さが光るが、1回目から3回目までの試合前半でこのレベルの記録を出せる試合の入り方、集中力の高め方が、世界の舞台を手繰り寄せる為に必要となってくる。東京五輪6位入賞の橋岡優輝(富士通)と並ぶ、日本の跳躍界の看板選手となるだけのポテンシャルは充分だ。

日本学生新記録を樹立した吉村玲美(大東文化大3年)

東京五輪出場を巡る争いで長期に渡りWAランキングでの出場圏内に付け、代表選考の大一番で9分45秒22の自己ベストをマークしながら、それを上回る9分41秒84の好記録で優勝と五輪代表を手にした山中柚乃(愛媛銀行)の後塵を拝し代表を逃した女子3000m障害の吉村玲美(大東文化大3年)は、強力なライバルのいない単独走となった中、今シーズン日本ランキングトップで日本学生新記録となる9分41秒43を叩き出す意地を見せ、この大会三連覇を果たした。気温30℃という暑さの厳しいグランドコンディションや、単独走となった事を考慮に置けば、まだまだ記録を伸ばせる余地は残されており、東京五輪で経験を積んだ山中と鎬を削り、お互いを高め合う事で、今シーズンを最後に一線を退く早狩実紀(当時京都光華AC、現チームemdaRC)の保持する9分33秒93の日本記録更新や、世界陸上参加標準記録(9分30秒00)の突破が見えてくるだろう。

五輪代表選手では、先述の泉谷の他、男子3000m障害7位の三浦龍司(順天堂大2年)が安全運転の走りながら8分32秒47の大会新で圧勝し格の違いを見せ付けた。エントリー選手中、三浦に次ぐ8分27秒80の記録を持っていた小原響(青山学院大2年)が欠場した事もあったが、他の選手は2位争いに専念する形となって三浦とは全く別のレースとなり、世界レベルの選手と今の自身の力の差を推し量るせっかくの機会を無にしてしまったのは残念だった。対校ポイントも懸る大会ではあるが、女子3000m障害で数周ながら優勝した吉村を追いかけようとする姿勢を見せた西出優月(関西外語大4年)のように、例え結果が伴わなかったとしても、自身の今後の糧として三浦の刻むペースに挑戦したり、走りのリズムを肌で感じて吸収しようとする気概を見せる選手が居ても良かったと思う。

男子400mH代表となった黒川和樹(法政大2年)と山内大夢(早稲田大4年)の対決は山内に軍配。肉体的な疲労も、精神的な重圧も大きかった五輪の後の初めての大会だったが、山内は49秒28、黒川は49秒51と49秒前半から中盤で、大きく崩れる事無くまとめ切るだけの力は見せた。

出場機会こそなかったが男子4×100mリレー代表だったデーデー・ブルーノ(東海大4年)は右股関節に痛みが出て力を入れて走る事が出来ず、100mは予選敗退。 その100m決勝では、4×400mリレーで日本代表のアンカーを務めた鈴木碧斗(東洋大2年)がシレジア世界リレー4×100mリレー代表の鈴木涼太 (城西大4年)らが横一線に並ぶ混戦から抜け出して10秒33で制し、8月の東京選手権に続いて勝負強さを見せ付けた。シレジア世界リレーのマイルでアンカーとして銀メダルを獲得した時もそうだったが、競り合いの中でも力を発揮できるのは大きな強みとなっている。

称え合う兒玉芽生(福岡大4年)と斎藤愛美(大阪成蹊大4年)

五輪で貴重な経験を積んだ女子4×100m代表では、エースの兒玉芽生(福岡大4年)が100mを11秒51で制し、3走を務めた斎藤愛美(大阪成蹊大4年)が23秒76で兒玉を降し200mを制した。
兒玉は後半は流しながら11秒47をマークした準決勝の方が内容が良く、きっちり2本走れるくらいにコンデションを整えた姿も見てみたい。斎藤は今期のセカンドベストだったが、男子100m同様の大接戦から抜け出して勝ち切った、ベストレースと言って差し支えない内容の伴った走りを見せた。

