第41回大阪国際女子マラソンが1月30日、ヤンマースタジアム長居を発着点とし、大阪市街地を巡り御堂筋・難波交差点折り返す42.195㎞のコースで行われ、東京五輪代表に一歩届かず補欠に甘んじていたダイハツの松田瑞生が2時間20分52秒の大会新記録で3度目の優勝を果たすと同時に、日本陸連が設定した2時間23分18秒のオレゴン世界陸上派遣設定記録もクリアし、世界陸上代表に大きく近付いた。
25㎞まで松田に食らい付いたスターツの上原真穂が2時間22分29秒と、松田に続いて世界陸上派遣設定記録を突破する2位に入り、2度目のフルマラソンで、第2ペーサーの集団からレースを進めた天満屋の松下菜摘が2時間23分5秒で3位、4位に2時間23分11秒と最終盤で松下にあと一歩のところまで詰め寄った同じく天満屋の谷本観月、終盤粘り強く走ったしまむらのベテラン、阿部有香里が2時間24分24秒02の自己ベストで5位に続いた。
世界陸上代表を目指し、期待の大きかった積水化学の佐藤早也伽は35㎞手前で松下との3位争いから脱落して力尽き、2時間24分47秒の6位に終わった。
世界陸上派遣設定記録を突破した上位4選手のうち、優勝の松田、2位の上杉が今後の選考対象となり、また6位の佐藤までが2023年秋に開催されるパリ五輪代表選考会、MGCへの出場権を獲得した。
松田らしさ全開のレース
良くも悪くも、松田瑞生らしさ全開のレースだった。
今大会はコロナ禍で外国人選手の招聘が難しかった事も有り、昨年の大会に続き男子選手がペースメーカーを担い、第1集団は1㎞3分20秒、5㎞を16分40秒、ゴールタイムは2時間20分くらいとなるぺースが設定されてスタートした。ところが最初の1㎞こそ3分25秒とやや遅めの入りとなったが、ここから一気にペースは上がり、最初の5㎞の通過が設定ペースより10秒以上早い16分28秒。流石に10㎞までの5㎞は16分34秒に落とし、次の5㎞では16分40秒と設定通りに落ち着いたが、20㎞通過は1時間6分20秒、ハーフの通過が1時間9分57秒と20秒ほど速いペースを保ちつつレースは進行していく。
この設定よりも速いペースを主導したのは、ペースメーカーではなく、他ならぬ松田自身。第1ペーサーを担当する神野大地(セルソース)、福田穣(NNランニングチーム)の二人のプロランナーを左右に「従え」、後方には田中飛鳥(RUNLIFE)を引き連れるようなかたちで堂々と集団の真ん中に位置取り、3人の男子選手を頼るのではなく、彼らを世界の舞台で勝負する上でライバルとなる、ケニア・エチオピアの選手に見立てて自らレースを動かしに行っているように見受けられた。
ハーフを過ぎてからは「このままでは世界に通用しない」とばかりに更にペースを上げ、20㎞から25㎞のスプリットは16分27秒に跳ね上がり、ここまで良く持ち堪えた上杉真穂がたまらずに遅れ始める。上杉を振り切った後は完全に記録狙いモードにスイッチが切り替わり、大阪城公園内に入る直前には1㎞3分12秒までペースを上げたが、結果を見れば、このペースアップは気持ちが入り過ぎ、力みに繋がってしまったようだ。
30㎞までの5㎞も16分28秒と依然ハイペースを保ったが、その手前辺りから次第に顎が上がり、サングラスのため表情は窺えないのだが、眉を顰め、歯を食いしばる事も多くなって行く。
35㎞までの5㎞は16分49秒と設定ペースを保てなくなり、ここからの5㎞を17分19秒まで落として昨年に一山麻緒(ワコール)の記録した2時間21分11秒の大会記録更新に黄色信号が灯った。しかし40㎞以降はやや持ち直してヤンマースタジアム長居に姿を現し、最後は一番を示す人差し指を立てた右手を高々と突き上げ、2時間20分52秒と自身初の2時間21分切りでゴールに飛び込んだ。
山中監督が出迎えると、駆け寄る松田の目には涙が溢れていた。
それは目標と口にした「自分越え」を達成した安堵感ではなく、「最低限」と密かに狙っていた、一山が2020年の名古屋ウィメンズで記録した国内女子最高記録、2時間20分29分を越える事が出来なかったためだった。
しかしながら、2時間20分52秒という今回のタイムは自身3度目の2時間22分切りとなり、これは日本人女子選手では高橋尚子、野口みずきしか達成しておらず、この二人に並び、また渋井陽子でも成し得なかった、誇っていい偉業だ。
本人は「(ペースを維持できない)30㎞以降の走りが課題」と口にしたが、むしろ20㎞から30㎞辺りの走り方に課題があるように思われる。今回の後半のペースの落ち込みを招いた30㎞までのペースアップを我慢するという意味ではなく、ここで力む事無く、いかに自然に、力を使わずにスピードを上げる事が出来るかによって、30㎞以降の残りの体力が違ってくるのではないか。こうした点が改善出来れば、2時間20分切りと高橋、野口越えも現実のものとして見えてくるだろう。
挑戦を貫く姿勢が実を結んだ2位上杉
