2021年の箱根駅伝は、前年9位の創価大学が往路序盤3区間で流れを掴み、4区で先頭に躍り出るとそのまま先頭を突っ走り、出場4回目にして戦前の下馬評を覆す大波乱の初優勝が目前に迫っていた。ところが10区の15㎞を過ぎた辺りから最終走者が低血糖のような状況に陥るアクシデントで脚色が鈍り、ゴールまであと2㎞の地点で駒澤大学に逆転を許す20年振りの「10区逆転劇」で悲願は夢と消えた。
序盤から優位にレースを進め、復路は先頭効果で後続を引き離す、駅伝必勝法のお手本のようなレースを見せていたチームでも、最後の最後で予期せぬ事態に襲われる、一区間が長く、気温上昇などのコンディション変化が生じやすい箱根駅伝の怖さ、非情さが象徴的に現れたレースだった。そしてこの怖さ、非情さを含む、これまで97回に渡り母校の襷を掛けた学生たちの真剣勝負によって紡がれてきた往復217.1㎞を巡る物語に、多くの人々が魅了され、熱狂してきた。来る新しい年に選手たちを迎える箱根路に、どんなドラマの筋書きが用意されているのだろうか。
多くの人の記憶に刻まれるドラマが生まれる裏には、やはり天下の険、箱根の山を目指しまた戻ってくるというコースの卓抜さ、一区間の長さが20㎞超という他の駅伝には類を見ない距離設定が多分に影響しており、レースの時間が長時間に及ぶため、選手たちはその間の気温上昇や箱根の山に入ってからの冷え込みといった気象面との闘いも強いられる。
各区間の特徴も1区、10区の東京都内のビル風、2区はだらだらと登る権太坂の難所を乗り越ると、「戸塚の壁」が待ち受ける。3区は遠方に富士山を望む湘南海岸沿い海からの強烈な向い風が行く手を阻む。山登り、山下りの特殊区間5区6区の厳しさは言うまでもなく、7区は平坦ながら走行中の気温変化がもっとも激しいと言われ、気温上昇に加え終盤に遊行寺の坂が控える勝負どころの8区は毎年のようにブレーキ選手が出る屈指の難区間、各走者とも単独走が多くなり実力が試される2区の裏となる難関の9区と、バラエティーに富んでいるところもこの駅伝の大きな魅力となっている。
筆者の考える、出場校が箱根駅伝で好結果を得るために必要な条件は
①ハーフマラソンをきっちりと(出来れば1時間3分台以内で)こなせる走力のある選手を10人揃える
②レースの流れを引き寄せるエースの存在
③登り、下りの山対策
④大きなブレーキ区間を作らず、悪くても全員区間一桁で留める
⑤コンディション、ピーキング。直前のアクシデントによる区間変更を出さない
の5つ。
①、④については、数年前であれば予選会トップ通過やシード校を目指すのであれば64分台までに10名と言われていたが、近年箱根のスピード化が著しく、④の項目区間一桁に収める事を併せて考えると、ハーフ62分台の走力が必要になってきているものと思われる。しかしながら、ここ2年間はコロナ禍にあって多くのロードレースが中止になっており、ハーフの距離で行われる予選会から本戦出場を除くシード校の選手は、3月の学生ハーフ以降記録を更新できていない例も多く、ハーフのベストタイムリストは実力が反映されているとは言い切れない。
②レースの流れを引き寄せるエースの存在
箱根駅伝においては「花の2区」と言われるように、出雲駅伝、全日本といった他の大学駅伝と異なり、エースはレース後半やアンカー区間ではなく、権太坂、中継点手前の戸塚の壁という二つの難所が控え、走力の差がタイムにはっきり表れる2区に起用される事が多い。1区で良い位置で襷を引き継いだならば、その良い流れをより確実なものとし、1区で出遅れがあった場合でもごぼう抜きでレースの流れを変え、チームに勢いを与える事が出来る存在が求められる。チーム内での比較級的存在のエースに留まらず、他校のエース級からも抜きんでた存在である事が望ましい。第81回大会から第83回大会での今井正人(当時順天堂大、現トヨタ自動車九州)の活躍以降、一気に形勢逆転を図る存在として5区に起用される例も多くなってきている。