その他の注目選手では、女子三段跳の内山咲良(東京大6年)が13m02を跳んで悲願の日本インカレ初優勝、歴史ある東京大学陸上運動部の女子選手として初めて表彰台の頂上に上り詰めた。内山は国内最難関と言われる理科三類、医学部に属し、練習にあまり時間を割けないながらも創意工夫で地道に努力を続けて勉学との両立を果たしてきたその姿勢は、学生アスリートの模範でも有る。
内山の他にも、男子1500mで3位と表彰台に上った高橋佑輔(北海道大学4年)、女子10000m競歩で6位に入賞した杉林歩(大阪大2年)ら、難関国立大の選手が力を付けてきた姿が見られ、こうした選手の活躍は学生に留まらず、フルタイムで働きながらクラブチームに属し競技を続ける多くの社会人選手たちにも希望を齎し、勇気を与え、励みともなるものだろう。

学生陸上の華、リレー種目では女子4×100mリレーを兒玉を擁する福岡大学が44秒51の日本学生記録を打ち立てて圧勝、男子4×100mリレーは39秒15で早稲田大学が制し、女子4×400mリレーでは100m、200mで共に2位に入った壹岐あいこを投入した立命館大が3分38秒44で勝利をものにし、男子4×400mリレーは東洋大のアンカー、中島祐気ジョセフが鬼気迫る走りで先行する早稲田大の山内大夢を捉え3分05秒05で1着となり、早稲田大のリレー2種目制覇を阻止した。

また天皇盃が下賜される男子対校ポイント争いは、86点で順天堂大が総合優勝を果たし、秩父宮妃杯を巡る女子対抗ポイントは日本体育大が93点で制した。

今年で90回を迎えた日本学生陸上競技対校選手権は学生最高峰の舞台であると共に、4年生、6年生にとっては日々練習に励み、苦楽を分かち合ってきた仲間と共に戦う最後の大会でもあった。おそらくこの大会でなければ、無理はしなかったであろう故障を抱えながら出場に踏み切ったデーデー・ブルーノや泉谷の姿から、4年間女子学生陸上界を引っ張ってきた塩見綾乃(立命館大4年)や400mHの関本萌夏(早稲田大学4年)の晴れやかな笑顔から、他にも多くの選手たちのレース後の感極まった様子や、或いは広がる歓喜の輪から、学生たちのこの大会への思いがどれほど特別なものなのかを、はっきりと感じ取る事ができた三日間だった。

WAランキング制度における日本インカレの地位向上が必須

しかしながら、東京五輪後の陸上界の潮流はWAの主導によるランキングポイント制が重きをなしつつあり、世界陸上や五輪出場には世界ランキングで上位である事が必須となってくる。記録によるポイント以外に付加される順位ポイントが低い学生限定大会に全力を注ぐ事は、そうした流れに即していない面が有り、学生トップクラスの選手達にとっては報われない事態になり兼ねない。こうした事態に陥らないよう、世界を目指す上でのフローチャートを新しく書き換えて提示していく役割は日本陸連が担って行かなければならないが、日本学連にも、学生たちにとって「特別な大会」である日本インカレが、今後も変わらず「特別な大会」で有り続けられるようなバックアップ体制作りが求められるのではないだろうか。
ここ数年はコロナ禍の為に滞っているが、かつて関東学連が実施していた夏季ヨーロッパ遠征のように海外を転戦する遠征や、関西学院大学の学生だった多田修平(現住友電工)をジャマイカに派遣し、アサファ・パウエルのアドバイスによりその才能を開花させた大阪陸協のOSAKA夢プロジェクトのような海外合宿を日本学連の主導によって行い、男子では三浦、泉谷に続く、女子では豊田自動織機TC所属ながら現役のの同志社大学の学生でもある田中希実のようなワールドクラスの選手を育て上げ、WAが日本インカレの格付けの上方修正を迫られるような実績を収めるための包括的な取り組みが今、必要なのかもしれない。

文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)

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今大会の決勝種目の結果(3位まで)は以下の通り

大会初日(9月17日)
トラック種目
女子1500m決勝
①保坂晴子(日本体育大②)4:23.28
②山本有真(名城大③)4:24.13
③樫原沙紀(筑波大②)4:24.61