2位の上杉は、フルマラソンとなると、自身の持ちタイムより断然早いペースの先頭集団でレースを進める積極性が持ち味のタイプだったが、昨年の大会で無理に先頭集団には付かずに第2集団でレースを進めて2時間24分52秒の自己ベストと、2時間25分切りという実績を作った事でより上のレベルを目指す姿勢に拍車が掛かった。この一か月後の名古屋では自身のスタイルに戻し、ハイペースの先頭集団で勝負を挑むも、15㎞で先頭から遅れて2時間27分03秒と跳ね返されてまだ力が足りていない事を痛感、その後も挫ける事無く黙々と走り込み、今大会でのリベンジに闘志の炎を燃やしていた。
目標を自身の自己ベストを大きく上回る世界選手権派遣設定記録と掲げると、いつもの上杉スタイルで中間点通過を1時間9分57秒と自身のハーフのベスト記録、1時間10分17秒すら上回るペースにも食らい付き、松田に引き離されてからはPMの付かない単独走となりながらも、大きく崩れる事無く後半も纏めて2時間22分29秒と有言実行を果たした。
まさに岩をも通す一念でここまで繰り返して来た果敢な挑戦が実を結んだ形となったが、これまでと違っていたのはレース中の余裕の持ち方で、ランニングフォームに乱れは無く、また表情もさほど変化することなく、楽に追走する事が出来ていた辺りはしっかりと練習を積んで来た証であり、自信を持ってレースに臨むことにつながったのだろう。
世界陸上派遣設定記録は突破したものの、順位は松田に続く2位で、東京マラソンや名古屋ウィメンズマラソンの結果を待つ立場となり、「もう一度タイムと順位を取らないと、世界選手権の代表決定にはならない」と3月の名古屋ウィメンズマラソンに挑戦する意欲も見せている。こうした飽く事なき向上心と挑戦する姿勢が上杉に飛躍を齎したものと確信している。成功するかしないかではなく、挑戦を続ける事が、自身の成長に繋がる事を体現している選手が上杉だ。
世界陸上代表を目指した佐藤は無念の6位
世界陸上の代表はマラソンで狙いたいと話しながら6位に終わった佐藤は、第1集団に付かず、第2集団からレースを進めた事が全てだったのではないだろうか。
過去2回のフルマラソンで、35㎞以降ペースを落としてしまった反省を元に、後半ペースアップする走りをイメージしていたようだが、松田と争う事を考えればこの辺りの指示はどうだったのか疑問が残る。第2集団でも常に後方に位置していたので、アクシデントによりここまでに至る過程で想定していた練習を消化できていなかった可能性も否定できないが、5000mで世界陸上参加標準記録を突破したスピード面での成長を、今回は生かす事が出来ずに終わってしまったのが残念だった。
3位松下、4位谷本も好記録、レベルの底上げが見られた今大会
3位に入ったマラソンキャリアの浅い松下の成長と、4位となった2019年ドーハ世界陸上マラソン8位入賞の谷本の復活は、MGC上位組に続くやや薄い女子マラソンの選手層に厚みを齎すこととなり、この二人が23分台前半で今後の飛躍を予感させる走りを見せたのは、天満屋だけに留まらず、女子長距離界にとってもパリ五輪へ向けての大きな収穫だ。
今大会では上位6位までが2時間25分を切る好タイムをマーク、これはリオ五輪選考会として行われた2016年の名古屋ウィメンズマラソンの5人を上回る史上最多となり、その顔ぶれを見ても松下、谷本が新たに加わり、更にはMGCの出場権を得る事が出来る2時間27分を切る2時間25分35秒をマークしながら順位で届かなかった大塚製薬の川内理江のように、自己ベストを5分近く縮めた選手もおり、2時間30分を切れるかどうか辺りの選手はおそらく大きな刺激を受けるものと思われる。女子マラソンも一時期の記録の停滞期を抜け出し、全体のレベルの底上げも着実に進みつつあるようで、今後の活況を予感させるに充分な、今年の大阪国際女子マラソンの結果だったと言って差し支えないだろう。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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第41回大阪国際女子マラソン
①松田瑞生(ダイハツ)2:20:52※世界陸上派遣設定記録突破、MGC出場権獲得
②上杉真穂(スターツ)2:22:29※世界陸上派遣設定記録突破、MGC出場権獲得
③松下菜摘(天満屋)2:23:05※世界陸上派遣設定記録突破、MGC出場権獲得
④谷本観月(天満屋)2:23:11※世界陸上派遣設定記録突破、MGC出場権獲得
※世界陸上派遣設定記録突破選手のうち、上位2名が選考対象
⑤阿部有香里(しまむら)2:24:02※MGC出場権獲得
⑥佐藤早也伽(積水化学)2:24:47※MGC出場権獲得
⑦川内理江(大塚製薬)2:25:35
⑧岩出玲亜(千葉陸協)2:27:14
⑨加藤 岬(九電工)2:28:27
⑩池満綾乃(鹿児島銀行)2:28:53
11位以下の主な選手
⑪田中華絵(第一生命G)2:30:45、⑫山口 遥(AC・KITA)2:30:49、⑬沼田未知(豊田自動織機)2:31:52、⑭兼重志帆(GRlab関東)2:32:54、⑮萩原歩美(豊田自動織機)2:34:14、⑰宮永光唯(大阪芸術大学、ネクストヒロイン枠)2:38:28、⑲池内彩乃(デンソー)2:39:36、㉑伊藤舞(大塚製薬)2:42:08、㉘小川那月(神戸学院大学、ネクストヒロイン枠)2:44:37、㉟三池瑠衣(大阪大学)2:46:57、㊷入江ちはゆ(大阪学院大学)2:50:22