女子5000m木村友香(資生堂)、女子10000mの五島莉乃(資生堂)、不破聖衣来(拓殖大)の3人がオレゴン世界陸上を突破するなど、先週末はトラックレースの話題で沸き上がったが、この12月19日には午前中に岡山市で10㎞の部、ハーフマラソンが行われる第40回山陽女子ロードレースが、そして、山口・防府市では12時2分スタートの第52回防府読売マラソンが開催される。
開催地は共に中国地方、陸上界の師走の風物詩とも言えるこの二つのレースの見どころに迫ってみたい。
第40回山陽女子ロードレース
まずは山陽女子ロードレースから。バルセロナ、アトランタ五輪と2大会連続でメダルを獲得した、岡山出身の女子マラソンのレジェンド、有森裕子の名を冠して行われるハーフマラソンは、1月の大阪国際女子マラソン、或いは3月の名古屋ウィメンズマラソンの重要なステップレースの一つになっており、ここで手応えを得た選手が、大阪、名古屋のマラソンで好結果に結びつける事も多々あり、マラソンファンとしては要チェックのレースとなっている。
また今後距離を少しづつ伸ばしてフルマラソンに挑戦したい若手選手がステップアップの為に出場するケースも多く見られ、実績豊富な選手に若手選手がチャレンジ出来る舞台でもある。
レースの主導権を握るのは、昨年の大会で1時間9分24秒で優勝を飾ったZ・フーサン(デンソー)、4秒差の2位に入ったj・キプケモイ(九電工)らケニア人実業団選手と思われるが、ここに絡んで行ける日本人選手が現れるかが一つのポイントになるだろう。
ケニア勢に対抗しうる筆頭候補として、東京五輪10000m代表の安藤友香(ワコール)を挙げたい。当初、マラソンで東京五輪代表を目指したが果たせず、トラック長距離種目にターゲットを変更し、10000mでの代表を手にした。
五輪本番では決勝進出を果たせなかったが、五輪を経験し改めてスピード面のブラッシュアップが出来た事は、競技者として貴重な財産となっただろう。
パリ五輪で再びマラソンを目指す中で、オレゴン世界陸上の代表を狙って年明けの大阪、或いは名古屋でのフルマラソンに照準を定めているものと思われ、今回はステップレースの位置付けでの出場か。
先月のクイーンズ駅伝は1区でトップから差の無い3位と好走を見せており、ここまでの調整は順調のようだ。優勝争いに加わっての1時間9分台を期待したい。
昨年のこの大会での好走をきっかけに、その後のフルマラソンで結果を残したのが阿部有香里(しまむら)、和久夢来(ユニバーサルエンターテインメント)の2人。
阿部が今年1月の大阪国際女子マラソンで2時間24分21秒の自己ベスト、和久は大阪国際で2時間26分42秒、3月の名古屋ウィメンズでも2時間26分30秒と短期間で続けざまに自己ベストを更新、飛躍のきっかけを掴んでいる。
和久の名古屋の記録は、強烈な向い風の中でのレースでタイム以上の価値が有るが、大阪の阿部、和久の2レースはともに先頭集団には付かず、第二集団からのレースを選択しており、オレゴン世陸のマラソン代表争いに加わっていく為には、ハーフであっても昨年の大会と同じような第2集団からのレースでは無く、ケニア人選手の刻むハイペースに怯まずに付いていく積極性が「新たなステップ」として求められる。
東京五輪マラソンの代表選考会、MGCに出場する権利を得ながら、ドーハ世界陸上マラソン代表となる事を選択した池満綾乃(鹿児島銀行)にとっても、再びフルマラソンの代表を争うためには試金石となるレース。今年の大阪国際女子では第一集団に加われず、また25㎞までには第2集団からも遅れ始め、2時間28分26秒と結果を残せず。ハーフでは1時間9分16秒の持ちタイムがあるだけに、巻き返しのきっかけとなるレースと出来るか。
その他フルマラソン経験のある選手では、強風の名古屋ウィメンズで2時間26分26秒で3位となった松下菜摘(天満屋)、2時間26分49秒で5位の田中華絵(第一生命グループ)、初マラソンながら15㎞手前まで第一集団に食らい付き、2時間28分31秒でまとめた若手の福良郁美(大塚製薬)らが年明けのマラソン出場に向けてどういった仕上がりを見せるのかにも注目しておきたい。
マラソン未経験の若手の1番手は高卒5年目の原田紋里(第一生命グループ)。
昨年の大会では、東京五輪に向けての調整として出場したマラソン代表の一山麻緒(ワコール)が先頭集団から零れてきたところを激しく追い上げ、1時間10分21秒で4秒差に詰め寄る4位となり、続く今年2月の実業団ハーフでも、1時間10分17秒に入り、長距離適性の片鱗を見せて来た。今シーズンは7月のホクレンDCの10000mで32分39秒71の自己ベストをマークしたが、トラックの持ちタイム以上にロードで力を発揮できるタイプだ。秋に入って全日本実業団選手権の5000mは欠場、クイーンズ駅伝はエース区間に抜擢されながら15位と、昨年11月から2月にかけての勢いが感じられないのが気懸りなところ。