男子1500m決勝
①原田凌輔(順天堂大④)3:43.00
②山田俊輝(中央大②)3:44.34
③高橋佑輔(北海道大④)3:45.28

女子10000m決勝
①鈴木優花(大東大文化大④)32:04.58※大会新
②飛田凜香(立命館大③)32:56.71
③小松優衣(松山大③)33:01.16

男子10000m決勝
①J・ブヌカ(駿河台大④)27:58.60
②P・ムルワ(創価大③)28:00.36
③W・C・カマウ(武蔵野学院大②)28:29.48

フィールド種目
男子円盤投決勝
①幸長慎一(四国大M2)54m18
②飛川龍雅(東海大④)51m98
③阿部敏明(日本大④)50m84

女子やり投決勝
①武本紗栄(大阪体育大④)59m90
②上田百寧(福岡大④)58m72
③山下実花子(九州共立大院②)57m40

女子棒高跳決勝
①大坂谷明里(園田学園女子大①)4m00
②古林愛理 (園田学園女子大①)4m00
③前川 淳(日本体育大④)3m90
※順位は試技回数の差による

男子走幅跳決勝
①伊藤 陸(近畿大学工業高専S①)8m05(+0.8)
②鳥海勇斗(日本大②)7m88(+1.3)
③泉谷駿介(順天堂大④)7m73(+0.6)

男子やり投決勝
①吉野壱圭(九州共立大①)73m98
②鈴木 凜(九州共立大①)72m57
③片川志遠(大阪体育大④)71m94

女子走幅跳決勝
①髙良彩花(筑波大③)6m33(+0.3)
②吉岡美玲(筑波大④)6m13(+0.4)
③木村美海(四国大③)5m96(+0.3)

大会二日目(9月18日)
トラック種目
女子10000m競歩決勝
①籔田みのり(武庫川女子大②)46:03.57
②梅野倖子(順天堂大①)46:23.42
③下岡仁美(同志社大②)47:07.65

女子4×100mリレー決勝
①福岡大(伊藤、兒玉、渡邊、城戸)44.51※日本学生新、大会新
②立命館大(臼井、佃、榎本、壹岐)45.49
③甲南大(宮田、井戸、澤谷、青山)45.86

男子4×100mリレー決勝
①早稲田大(三浦、佐野、澤、松本)39.15
②立命館大(遠藤、徳岡、佐々木、梶川)39.27
③順天堂大(瀬尾、木下、宇野、泉谷)39.29

男子10000m競歩決勝
①古賀友太(明治大④)39:45.90
②住所大翔(順天堂大④)40:41.57
③濱西 諒(明治大③)41:04.29

女子400m決勝
①髙島咲季(青山学院大②)55.46
②須藤美桜(日本体育大②)55.78
③後野詩衣菜(駿河台大④)56.26

男子400m決勝
①友田真隆(東京理科大①)46.35
②岩崎立来(大阪体育大③)46.59
③中島佑気ジョセフ(東洋大②)47.02

女子100m決勝(+0.5)
①兒玉芽生(福岡大④)11.51
②壹岐あいこ(立命館大③)11.67
③青山華依(甲南大①)11.69

男子100m決勝(-0.2)
①鈴木碧斗(東洋大②)10.33
②鈴木涼太(城西大④)10.34
③三浦励央奈(早稲田大③)10.35

フィールド種目
男子砲丸投決勝
①アツオビン・ジェイソン(福岡大①)17m64
②奥村仁志(国士館大③)17m17
③金城海斗(鹿屋体育大④)17m05

女子走高跳決勝
①高橋 渚 (日本大④)1m79
②齋藤みゆに(中京大①)1m76
③大玉華鈴 (日本体育大④)1m73

女子円盤投決勝
①齋藤真希(東京女子体大③)54m18
②郡菜々佳(九州共立大院②)52m63
③城間歩和(九州共立大③)48m77

男子走高跳決勝
①平塚玄空(日本大⑥)2m15
②永島将貴(福岡大②)2m10
②本田基偉(近畿大工業高専⑤)2m10
②堀井遥樹(新潟医療福祉大④)2m10

女子三段跳決勝
①内山咲良(東京大⑥)13m02(+1.0)
②髙良彩花(筑波大③)12m95(+0.2)
③金子史絵奈(青山学院大④)12m80(+1.0)