③登り、下りの山対策
箱根駅伝を箱根駅伝たらしめているのが、5区山登り、6区山下りの特殊区間。
この2区間は上位から下位までのタイム差が開きやすいが、今井や柏原竜二(当時東洋大、富士通入り後引退)が5区を担った時代のようにこの区間だけで4分以上の差が付く事はなくなってきている。それでもここでのブレーキは結果的に勝負に直結する大ブレーキとなってしまう事も多々ある。
5区へのエース級の投入は上手く行けばこの区間だけで2分、3分と貯金が稼げるリターンを期待できるが、その分他の区間にしわ寄せが行くリスクを覚悟しなければならない。柏原の時代の東洋大や、神野大地(現セルソース)が5区を担って初優勝した当時の青山学院大は、柏原、神野以外にもエース格が存在し、5区に彼らを回せるだけのチーム力が有り、今井の時代の順大は優勝が1度と、メリットが多いとは言えなかった。やはり登り適性をしっかりと見極めたうえで、「山対策」の練習を積み、準備を進める事が望ましいと思われる。
6区もスピード化の傾向が著しく、かつては58分台で下り切れば圧倒的な区間賞だったが、ここ2年間は59分を切っても区間中位になるかどうかというところ。各校スピード化には取り組んでいて上位下位の差は縮まってきている傾向にあるが、区間賞のタイムも跳ね上がって来ているので、この流れに取り残されては勝負が出来ない。
⑤コンディション、ピーキング。直前のアクシデントによる区間変更を出さない
①の項目でも触れたが、ここ2年はコロナ禍で多くのロードレース大会が中止となっており、学生選手に於いては、箱根メンバーの選考レースともなる高島平20㎞、上尾シティーハーフ、川越ハーフなどの中止による、駅伝以外のロード実戦の不足、この部分は練習で距離を踏んでいても実戦の感覚を養えるものではないため、影響は少なくないものと思われる。特に予選会を経ていない大学では、ハーフを走った1年生選手が少ないため、本選でいきなり抜擢を受ける事は少なくなるのではないだろうか。ロード実戦が限られた中、どのような全体の強化を図ってきたのかが問われる事になりそうだ。また、29日の区間エントリー後のケガ、あるいは風邪による体調不良などは、レースプランを根幹から崩しかねず、残り1週間の体調管理が勝負の明暗を分けると言ってもけして大げさではないだろう。
こうした5項目がすべて揃う大学は少ないうえ、揃ったとしても必ずしも優勝するとは限らないところが箱根の難しさでも有り、ファンにとっては面白さでも有るのだが、このように机上の空論でも、「自分なりの視点」を導入して、区間配置やレース展開にあれこれと考えを巡らすのも箱根駅伝の魅力であり、楽しみ方の一つだ。
第98回大会のみどころは、「大エース田澤を擁する駒澤大」と「山と総合力の青山学院大」の覇権争い
前置きが長くなったが、第98回箱根駅伝は駒沢大学と青山大学の優勝争いになると見ている。
駒大は全日本大学駅伝でそれまでの間に付けられていた1分36秒の差をひっくり返し、2位に18秒の差を付けて一気にレースの流れを変えた、田澤廉の「エース力」が大きい。しかも、その後の日体大の長距離競技会10000mでは学生最強と謳われる、東京国際大のY・ヴィンセントを破り、オレゴン世界陸上参加標準記録を突破する27分23秒44をマークし、その存在感はチームや学生陸上界に留まらず、男子長距離界の次期エースと呼ばれるまでに高まっている。今大会でも2区での対決が予想され、トラックよりはロードで力を発揮するタイプのヴィンセントと互角の勝負ができれば、チームの士気はいやが上にも盛り上がるだろう。
