最後の開催となる福岡国際マラソン、有終の美を飾るのは、設楽か、細谷か、村山か、それとも川内か

12月5日、第75回福岡国際マラソンが、平和台陸上競技場を発着点とする42.195㎞のコースで行われる。      1947年、「日本マラソン界の父」金栗四三の功績を顕彰し熊本で開催された金栗賞朝日マラソンを源流とし、その後開催地を各地に点々と変えながら継続されて1959年の13回大会から福岡開催として定着、1974年の第28回大会から福岡国際マラソンと名を改めて今日まで引き継がれ、D・クレイトン(オーストラリア)の人類初のサブテン(2時間9分36秒、第21回大会)を始め、F・ショーター(アメリカ)の大会4連覇(第25回大会~第28回大会)、瀬古利彦(SB食品)と宗茂、宗猛の激闘(第33回大会、第34回大会)、瀬古とJ・イカンガ―(タンザニア)の死闘(第37回大会)、中山竹通(ダイエー)極寒の激走(第41回大会)、藤田敦史衝撃の日本新(第54回大会)、高岡寿成(カネボウ)まさかの敗戦(第57回大会)、T・ケベデ(エチオピア)による国内レース初の2時間5分台(2時間5分18秒=大会記録、第63回大会)など幾多の名場面、名勝負に彩られた本大会も、大規模市民マラソン隆盛の時代の流れに抗えず、今年の開催を以て長い歴史に幕を降ろす。                                         昨年に引き続きコロナウィルス感染拡大防止措置の為、海外からのトップランナーの招聘はなく、国内チーム所属の陸連登録選手のみで争われる伝統の大会に有終の美を飾るのは、また今大会からパリ五輪最終選考会、MGCへの出場権を懸けたシリーズも始まり、MGC行きの切符を何人が手にするのか、有力選手の顔ぶれを見ていこう。

随一の実績を誇る設楽悠太

先ず名前を挙げなければならないのは、エントリー選手の中で一番の実績とベストタイムを誇る設楽悠太(HONDA)だろう。
2018年の東京マラソンで2時間6分11秒で当時の日本記録を更新し、絶好調だったこのシーズンは、前年末の八王子ロングディスタンスで27分41秒97をマークして以降、出場したレースでは日本人選手には負け知らず、しかも年明け以降は毎週のように大会に出場しながら日本新記録の金字塔を打ち立てた。                      東京五輪代表を争ったMGCでは気温30℃に迫ろうかという暑さの中、1㎞3分という驚異的なペースで飛び出すという大勝負に出て敗れはしたが、このペースで走り切らなければ例え代表になっても五輪本番で勝負できない、とでも言いた気な自己主張を伴った走りを見せ、そのアスリートとしての自意識と美学は強烈なインパクトを残した。常にワールドクラスの走りを意識してそのレベルに肩を並べる事を目標とし、結果よりもそこまでに至るプロセスを重視する大迫傑までもが目の前の一つのレースの勝負にこだわったMGCで、設楽ただ一人が異なるゴールを、MGCのために特設されたゴールではなく、大観衆の中、新国立競技場のトラックを駆け抜けた先にある、東京五輪マラソン当日のゴールへと走っているように見えた。                                         2020年、東京五輪へのファイナルチャレンジとなった東京マラソンを2時間7分45秒で纏めながら16位と敗れて以降は、コロナ禍もあってめっきり大会出場が少なくなり、今期は5月に東京五輪のテスト大会として行われた札幌ハーフチャレンジで1時間2分20秒で走った後、先月の東日本実業団駅伝ではアンカーを務めながら区間10位と精彩を欠いており、これまでの好走歴とはその過程が一致しない。レースを重ねながら走りの感覚を磨き上げ、勝負レースへ向かう気持ちの部分もそれに応じて徐々に高揚させて行くタイプと思われ、直前のレースの結果がそのまま勝負レースに直結する傾向があるのは気懸りだが、16年間止まっていた日本男子マラソンの時計の針を進めた設楽が復活となれば、75回目にして長い歴史に終止符を打つ大会に相応しい劇的なエンディングとも言えるだろう。

辛抱と粘りのランナー、大塚祥平

優勝候補の2番手として、大塚祥平(九電工)を推したい。
MGCで4位に入り東京五輪の補欠選手に選ばれ、代表選手の万が一に備え、地道に調整を続けて来た。
2度目のマラソンだった2018年別大は気温2℃の極寒レースとなったが2位に入り、MGC出場を決めたのは同じ年8月に行われた真夏の北海道、冷雨の中棄権する選手が相次いだ2019年東京でも上位に入り、残暑の中行われたMGCは4位と、気象条件に左右されずに能力を発揮することができる、辛抱強さと粘りがあり、スタミナ充分のマラソン選手らしいランナーだ。
これまで条件が良いとは言い難いコンデションのレースが多かったため、その実力に反してベストタイムは2時間10分台に留まっていたが、昨年の福岡では気象条件にも恵まれ、1㎞3分ペースを刻む第二集団の流れに乗り、後半は集団を抜け出し先頭を追い上げて2時間7分38秒で2位に入り、能力に相応しい持ちタイムを一つ作った。今回は第一集団で勝負を挑みたい。
五輪では日の当たらなかった影の努力を実らせることが出来るか。