実業団ハーフの終盤、勝負を仕掛けた安藤に対し、唯一追い掛ける姿勢をみせた気持ちの強さで、スタートから先頭集団に位置するレースを見せて欲しい。
高卒3年目にして3000m障害で東京五輪の舞台を踏んだ山中柚乃(愛媛銀行)も今大会のエントリーに名を連ねているが、近々のマラソンデビューを視野に入れていると思われる原田とは異なり、スピード持久力や体力面の強化、長い距離を走る事によって余分な力みを抜く事や、体力が限界に近付いてきてからの粘り方、残り体力の測り方を経験させるトレーニングの一環ではないだろうか。
先日の関西実業団DTの5000mでは15分46秒78のPBを記録、自身の成長の為に何でも吸収しようという意欲的な姿勢に好感が持てる。今大会を含め、一冬で更に経験を積んだ後の春のトラックシーズンで、どのような変貌を遂げているのか、今から楽しみだ。
東京五輪を目指すMGCが始まった2017年以降の日本の女子マラソン界は、松田瑞生(ダイハツ)、前田穂南(天満屋)ら現在20代中盤の選手が中心となって引っ張り、後に続いた24歳の一山が五輪で8位入賞を果たして、長期低落傾向に歯止めがかかった。これらの選手たちはまだ若く、今後の更なる活躍も期待されるが、MGCに進出を果たした選手が15名、出場選手は10名に留まった層の薄さが課題となっている。トラックでは廣中璃梨佳(日本郵政グループ)、田中希実(豊田自動織機TC)、萩谷楓(エディオン)ら20代前半の選手が活躍を見せているが、将来的にはともかく、近々のマラソン転向となると可能性は低い。20代前半の選手から前田穂南のようなロード特化タイプの選手の台頭が待たれるところだ。
関西実業団TC10000mで日本歴代2位となる30分45秒21を叩き出し、オレゴン世界陸上参加標準を突破した不破はレース後、「初めての10000mで記録は目指していなかったが1000mで身体が動いている感覚があり、その後の経過タイムも良かったので、記録狙いに切り替えた。」と話している。途中から監督の指示も変わった可能性はあるが、この不破のように自らの殻を破るような思い切りを見せる選手を、この大会でも見てみたい。
山梨学院高の3年時、2017年の日本選手権5000mで15分23秒56をマークして3位となるも、デンソー入り後に伸び悩む小笠原朱里の奮起に期待したい。
山陽ロードレースでは、ハーフマラソンの他、日本人女性初の五輪メダリスト、(1928年アムステルダム五輪、女子800m銀)人見絹江を顕彰して1982年に創設された10㎞ロードレースも行われ、エディオンDCの5000mで15分21秒42の自己記録をマークした森智香子(積水化学)、2015年北京世界陸上5000m代表の鷲見梓沙(ユニバーサルエンターテインメント)らが、M・シンシア(日立)、K・N・ムッソーニ(ユニバーサルエンターテインメント)といった強力なケニア人実業団選手たちに挑む。
第52回防府読売マラソン
12時2分スタートの第52回防府読売マラソン大会はソルトアリーナ防府(防府市体育館)を出発点とし、航空自衛隊防府南基地前を折り返し、キリンレモンスタジアムにゴールする42.195kmのコースで行われる。
男子の部はパリ五輪を目指すMGCシリーズの対象レースとなっており、出場権獲得の条件である、日本人1位で2時間10分00秒以内、2~6位で2時間09分00秒以内を目指し(2時間8分00秒を切った場合、順位に関係なくワイルドカードでの出場権が得られる)、川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)、神野大地(セルソース)といった招待選手のプロランナーや、東洋大時代に箱根を沸かせた山本修二(旭化成)ら一般参加の若手選手が出場、またこの大会で幾度も川内と名勝負を演じ、三度の優勝を誇るモンゴルのS・バトオチル(三重陸協)、山梨学院大時代に箱根2区区間賞の経験と、ハーフマラソン1時間00分50秒の自己ベストを持つ初マラソンのケニア人実業団選手、D・ニャイロも虎視眈々と優勝を狙っており、激戦が予想される。
また、女子の部、視覚障害のある選手のIPUの部も行われ、女子の部にはMGCに出場したプロランナーの岩出玲亜(千葉陸協)、IPUの部男子には東京パラリンピック男子マラソン視覚障害クラス7位の熊谷豊(三井住友海上)、同女子には東京パラリンピック女子マラソン視覚障害クラス金メダルの道下美里(三井住友海上)が出場する。
過去4回の優勝を誇り、今大会が11回目の出場となる川内は、2時間11分33秒で12位となった12月5日の福岡国際マラソンから2週間を置いての出場。毎年恒例のルーティーンなのだが、400戦錬磨の川内も来年3月で35歳、回復力も若い頃のようにはいかなくなっているかもしれない。