田澤の存在はチームにとって大きいのは確かだが、決してワンマンチームと言う訳ではなく、準エースで10000m27分台の力が有る鈴木芽吹、スピードランナーの唐澤拓海を欠く中で、安原太陽らがしっかりと力を発揮して「田澤で逆転可能な許容範囲の差」に押しとどめ、アンカーに起用された花尾恭輔が、追い縋る青学大アンカーを一度引き付けてから突き放す巧みなレースぶりで勝利を呼び込んだように、各選手の走力も侮れない。前回大会では鈴木が5区山登りを担当し、手堅い走りを見せていたが、疲労骨折明けで、間に合ったとしても負担の大きいこの区間を担うかは不透明。また前回大会で6区区間賞の花崎悠紀がエントリーされておらず、山に関しては計算を立て難い。一方、11月の世田谷ハーフで1時間02分45秒で3位となり、箱根に間に合った唐澤は1区にエントリーされ、田澤へと繋ぐこの2区間で先手を奪って流れを作りたい。
青学は今期成長著しい近藤幸太郎、96回大会で2区を1時間7分03秒で駆け抜けた岸本大紀の2人は他校のエース級と比較しても上位の力は充分に有る。他にも世田谷ハーフで1時間02分38秒で制した田中悠登らハーフ62分台の選手5人を擁し、走力の高い選手が揃っている。
6区の山下りは今年の97回大会を区間3位で走った髙橋勇輝に信頼を置く事が出来、5区に関しても1年の若林宏樹がエントリーされたが、96回大会で区間2位と頑張った経験者の飯田貴之を押しのけて抜擢されたあたり、原監督としても充分勝算があると見越しての起用と思われ、駒大が花崎を欠くことを考慮に入れれば、この2区間に関しては青学に分が有り、また、力の有る飯田を平地に回せるメリットも非常に大きい。全日本大学駅伝の雪辱を果たす事も充分に考えられる。
2021年、流れに乗り切れず4位に沈む要因ともなった1区、2区を上手く乗り切る事ができれば勝機は見えてくる。
最新の区間エントリーに目を通して、この2校を追う存在に浮上してきたと感じられたのが、全日本大学駅伝で5区終了時点では5位と上位進出も窺える位置に付けながら、6、7区で失速し10位に終わった東洋大だ。
箱根での巻き返しの鍵を握るのは、前回の箱根で2区を1時間7分15秒の区間4位と健闘し、総合3位の立役者の一人となりながら、全日本の7区ではブレーキを起こしてシード権を逃す要因ともなってしまった松山和希。この松山が前回大会同様に2区にエントリーをされており、全日本から状態が上向いている様子が窺える事に加え、おそらく3区には当日変更で前回大会区間8位、今期の三大駅伝でも主力として安定感のある前田義弘、4区には出雲、全日本と連続で区間賞を獲得したスーパールーキー石田洸介が当日変更で配置されるものと思われ、5区には96回大会で区間賞を獲得し登りに自信を持つ宮下隼人が控えている事から、往路に関しては、駒大、青学大と互角、あるいは往路優勝も狙える陣容が整ったと言える。
復路の陣容はその分薄くなるが、全日本で結果を残した1年の梅崎連、出雲でアンカーを担った柏優吾、96回大会7区6位の経験がある蝦夷森章太らの粘りによっては、優勝争いに踏み止まる事もあるかもしれない。
逆に区間エントリーを見て、主力にアクシデントが発生したのではないかと思われるのが、早稲田大学、順天堂大学の2校。
早稲田大は、10000m27分台を誇るスピードランナー中谷雄飛、太田直希、井川龍人の3人を擁し、このうち太田を欠いた全日本では主力格に成長した菖蒲敦司の頑張りで一時はトップを快走する見せ場をつくり、6区のブレーキの後も、鈴木創士、山口賢助が踏ん張って6位となり、太田が戻れば箱根上位を窺えるだけの戦力が整うかと思われた。
