師走の京都、西京極。傾き始めた夕陽がバックスタンドを茜色に染め上げ、ホームストレートには長くスタンドの影が伸び、丁度ゴールの前あたりでその影が少しだけ途切れる。
25回の周回を重ねたオレンジ色のユニホームが一際強く輝き、ゴールを駆け抜けて行った。駆け抜けて行ったというのはその言葉の通りで、ゴールした後も膝に手を付いたり、激しく肩を上下させるような事もなく、まっすぐに第1コーナー奥のスタンド直前まで駆けて行き、そこでようやく脚を緩めて向き直ると、丁寧にお辞儀をした。ゴールタイムは日本歴代2位の30分45秒21。
日本学生新記録、日本ジュニア新記録を樹立、そしてオレゴン世界陸上参加標準記録の突破を成し遂げた18歳の不破聖衣来(拓殖大)は、特段息が上がった様子もなく軽い足どりでゴール方向へ引き返した。

この秋の不破は9月の日本インカレ5000mで、7月のホクレンDCで既に10000mの世界陸上参加標準記録を突破している小林成美(名城大)に勝利、10月の全日本大学女子駅伝では5区9.2㎞を28分00秒とそれまでの区間記録を1分14秒も更新、区間2位を59秒引き離す規格外の走りを披露し、先月の東日本女子駅伝では群馬チームのアンカーを任され10㎞を31分29秒のタイムで区間賞を獲得するなど飛躍的な成長を見せ、俄然注目度は高まっていた。
そんな中、関西実業団ディスタンストライアルのエントリーが発表になり、不破のトラック10000m初挑戦が明らかになると、ネットを中心に、やや過熱気味とも言える記録への期待が膨らんでいた。
東京五輪5000mで日本記録を更新し、10000mでは7位に入賞した廣中璃梨佳(日本郵政グループ)が今年4月、初の10000mで記録した31分30秒03を大きく上回り、また、新谷仁美(積水化学)の日本記録、30分20秒44まであと25秒というところまで迫った。新谷が2000mまでを同僚の佐藤早也伽に1周72秒ペースで引っ張ってもらい、序盤の消耗を避ける事が出来た中での記録だったのに対し、今回の不破は同走にライバルは無く、1度も先頭を譲る事のない単独走で各1000mのスプリットを3分02秒から3分07秒で刻み続けたところに大きな価値があり、また、体力的に厳しくなるはずの後半の5000mで、前半の5000m通過タイム15分31秒を、しかも自身の5000mの自己ベスト(15分20秒86)さえも上回る15分14秒とタイムを上げた事も更にその価値を高めている。
筆者はこのような記録は、ここへ至るまでに地道な練習を積み重ねて、トップコンディションにまで持って行き、狙わせなければなかなか出せるものではないと考えるが、拓殖大女子陸上部のツイッターによると、日本記録を狙えと言われていたが、故障を避け、じっくりと育てている中での結果との事で、そのような過程での今回の走りなのだとすれば、この先に狙って調整をした際にはどこまで記録を出せるのかと、不破の未だ完全には引き出されていないポテンシャルの底知れなさに驚愕を禁じ得ない。

不破がオレゴン世界陸上の参加標準記録の突破を果たした事で、廣中、安藤、小林に、関西実業団DTの前日に行われたエディオンディスタンスチャレンジで突破を果たした五島莉乃(資生堂・31:10.02)を加えた5名が参加資格取得選手となり、10000m代表を巡る争いも激しさを増して来た。こうした東京五輪代表を含む実力者との直接対決が、未だに済んでいない(※学生の小林を除く。廣中とは高校時代の2019年の三重インターハイの1500m予選で相対している)不破への注目度は更に高まって行くだろう。
全走者がゴールした後、すっかり夕陽の傾いたフィールド内で、30分45秒21のジュニア日本新記録が表示されタイマーの前で、指導を受ける監督の五十嵐利治と並んでの記念撮影が行われた。やや硬い二人の表情から、一つの結果に浮つかず、しっかりと足元を固めながら将来を見据え、やがて世界の舞台で戦うという意思が 仄見えたように思った。

文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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関西実業団ディスタンストライアルin京都
女子10000m
①不破聖衣来(拓殖大)30:45.21※ジュニア日本新記録、日本学生新記録、オレゴン世界陸上参加標準記録突破
②佐藤成葉(資生堂)31:52.43
③西谷沙綾(ルートインホテルズ)32:34.45
④棚池穂乃香(大塚製薬)32:38.75
⑤荘司麻衣(ユニクロ)32:42.48
⑥太田琴菜(JP日本郵政G)32:42.63
⑦竹本香奈子(ダイハツ)32:43.20
⑧渡邉桃子(天満屋)32:44.42
その他の注目レースの結果
女子5000m2組(8位まで)
①松田杏奈(デンソー)15:44.05
②清水 萌(ワコール)15:46.50
③山中柚乃(愛媛銀行・東京五輪女子000m障害代表)15:46.78
④樺沢和佳奈(資生堂)15:48.06
⑤菅田雅香(JP日本郵政G)15:58.14
⑥松本夢佳(デンソー)15:58.34
⑦荻野実夕(ヤマダホールディングス)16:05.83
⑧北川星瑠(大阪芸術大)16:07.27
関西実業団ディスタンストライアルin京都
女子3000m(8位まで)
①後藤 夢(豊田織機TC)9:19.29
②柴田彩花(ヤマダホールディングス)9:22.22
③福井彩乃(京都外大西高)9:23.53
④前田海音(資生堂)9:25.42
⑤酒井 想(シスメックス)9:26.90
⑥菊地梨紅(肥後銀行)9:30.40
⑦山下瑞月(京都外大西高)9:31.00
⑧川上望華(京セラ)9:32.40