男子は田澤、相澤、伊藤の三つ巴の様相、女子は廣中、不破ら4人の標準突破選手のコンディションが明暗を分ける!第106回日本陸上選手権・10000mプレビュー

今年7月に開催されるオレゴン世界陸上代表選考会を兼ねる、第106回日本陸上競技選手権・10000mが5月7日、国立競技場に於いて行われる。この大会で代表内定を得るためには、すでに参加標準記録を突破し、世界陸上の参加資格を有する選手は男子の田澤廉(駒澤大)、女子の小林成美(名城大)、廣中璃梨佳(日本郵政グループ)、五島莉乃(資生堂)、不破聖衣来(拓殖大)の5人に就いては3位までにゴールすること、東京五輪男子10000m代表の相澤晃(旭化成)、伊藤達彦(Honda)ら他の有力選手に関しては、男子は27分28秒00、女子は31分25秒00の標準記録を突破するタイムで3位までに入ることが必要となっている。オープン参加のケニア人実業団選手を除き、男子は1組20名、2組30名の計50名が、女子は17名の選手がエントリーし、代表の座を目指す。

■ ここまで4連続27分台の安定感、優勝最有力選手

日本陸連の長距離強化ディレクター、高岡寿成氏より、参加標準記録突破者が1名のためPMを付け、複数の選手がこれを破るためのレースと位置付ける男子10000mの、世界陸上代表争いに関しては絶対的有利な立場にいるのが、昨年の12月の日体大記録会で27分23秒44を叩き出し、ここまでただ一人の世界陸上参加標準記録を突破している田澤だ。一昨年の12月に東京五輪代表選考会として行われた同種目の日本選手権で27分46秒09で8位に入る健闘を見せると、そこから4走連続で27分台をマークして現在も継続中と抜群の安定感を身に着け、先述の日体大記録会ではケニア人実業団選手、留学生選手によるハイペースの上に細かなペースのアップダウンを伴う駆け引きにもしっかりと離されずに食らい付き、ラスト1周も59秒台と60秒を切る上がりを見せるなど、体力面、ペースの落ち込みやラストの切り替えといった最終盤での課題も克服する成長を見せている。今期トラックレース初戦となった4月9日の金栗記念の5000mでは13分22秒60の自己ベストを記録しており、ここへ向けての調整も順調のようだ。3位以内で代表内定という立場に有ることで、相手の出方を見ながら最終盤で3位確保のレースにプランを切り替えられるのも精神的には有利に運ぶように思われる。悪くとも内定の確保、しかしながら当然日本選手権優勝での代表内定に狙いを定めているだろう。

タイムと順位、両方を目指さなければならないのが相澤と伊藤だ。
東京五輪の10000mでは相澤が28分18秒37で17位と29分01秒31で22位の伊藤を上回ったが、以降は2度の顔合わせが有り、2度とも伊藤が先着している。
伊藤の走りは中盤以降終盤に差し掛かり、疲労が重なってくると顎を上げ歯を食いしばりながら首を横に傾け、腕をしっかり振って何度も何度も自身の動きを切り替えるなどなり振り構わず絞り出しを図るところに特徴が有ったが、東京五輪以降のレースでは昨年11月の八王子ロングディスタンスでは27分30秒69、今年4月の金栗記念では27分42秒48といずれも27分台中盤の好タイムにも関わらずそうした場面は影を潜め、スマートな走りが出来るようになっている。
またラスト1周の爆発力は天下一品で、八王子、金栗ではともに58秒台で戻ってくる凄まじいスプリントを見せており、ここに関しては田澤をも凌駕している。
ペースメーカ役を務めることになるオープン参加のケニア人実業団選手、C・カンディエ(三菱重工)、R・ケモイ(愛三工業)の刻むハイペースにどの程度余裕を持ちながら付くことが出来るかによって違ってくるが、中盤を乗り切り、最後まで縺れるような展開となれば勝機が出てくる。
相澤も、東京五輪代表の座を27分18秒75の日本新記録で掴み取った一昨年12月の日本選手権で見せたようにラストスプリントも効くタイプだが、現在の伊藤を相手にした場合はやや苦しいか。
速いペースを維持する能力にも長けており、勝負どころの8000m辺りで田澤、伊藤に先んじてロングスパートを仕掛けて押し切ることができれば理想的だ。
この両者とも4月の金栗ではここへ向けての最終調整の意味合いが強く、そこからどこまで状態を上げる事が出来ているかが、標準記録突破の鍵となる。

ダークホースとしてもう一人、今年3月にアメリカ・ロサンゼルスで行われた競技会、The Tenで27分31秒27をマークし、標準突破まであと3秒ほどに迫った清水歓太(SUBARU)を挙げておきたい。
早稲田大学時代は箱根駅伝の9区や4区などを担い、復路のエース、準エース的な存在で長距離のロードで本領を発揮するタイプの選手だったが、地元群馬のSUBARUに入社して3年目の昨年にスピード面での才能が開花、9月の全日本実業団選手権の5000mで13分22秒25の自己ベストをマークすると、12月の八王子LDの10000mで、標準記録突破を目指した相澤、伊藤とは別の組でのレースだったが27分45秒04の自己ベスト、そして年が明けてThe Tenで更に記録更新と、成長は止まらない。
今、最も勢いを感じさせる選手の一人で、波乱を起こす選手がいるとすれば、この清水だ。

