今年の長距離トラックレースの締め括りとなる、恒例の八王子ロングディスタンスが11月27日八王子市上柚木公園陸上競技場にて開催される。男子10000mに対象を絞り、例年国内トップクラスの実業団選手、学生選手に、ケニア人実業団選手も出場し、記録の狙えるレースとしても知られる大会でもあり、来年7月にはオレゴン世界陸上を控えている事から、当然参加標準記録、27分28秒00の突破を意識したレースになるものと考えられる。
注目選手の紹介の前に、男子10000mのオレゴン世界陸上代表争いの現況について簡単に整理をしておきたい。
まず、世界陸上の資格記録の適用期間は2020年の12月27日から2022年6月26日までに設定されており、従って昨年の12月4日に行われた日本選手権男子10000mでこの記録を上回るタイムで走っている東京五輪男子10000m代表の相澤晃(旭化成)、伊藤達彦(HONDA)も改めて参加標準を突破する事が必要になってくる。現在のところ、参加標準記録を突破した日本人選手は出て来ていない。
もう一点、世界選手権の代表は東京五輪同様にWAの発表する世界ランクによる出場枠もあり、出場圏内の目安となるターゲットナンバーは27位までとなっている。 現在世界ランキングでこのターゲットナンバー以内に位置しているのは、
⑪伊藤1234点
㉒田澤廉(駒澤大)1201点
㉔相澤1189点
の3名となっている。
WAポイントに関しての詳細な説明はここでは避けるが、10000mの場合ポイントの対象は2レースでその平均がポイントになり、有効期限は18ヶ月となっている事を抑えておいて頂きたい。
24位の相澤から、27位のボーダーラインとの差は僅かに1ポイント、28位の選手とも2ポイントしかなく、東京五輪の際もそうだったように、期限が近付いてくるとランキングが大きく変動するので、決して楽観視できる状況にはないと言えるだろう。
次に、今シーズンの日本人選手の10000mの上位10名のランキングを見て行きたい。尚、東京五輪を以て第一線から退いた大迫傑(当時Nike)の記録は除外している。
①伊藤 27分33秒33(5月3日、日本選手権)
②田澤 27分39秒21(5月3日、日本選手権)
③鈴木芽吹(駒澤大)27分41秒68(5月3日、日本選手権)
④藤曲寛人(トヨタ自動車九州)27分50秒57(11月13日、日体大長距離競技会)
⑤市田孝(旭化成)27分54秒45(5月3日、日本選手権)
⑥細森大輔(YKK)27分54秒62(11月13日、日体大長距離競技会)
⑦小山直城(HONDA)27分55秒16(7月7日、ホクレン深川大会)
⑧太田智樹(トヨタ自動車)27分56秒49(4月25日、兵庫リレーカーニバル)
⑨牟田祐樹(日立物流)27分57秒15(4月10日、日体大長距離競技会)
⑩岡本雄大(サンベルクス)27分58秒43(4月10日、金栗記念)
東京五輪選考の懸っていた春のシーズンはもとより、選考を終えた夏以降も小山、藤曲、細森といった選手たちが大きく記録を伸ばしてきており、10位以下にも更に3名が28分切りを果たしており、日本男子長距離陣がマラソンだけでなく、トラック種目でも力を付けてきている事が窺えるのではないだろうか。
以上を踏まえ、G組からA組までの7組で実施される今年の八王子ロングディスタンスの最注目は、残念ながら学生ナンバーワンの実力を誇る田澤こそ欠場になたものの、東京五輪代表の相澤、伊藤、ベテランの鎧坂哲哉(旭化成)、佐藤悠基(SGホールディングス)、昨年の福岡国際マラソンを制した吉田祐也(GMOインターネットグループ)らが顔を揃えたB組で、上記今期のベストテンからは、伊藤の他、市田、小山、太田、岡本が出場し、細森と牟田は最終A組のエントリーとなった。
伊藤は昨年暮れの日本選手権で東京五輪参加標準記録を突破してあっと言わせたが、その後に疲労骨折が判明し急ピッチで日本選手権に間に合わせ、五輪代表の座を勝ち取ったものの、その反動からか五輪本番では力を発揮できずに悔しい結果となった。五輪後初の実戦となった11月3日の東日本実業団駅伝では1区を務め、タイムは平凡ながらも後続を13秒引き離してきっちりと区間賞を獲得、コンディションの心配はなさそうだ。
レース終盤になると藻掻くような苦し気な走りになるのが定番ながら、その状態から何回でも走りの切り替えが出来る粘り強さが持ち味で、根性の人、粘りの人と見られがちな選手だが、ラスト1周を60秒切るまでに上げられるスパートの切れ味にも定評があり、むしろこちらの方に伊藤の真の強さがあるように思われる。
相澤は東京五輪本番で中盤の6000m辺りまで縦長の集団の後方に位置して粘る事が出来きたが、先頭のペースが上がると全く勝負に加われず。真夏のレースで28分18秒37と何とか恰好の付くタイムでまとめたが、世界のトップランナーとの力の差を見せつけられて何を感じ取る事が出来たか。今大会は日本長距離界のエースとして、その成長が試されるレースとなるだろう。五輪後初のレースとなった11月3日の九州実業団毎日駅伝では、1区を任されて2位となったが、それまでの大会記録を更新する走りを見せており、伊藤同様に東京五輪の疲労は抜けつつあるようで、やはりこの二人がレースの中心になると見る。