マラソンでポテンシャルを発揮し始めた大六野秀畝

大六野秀畝(旭化成)は明治大学在学当時から将来はマラソン向きの大器と称され、箱根駅伝の2区でもいぶし銀の活躍を見せていた。
旭化成入社後はまずじっくりとトラックを中心にスピード強化に取り組み、2019年2月にMGC進出を懸けて満を持して臨んだ初マラソンの別大、東京五輪ファイナルチャレンジとして挑んだ2020年東京マラソンと満足のいく結果を残せていなかった。
正念場で迎えた今年2月のびわ湖では1㎞2分58秒で刻む先頭集団に33㎞付近まで食らい付き、集団から遅れた後もしっかりと前を追う姿勢を見せ、35㎞付近では今大会でペースメーカを務めるS・カリウキ(戸上電機製作所)、この大会で2時間4分56秒の日本記録で優勝した鈴木健吾(富士通)、2位に入った土方秀和(HONDA)に次ぐ4番手に付けていた。しかしながらこの辺りから両太ももを叩く仕草を見せ始め、残り5㎞までは何とか踏み止めていたが、そこから順位を落としたものの大きく崩れる事なく粘り抜き2時間7分12秒の好タイムで6位となり、ようやくそのポテンシャルにふさわしいレースをしてみせた。
終盤に両脚のケイレンに襲われていなければ、4位のポジションはキープできていた可能性もあり、30㎞までは軽々とハイペースに付いていく余裕のある走りが出来ているだけに、体力切れといったスタミナ面の課題が解消されれば、2時間6分台でのゴールも視野に入ってくる。

2時間6分35秒の自己ベストが光る細谷恭平

フルマラソンを1㎞3分ペースを最後まで維持して走ればゴールタイムは2時間6分36秒。多くのマラソンレースで設定タイムとなるこの走りを今年のびわ湖マラソンで実現させたのが、2時間6分35秒で3位となった細谷恭平(黒崎播磨)。
30㎞、35㎞まではこのペースが維持出来る選手を見る事はあるが、最後の7.195㎞をこのペースで押し通すことの出来る選手はなかなか稀で、ペースメーカーが外れた30㎞以降に1㎞3分を維持できなくなった第2集団を置き去りにし、1㎞2分58秒を刻んだ先頭集団から零れた選手を一人一人拾って行きながら、理想的なレースを2度目にして成し遂げた。今大会ではもう一段高い、先頭集団での果敢な挑戦が見てみたい。

12回目の出場となる川内優輝

大六野、細谷が活躍を見せた同じ今年のびわ湖で、2時間7分27秒と念願の2時間7分台を達成する8年振りの自己記録更新で、まだまだ健在というところをアピールした「400戦錬磨」のプロランナー川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)は、初めて出場した2009年の第63回大会以降、2014年を除くすべての大会に計11度出場しており、今大会が12度目。
招待選手としても節目の10度目の出場を迎える今大会が、その終焉と重なり一層思い入れを強くしているであろうことは想像に難くない。
びわ湖激走の後は、7月にホクレンディスタンスチャレンジを転戦、自己ベストには届かなかったが6年振りの13分台となる13分59秒01をマークするなど意欲的にスピード強化に取り組んだ。
この秋に予定していたボストンマラソンを練習中の転倒による打撲のために回避をし、その回復具合が気になるが、こうした試練をことごとく跳ね除けて、周囲をあっと言わせてきたのが川内優輝。悲願の初優勝を遂げる事になれば、こちらもまた最後の大会に相応しい劇的な幕切れではないだろうか。

覚醒が待たれる村山謙太

一般参加選手では村山謙太(旭化成)。
駒澤大学3年時、ハーフマラソンで60分50秒の今も破られていない日本人学生記録を打ち立てるなど早くから将来を嘱望され、旭化成に入社早々に10000mで27分39秒95を記録、期待に違わぬ活躍を予感させたが、以降はトラックレースで目立った活躍は無く、マラソンの自己ベストも2019年ベルリンマラソンで記録した2時間8分56秒に留まっており、MGCで東京五輪出場を争う事も適わず、陸上ファンの期待は残念ながら萎みつつある。
同僚の大六野同様、前半ハーフを余裕を持って入れるだけのスピードは有しており、村山の場合課題となってくるのは、レースの中で我慢をすること。トラックでも、ハーフでも、フルマラソンでも、レース中に同じポジションをキープすることが出来ず、勝負どころでもなく、ふいに先頭を窺ってはまた位置を下げるなど、不用意にポジションを変えてしまい後に消耗を招くような動きをしてしまうことが多いと感じ、特にマラソンでの成功を妨げているように思う。
今年に入り2月の実業団ハーフで1時間1分58秒とまずまずのタイムをマークすると、びわ湖マラソンではペースメーカーとして25㎞までレースの流れを作り、鈴木の日本記録を好アシスト。25㎞までではあるが、この経験がマラソンでの成功に結び付けるきっかけとなるかどうか、楽しみなところだ。
そのポテンシャルの高さは誰もが認めるところ。旭化成から移籍し、心機一転を図った双子の弟、紘太(GMOインターネット)が八王子LDで復活の気配を示ており、眠れる兄の大爆発もいつかきっと来るはずと、長距離ファンは覚醒を待ち侘びている。