しかしながら当大会は記録面ではサブテンを2度(2013年2時間9分15秒、2014年2時間9分46秒)達成している、川内にとっては42.195㎞の隅々まで知り尽くした得意のコースと言って良い。前回のMGC出場権を手にした時は福岡と防府の2大会のタイムを平均したワイルドカードだったが、今回は同じ防府で15度目のサブテンを達成し、MGC出場切符を掴み取る事ができるか、注目だ。
国士館大時代に1度箱根を経験、八千代工業を経て西鉄に移籍、MGCに出場した後プロに転向して現在はあのE・キプチョゲ(ケニア)や東京五輪銀メダルのA・ナギーエの所属するNNランニングチームの一員となっている福田穣も、川内と同様に福岡国際マラソン(2時間13分34秒、17位)からの転戦となる。昨年も同じスケージュールをこなして福岡の2時間11分52秒での13位から、2時間10分57秒で6位と、防府でタイムも順位も上げているが、福岡で先着した川内に、防府では先着を許している。(※川内の昨年の福岡は2時間13分59秒で19位、防府は2時間10分26秒で2位)
2018年のゴールドコーストで2時間9分52秒を記録して以降はサブテンから遠ざかっており、そろそろ「世界最強ランニングチーム」の一員として真価を示さなければならない。
青山学院大時代は箱根駅伝の山登りで活躍し、「三代目山の神」と呼ばれた神野大地(セルソース)は、2度目のマラソンだった2018年の東京マラソンで2時間10分18秒を記録したまでは順調に来ていたが、その後レース中に腹痛に悩まされる事が多くなり、芳しい結果が得られなくなってきている。
何とかMGCの出場に漕ぎ着けて17位となって以降、アジアマラソン選手権で優勝を果たして一皮むけたと思われたが、東京五輪ファイナルチャレンジとなった2020年東京マラソン、空前の好記録ラッシュとなった今年のびわ湖毎日と、第一集団に付くことも出来ず、追い上げもできないまま失速する失敗レースが続いており、プロのマラソンランナーとして崖っぷちの状況に追い込まれている。
そんな中、先月にはかつて名を馳せた箱根5区とは別ルートだが、箱根の坂を舞台とした激坂王決定戦箱根ターンパイク登りの部13.5kmで、来月に迫る箱根駅伝の山登りに備える学生らに1分以上の差を付ける圧巻の勝利。これを久々のフルマラソンでの好走に繋げる事ができるか、マラソンでの成功を望むファンが多いだけに、結果で期待に応えたい。
その他の招待選手では、流通経済大時代に学連選抜、学生連合のメンバーとして3度の箱根山登りを経験し、旭化成に入社後は脚抜けの症状に悩まされながらも克服した吉村大輝がフルマラソンを上位で走るコツを抑えている感が有る。帝京大時代に箱根で5区、9区といったタフな区間を任され、今年のびわ湖毎日で2時間10分51秒を出し、更に成長の見込める平田幸四郎(SGホールディングス)も侮れない存在だ。
一般参加の山本修二(旭化成)は東洋大時代は箱根で2区を務めるなどエースとして活躍、2019年の別大マラソンではPMに抜擢されるなど、マラソンでの将来性を見込まれていたが、旭化成入社後は村山謙太や大六野秀畝ら錚々たる実力者達に阻まれ、ニューイヤー駅伝出場を果たせておらず、実業団の壁にぶち当たっている感がある。
マツダ所属でMGCに出場した兄、憲二は接地の柔らかさ、地面を捉えた後の脚さばきの美しさに定評があるが、修二は口から出血するほど歯を食いしばり、絞り出す事が出来る力走タイプ。入社3年目、結果を出したい踏ん張りどころで、鉄紺の誇りと1秒を削り出す魂の走りを見せ付けて欲しい。
その他注目の一般参加選手として、飛松佑輔(日置市役所)、石田亮(自衛隊体育学校)の名前を挙げておきたい。
飛松は九州の第一工業大学出身で、出雲、全日本と二つの大学駅伝の経験があり、石田は城西大2年時に箱根駅伝で低血糖を起こして棄権するアクシデントに見舞われながら翌年の箱根でそれを乗り越え、大学初のシード権獲得を引き寄せる走りを見せていた。
フルマラソンのベストタイムは飛松が12分台、石田は13分台ながら、飛松は2019年の福岡で20㎞過ぎまで、石田はリオ五輪選考会となった2015年のびわ湖毎日、翌年の福岡国際で30㎞手前まで先頭集団に食らい付き、見せ場を作っている。
こうした大きなレースでも格上の選手に怯まず挑戦が出来る選手は、いつかブレイクスルーをするのでは、或いはその時が今年防府読売マラソンになるかもしれない、と思わせるだけのサムシングが有る。
レースの勝負所は33㎞の植松跨線橋と、39㎞の三田尻大橋の二つのアップダウン。川内はこのどちらかの下りを利用して一気の引き離しに成功し、4度の勝利を引き寄せている。レース後半で迎える難所を乗り越え、真っ先にレモンスタジアムに姿を現すのは誰か、また、MGC出場権を手にする事は出来るのか、勝負の決着は14時10分少し過ぎに訪れる。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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