面白い存在なのは、九州実業団駅伝の1区で相澤を13秒引き離し区間賞を獲得した田村友祐(黒崎播磨)。10000mのベストタイムは今年5月の九州実業団でマークした28分10秒72に過ぎないが、2月の全日本クロスカントリー選手権では積極果敢なレースを見せ、最後は少しばてたものの優勝した東京五輪3000m障害代表の三浦龍司(順天堂大)から10秒差の6着に粘るなど、着実に成長を見せている高卒社会人5年目の若手選手で、ロードでの強さには定評がある。 兄は青山学院大学時代に箱根で名を馳せたのち、住友電工で活躍する和希。昨年の日本選手権で東京五輪参加標準記録にあと0秒92まで迫り、代表選出を期待されながら故障のため今年5月の五輪最終選考会に出場できずに終わり望みを絶たれ、その後はレース復帰が適っていないその兄の思いを胸に、九州実業団駅伝で一学年上の相澤を抑えた勢いで、日本人トップ争いに割って入りたい。
日本人トップ争いでは河合代二(トーエネック)の名前も挙げておきたい。マラソンでも、トラックでも前半から果敢に集団前方でレースを進める積極的なタイプだが、オーバーペースのきらいがあるのか、後半に脚が止まってしまう面も垣間見られる。ただ、最後まで持ち堪えた時には、昨年の日本選手権のように27分34秒86の日本歴代6位のタイムで走り切ってしまうだけの爆発力がある。
今期は5月の10000m日本選手権、6月の日本選手権5000mで結果を残せず、9月にはウィーンマラソンに出場して2時間21分台。しかしながらその僅か一月後の中部実業団選手権の10000mでは28分25秒43でまとめて5位に入賞しており、状態は上向いてきているようだ。 麗澤大時代はほぼ無名ながら、トーエネック入社後に地道な努力で力を付けて来た苦労人が遅咲きの花を咲かせるか。
その他、5000m東京五輪代表の松枝博輝(富士通)、中央大2年の吉居大和の二人のスピードランナーが、実績の乏しい10000mでどんな走りを見せてくれるのか、その挑戦の意義も含め、どのような結果を残すのか非常に楽しみだ。
レース展開を左右するのは実業団所属のケニア人選手達となるが、このレースに関してはPMは置かれず、序盤に先頭を引っ張る選手として安心感のあるB・カロキ(トヨタ自動車)はエントリーがなく、リオオリンピック銀メダリストのP・タヌイ(サンベルクス)は欠場、27分を切る持ちタイムの選手がいない中、昨年の日本選手権10000mでB・コエチ(九電工、今回はエントリーなし)とともにPM役を担ったC・カンディエ(三菱重工)辺りがペースを作っていく事になるか。
R・キサイサ(カネボウ)、P・M・ワンブィ(NTT西日本)を含めて誰が主導権を握るにせよ、相澤以下の日本人選手と持ちタイムに大きな差は無く(むしろ相澤が上回っている)、この大会で世界陸上の参加標準記録を狙うのであれば、ケニア人選手の引っ張る集団に食らい付いて行くことが必須の条件となる。
メインレースと言って良いB組以外の組では、一つ前のC組に東京五輪マラソン代表の服部勇馬(トヨタ自動車)がエントリー。熱中症に陥り心配された東京五輪後の初レースが注目される。設定タイムは28分10秒だが、服部以外にも作田将希(JR東日本)、村本一樹(住友電工)といったマラソンで2時間7分台の自己ベストを持つ実力者が出場するこの組で27分台やそれに近い記録が出るようであれば、直後のB組の選手への刺激となり、レースにも好循環が生まれる事が期待できる。
目標タイムが27分台と設定された最終のA組には東京五輪3000m障害代表の山口浩勢(愛三工業)がエントリー。山口は五輪後も非常に元気で、9月の全日本実業団では5000mに出場しセカンドベストを記録している。その他、茂木圭次郎(旭化成)野中優志(大阪ガス)、栃木渡(日立物流)の三人ともベストタイムが28分00秒台と惜しい所で逃し続けている27分台到達に、またリオ五輪3000m障害代表の実力者、塩尻和也(富士通)の2017年大会以来となる久々の10000m27分台にも期待したい。
八王子ロングディスタンスと言えば、2015年大会の村山紘太(当時旭化成、GMOインターネットグループ)による日本人選手初の27分30秒切りの衝撃から早6年。その時以来の日本人選手大会記録(27分29秒69)更新が出来れば、自ずとオレゴン世界陸上の参加標準記録の突破も果たしているだろう。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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