混成種目
女子七種競技総合得点
①大玉華鈴(日体大④)5525
②中村雪乃(東女体大④)5097
③水谷佳歩(中京大③)5029

男子十種競技総合得点
①川元莉々輝(立命館大②)7250
②森口諒也(東海大院①)7220
③原口 凜(国士舘大④)7178

大会最終日(9月19日)
トラック種目
女子3000m障害決勝
①吉村玲美(大東大③)9:41.43※日本学生新、大会新
②宮内志佳(日体大②)10:05.33
③西山未奈美(松山大④)10:09.16

男子3000m障害決勝
①三浦龍司(順天堂大②)8:32.47※大会新
②西方大珠(神奈川大④)8:44.00
③松村匡悟(筑波大③)8:44.43

女子400mH決勝
①川村優佳(早稲田大②)58.57
②関本萌香(早稲田大④)58.83
③工藤芽衣(立命館大①)59.03

男子400mH決勝
①山内大夢(早稲田大④)49.28
②黒川和樹(法政大②)49.51
③山本竜大(日本大院②)49.98

女子800m決勝
①塩見綾乃(立命館大④)2:05.57
②山口 光(順天堂大③)2:06.61
③山口真実(九州共立大①)2:07.55

男子800m決勝
①飯澤千翔(東海大③)1:50.47
②松本純弥(法政大③)1:51.07
③源 裕貴(環太平洋大④)1:51.48

女子200m決勝(-0.9)
①齋藤愛美(大阪成蹊大④)23.76
②壹岐あいこ(立命館大③)23.81
③兒玉芽生(福岡大④)23.91

男子200m決勝(+1.3)
①鈴木涼太(城西大④)20.50
②上山紘輝 (近畿大④)20.69
③池下航和(環太平洋大①)20.78

女子100mH決勝(+1.8)
①芝田愛花(環太平洋大③)13.23※大会新
②玉置菜々子(国士館大③)13.26
③島野真生(日本体育大②)13.32

男子110mH決勝(+1.4)
①泉谷駿介 (順天堂大④)13.29※大会新
②横地大雅(法政大③)13.47
③村竹ラシッド(順天堂大②)13.48

女子5000m決勝
①不破聖衣来(拓殖大①)15:50.32
②小林成美(名城大③)15:54.14
③山﨑りさ(日本体育大①)15:59.85

男子5000m決勝
①近藤幸太郎(青山学院大③)13:46.98
②篠原倖太朗(駒澤大①)13:48.57
③丹所 健 (東京国際大③)13:48.78

女子4×400mリレー決勝
①立命館大学(西村、工藤、壹岐、塩見)3:38.44
②園田学園女子大(安田、梅崎、時田、安達)3:39.38
③青山学院大学(吉中、金子、青木、髙島)3:39.60

男子4×400mリレー決勝
①東洋大学(柴崎、川上、伊藤、中島)3:05.05
②早稲田大学(小竹、西、澤、山内)3:05.38
③駿河台大学(小清水、志賀、勝、杉田)3:06.43

フィールド種目
女子ハンマー投決勝
①松島成美(国際武道大④)59m72
②渡邉ももこ(筑波大③)58m76
③勝冶玲海(九州共立大②)58m42

女子砲丸投決勝
①大野史佳(埼玉大③)16m37
②小山田芙由子(日本大③)15m75
③郡菜々佳(九州共立大院②)15m30

男子三段跳決勝
①伊藤 陸(近畿大工業高専S①)17m00(+1.3)※日本学生新、大会新
②安立雄斗(福岡大③)16m20(0.0)
③岩﨑孝史(鹿屋体育大④)15m82(+0.6)

男子棒高跳決勝
①古澤一生(筑波大①)5m40
②柄澤智哉(日本体育大①)5m40
③奥 吏玖(順天堂大④)5m30
③尾﨑駿翔(日本体育大④)5m30
※順位は試技回数の差による

男子ハンマー投
①中川達斗(九州共立院M①)70m58
②久門大起(日本大③)66m26
③山川滉心(中京大②)65m82

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