■ 女子は参加標準記録突破済み4選手不安が滲む

参加標準記録を突破している安藤友香(ワコール)がアジア大会マラソン代表並びに世界陸上のマラソン代表補欠に選ばれた為に今大会を回避し、4人の参加標準突破選手が代表内定を目指す女子に就いては、PMを置かず世界陸上を想定した真剣勝負の場とすることが、高岡氏より打ち出されている。

しかしながらこの4人は、東京五輪10000mで31分00秒71をマークして7位入賞を果たした廣中が、今年1月の全国都道府県駅伝の最終区で区間賞を獲得してから実践を経ておらずぶっつけ本番でのレースとなり、昨年12月のエディオンディスタンスチャレンジで31分10秒02で標準記録を突破して社会人2年目の進境を示した五島も、4月の金栗記念の5000mで15分30秒80と調整での出場ながら本来の走りが陰を潜めている。昨年7月のホクレンDC網走大会で31分22秒34を叩き出し、他のトラック&フィールドの選手に先駆けて参加標準突破第1号となった小林も、2月の日本選手権クロスカントリーを驚異的なラストスプリントを見せて逆転で優勝を飾ったものの、4月15日に行われた日本学生個人選手権10000mでは他の出場選手とは力の違いが有りながら独走に持ち込めないまま得意のラストスパートで突き放すこともできず苦戦を強いられた。執念でなんとか優勝とワールドユニバーシティゲームズ代表の座を掴みはしたが、タイムは自己ベストには2分近く及ばない33分22秒48と精彩を欠き、東京五輪1500m8位入賞の田中を破った全国都道府県駅伝や、初のハーフマラソンとなった2月の全日本実業団ハーフで1時間08分03秒の好タイムを叩き出した絶好調の時期からは調子が下降気味であることが感じられる。

そして最後に、各大学駅伝で桁外れの走りで区間賞を連発し、トラックでも昨年12月の関西実業団ディスタンストライアルで初の10000mにも関わらず、スタート直後からライバルのいない一人旅を日本歴代2位となる30分45秒21と驚異的な走りを見せた不破も、今年に入ってからアキレス腱痛に見舞われて本格的に練習に復帰したのは4月から、実戦の感覚を取り戻し、刺激を入れるために出場した学生個人選手権の5000mではコンディションを確かめるようなゆっくりとしたペースに終始して17分30秒45でゴールするなど、四者四様に不安を抱えながらスタートを迎える事になりそうだ。

廣中に関してはここを目標にじっくり調整に取り組んできたとも考えられるが、五島、小林、不破の3人に就いては、芳しくなかった事前レースからひと月に満たない短期間の間にどれほどコンディションを戻して来ているかの勝負だと言えるだろう。
実績に勝る廣中がレースの主導権を握ってペースを操れば、伸び盛りのニューヒロイン不破とて完璧に近いコンディションで、尚且つ自信を持ってレースに臨めるだけの練習を積むことが出来ていなければ太刀打ちは難しいものと思われる。

こうなってくると、この4人に割って入る力のある選手の出現にも期待をしたいところだが、世界陸上マラソン代表を目指しながら及ばなかった佐藤早也伽(積水化学)は5000mで参加標準を突破しており、トラック長距離での代表に方針転換をする可能性があり、マラソンを走った後で落ちているスピードが戻って来るようならその候補に入ってくる。
また、今シーズンを前にアメリカ合宿を敢行し、現地でのレースに挑むなど、これまでと異なるアプローチをしてきた矢田みくに(デンソー)にも注目したい。

東京五輪5000m代表の萩谷もエントリーが有り、初の10000mとなるが、昨年11月のクィーンズ駅伝1区での転倒からの復帰戦となった4月29日の織田記念での5000mでは15分38秒68の8位に留まり、まだ復調途上と感じられ、目標はあくまで6月のトラック&フィールドの日本選手権、5000mにあるのではないだろうか。

現在の日本の長距離陣は、男子は5月4日のゴールデンゲームズで遠藤日向(住友電工)が5000mの参加標準記録の突破を果たすなど昨年までの全体的な記録の向上の勢いを持続し、一方の女子は入賞者が複数誕生した東京五輪からの退潮が感じられる対照的な状況のようにも思われる。
そうした中での開催となる日本陸上選手権・10000m当日の東京は、雨のち曇り、最高気温が19℃と予想されており、このコンディションは記録を目指す選手たちにとってはこれ以上ない後押しになりそうだ。

5月7日午後7時、東京国立競技場。男子10000m第1組から決戦の幕が開かれる。

文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)

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