しかしながら、区間エントリーが発表されてみると、太田が3区に登録されたものの、中谷、井川、菖蒲、鈴木、山口の5人が当日変更が可能な補員登録。前回2区を走ったエース格の太田が万全ではないにしろ、3区に登録されたのはやや不自然で、太田も含めた6人の中に、コンディションが整わなかった選手が複数いる事も考えられる。当日変更が明らかにならないと判らない点が多く、補員の5人全員が変更で走る可能性も捨てきれないが、現時点ではベストメンバーを組めなかった可能性が高く、優勝を争うには黄色信号が灯ったと言わざるを得ない。

東京五輪の3000m障害で7位に入賞した三浦龍司が注目を集める順天堂大も、その三浦が補員に回り、この事自体はある程度想定の範囲内なのだが、起用が濃厚と見られていた1区には成長著しい平駿介が配され、1区で無ければスピードが生かせ、レースの流れが悪ければまだ立て直す余地のある3区の起用が有力と思われたが、ここにもエース格の伊豫田達弥がエントリーされている。
三浦はハーフで61分台とチーム最速タイムが有り、2区起用も考えられなくもないが、あくまでスピードタイプで有り、アップダウンが多く、タフさも求められる2区よりは、ラストスパートを生かせる展開になりやすい1区、あるいは平坦な3区の方が特性的には向いている。
また、今年の順大のチーム状況であれば、昨年に2区を走った野村優作、三浦と同じ学年で、61分台とチーム2番手のハーフのタイムが有る石井一希、3位となった全日本で最長区間のアンカーを務めて区間2位の四釜峻佑の存在もあり、敢えて三浦に2区を委ねなければチームとして立ち行かないという訳でもない。
三浦が走れるコンディションであると仮定すると、やはり平、伊豫田のどちらかが走れない可能性が高く、主力一人を欠くとなると、戦力の充実が見られる順大といえども、やや苦しい戦いを強いられるのではないだろうか。
前回2位と健闘の創価大学は、全日本大学駅伝の予選でまさかの敗退を喫し、その分ロードの実戦を踏む機会が少なかった事がどう影響しているか。その分はスピード練習に割いたようで、この秋に来てトラック10000mのベストタイムを更新する選手が続々と出て来ている。日体大の長距離競技会のような大きな記録会には余り選手を出場させる事がなく、他大とは一線を画した独自路線を取っているようにも思われ、そこが却って不気味な点であり、2位の事実が示すように箱根にピークを持って行く榎木監督の手腕も確かだ。
山は前回5区2位の三上雄太、6区7位の濱野将基の存在が頼もしく、前回の箱根で3区を走り区間3位となった葛西潤の復調が、今大会でも旋風を巻き起こせるかの鍵を握っている。
レース展開を考えると、出雲駅伝で優勝を果たした東京国際大が1区から山谷昌也、Y・ヴィンセント、丹所健の3本柱を並べてリードを奪いに行く事が予想される。優勝を狙う有力校からすれば、往路のうちに捕まえて置きたいところだ。ヴィンセント、丹所の力からすると、3区終了時点で東国大がトップに立っている可能性はかなり高く、往路終了時点で1分30秒以上差を付けられるような事があれば、前回大会の創価大のように先頭効果を発揮されて、思わぬ苦戦を強いられる事態も考えられる。
1区の出遅れはご法度、尚且つおそらく2区では目まぐるしく変わるであろう先頭争いのなか、レースの流れにしっかりと乗って、離されるような事があっても、背中が見える範囲で付いて行き、山で逆転が出来れば理想的だ。
とは言うものの、往復217.1km に及ぶ長丁場、どこにどんな落とし穴が待ち受けているかもしれず、下馬評などあてにならない、想像以上のナマのドラマが展開されるのが箱根駅伝だ。
エントリーが明らかになった今からレースが終るまで、いやレースが終わっても繰り返し振り返りながら、20校プラス関東学生連合チームの戦いを、心行くまで堪能したい。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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