MGC6位の竹ノ内佳樹

MGCで6位に入り、その後に日本記録をマークする鈴木に先着した竹ノ内佳樹(NTT西日本)にも注目したい。
MGCに出場した選手の誰よりも早くパリ五輪に目標を切り替え、僅か2か月後のニューヨークマラソンに出場し2時間11分18秒で8位と健闘。
昨年の福岡も先頭集団での勝負を選択、30㎞まで食らい付くことが出来た。後半を纏めきれなかったが、2時間9分31秒の6位に入っている。
自身の成長の為に、オーバーペースになろうとも、敢えて高いレベルの競い合いに身を投じる貪欲な姿勢、常に挑戦する意識を持っている選手でもあり、サブテンを跳び越えて、8分台、7分台の選手が続出する男子マラソン界の流れに乗り遅れる訳にはいかないところだ。

真価の問われる選手たち

その他、招待選手では、2020年の東京マラソンで2時間6分45秒をマークした高久龍(ヤクルト)がもう一つ力を発揮出来なかった今年びわ湖からのリベンジを期し、同じ2020年東京マラソンで2時間6分54秒をマークした上門大祐(大塚製薬)、2時間7分05秒をマークした定方俊樹(三菱重工)はその時以来のマラソンとなり、東京より記録が出難いとされる福岡のコースでも同様の走りが出来るか真価の問われるレースとなる。

好記録への鍵はペースメーカー離脱以降

レース展開の鍵を握るペースメーカーは、ロンドン五輪10000m代表のベテラン佐藤悠基(SDホールディングス)、今年のびわ湖で36㎞まで先頭を走り、鈴木の日本記録の影の立役者と言われたカリウキ、同レースで村山と共に25㎞までペースメーカーを務めたP・M・ワンブイ(NTT西日本)ら6名が努め、昨年と同じく1㎞2分58秒の設定ペースが予想される第一集団を、佐藤、カリウキ、ワンブイが、1㎞3分00秒ペースの第二集団を、今年のびわ湖で同じペースの第二集団の牽引を担当し、正確無比な完璧なペースメイクで細谷、川内らの好走を引き出したC・K・ワンジク(武蔵野学院大)他2名が担う事になりそうだ。

掉尾を飾る大会を、藤田がマークした2時間6分51秒の日本人コースレコードの更新で締めくくるのであれば、32㎞過ぎの香椎折り返し地点を1時間34分台、40㎞地点を2時間ジャスト以内での通過が、ケベデの大会記録に挑むのであれば30㎞の通過を1時間28分30秒、40㎞を1時間58分30秒での通過が一つの目安となるだろう。
今大回はびわ湖と異なり、カリウキのように強力な国内所属のケニア人選手の招待がなく、一般参加のG・マイケル(スズキAC)、J・ルンガル(中央発條)に、カリウキのような30㎞からの5㎞の「先導役」は期待しにくい事もあり、この間の5㎞で牽制しあってペースを落とすことなく、且つどれだけ消耗を防ぎながら35㎞以降の勝負どころを迎える事が出来るかに、二つの記録の更新の有無が掛かっている。

最後に

冒頭申し上げた通り、伝統の福岡国際マラソンは今大会を以てその歴史に幕を降ろす。
多くの名ランナーを輩出し、お互いに開催するオリンピックをボイコットしあった日ソ冷戦時代末期には「事実上のマラソン世界一を決する大会」と称えられ、海外の一流選手が招待を受ける事を名誉と受け取り、WAから世界陸上遺産に認定されるまでに成長を遂げて、スポーツ文化の発展の一翼となったこの福岡国際マラソンには、日本のスポーツ文化不毛の時代だった終戦直後からその運営に携わり、支え続けてきた多くの方々の尽力があり、その歴史こそ、現在の市民ランナーブーム、また大規模な都市型市民マラソンの隆盛の礎となっていることを忘れてはならないと思う。

※今大会でのMGC出場の条件
(1)2時間8分0秒以内を記録した選手
(2)日本人3番手以内で2時間10分0秒以内の選手
(3)日本人6番手以内で2時間9分0秒以内の選手

文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)

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