第106回日本陸上選手権大会・混成競技がオレゴン世界陸上代表選考会を兼ねて、6月4日から二日間、秋田県営陸上競技場で行われ、男子十種競技では昨年の大会で2位に入った奥田啓祐(第一学院高校教員)が7626点で初優勝を果たし、2010年の第94回大会から12大会続いていたロンドン、リオ五輪代表の右代啓祐(国士館クラブ)、リオ五輪代表の中村明彦(スズキ)の二人が優勝を占めた「二強時代」にストップを掛けた。
片山和也(烏城塗装工業)が7518点で2位に続き、若手の田上駿(陸上競技物語)が7442点で3位となった。
女子の七種競技では、故障から復活してきたヘンプヒル恵(アトレ)が5872点で山﨑有紀(スズキ)の五連覇を阻止、五年ぶりの優勝を果たした。
山﨑は5696点で2位となり、5571点を記録した大玉華鈴(日体大SMG)が3位に入った。
今年は各大会で余り気候コンディションに恵まれていないが、この大会でも初日に途中雨に見舞われるなど二日間共に最高気温が20℃を下回り、それもあってか期待されたほど記録は伸びなかった。
奥田とヘンプヒルはともに世界陸上の参加標準記録には届かずこの大会での代表内定を逃し、WAランキングで僅かながら出場の可能性を残していた右代、中村、山﨑の三人も大きくポイントを稼ぐ事が出来ず、混成種目からのオレゴン世界陸上代表選手の派遣は厳しい情勢となった。
十種競技優勝の奥田は1種目めの100mでトップに立つと、その後の種目でも接戦ながらその座を譲らず、400mで差を拡げて初日を首位で折り返し、二日目も5月の木南記念で躓いた円盤投、棒高跳を危なげなく乗り越えた。
この時点で混戦から頭一つ抜け出して初優勝が大きく近づいてきたが、9種目めのやり投で62m93を記録した片山が猛追し得点差は97点に縮まり、また優勝争いも事実上奥田、片山の二人に絞られた。
最終の1500mでは両選手共にこの種目のPBで走る事が出来れば、総合ポイントでの自己記録更新も可能だったが、奥田は勝負に徹して片山に先着する事を選んだ。
7626点は近年の日本選手権の優勝者のポイントと比しても高水準とは言えず、その点は課題として残ったが、奥田自身は先月の木南記念で途中棄権に終わっており、最後までしっかり競技を続けて尚且つ勝ち切ったことに大きな意義があるだろう。

この優勝をきっかけにまずは7768点の自己ベストの更新を果たし、次に右代、中村に次ぐ日本人3人目の8000点越えとステップを踏むことが出来ればその先に、パリ五輪代表も見えてくるだろう。
遂に二人で担ってきたキングオブアスリートの座を後進に明け渡すこととなった右代と中村だが、右代は砲丸投、走高跳、円盤投、棒高跳の4種目でトップになり、中村も終盤まで優勝争いに加わるなど、万全の体調とは言い難い中でもしっかりと二日間通してのマネジメント能力の高さを見せた。 特に最終種目の1500m、心身ともに疲労がピークに達する中、中村は単独でハイペースを刻んで一つでも良い順位で終える事に執念を見せ、右代も若手選手でさえ精魂尽きる中、最後の直線でスパートを掛けて3着でフィニッシュするなど、最後の最後まで闘って自身の持てる全てを出し尽くそうとする競技姿勢からは、優勝を果たした奥田を始め、共に戦った片山、田上ら今後の日本の混成種目を背負っていく選手たちも大いに学ぶところがあっただろう。 二人による優勝の寡占は12年で途切れたが、ここまで日本の十種競技を引っ張ってきたその背中の大きさが、改めて感じられた。

女子の七種競技は1種目めの100mHで五連覇を目指す山﨑が13秒86、度重なる故障を乗り越え直前の木南記念を制したヘンプヒルが13秒45、代表に選ばれたワールドユニバーシティゲームズが中止になり、やり場のない思いを競技にぶつけたい大玉も13秒85と「三強」が揃って好発進を見せ、山﨑の持つ5975点の日本記録更新や日本人選手初の6000点突破に期待を抱かせた。
落とし穴が潜んでいたのは2種目めの走高跳だった。
自己ベスト1m73のヘンプヒルは1m69とまずまずの記録を残したが、1m71を持つ山﨑は1m60に留まり、1m78と出場選手中最も良い自己ベストを持ち、この種目で高いポイントを獲得したい大玉もまさかの1m63と記録を伸ばせずに終わった。
できればここで山﨑、ヘンプヒルに先行したかった大玉にとっては痛い「取りこぼし」となってしまった。
山﨑は3種目めの砲丸投で走高跳の不振をやや挽回、次の200mで自己ベストの24秒51に近い記録が出れば再び日本記録更新ペースに乗せる事も可能だったため、前半から思い切って突っ込む気迫の走りを見せたが、夕刻になり気温が下がってきた影響もあったか後半の伸びが見られず、ヘンプヒルにかわされてタイムも25秒42に留まり、この時点で山﨑の6000点と日本記録更新の可能性は遠のいた。
砲丸投、200mを着実にまとめたヘンプヒルは1日目を3432点と2017年に5907点の自己ベストをマークした際の3442点とほぼ同水準で終え、日本記録更新の可能性を翌日に繋いだ。
二日目、5種目めの走幅跳で自己記録の6m28に迫る記録を残すことが出来れば6000点突破の可能性も有ったヘンプヒルだったが、記録は5m81。大きな故障に見舞われた両ひざの不安が完全に払拭された訳ではない現状で、その古傷に大きな負担の掛かる種目でもあり、かつての記録に及ばなかったのは仕方のないところ。
6種目めも2020年の日本選手権でかつて痛めた左とは逆の右ひざにケガを負った因縁のやり投と試練は続いたが、44m33で乗り切った。
6種目を終えて4975点、この段階で6000点と日本記録更新の目は無くなったが、最終種目の800mで自己ベスト2分13秒54を上回る2分12秒28で走り切れば5907点の総合ポイントの自己記録を上回ることが出来る数字上の可能性は残っていた。
しかしながらこの800mの自己記録は故障に悩まされる以前の2015年に記録されたものであり、故障を負って以降近年は2分20秒を切れるかどうかの水準で推移しており、その点を考慮に入れると現実的には実現は厳しいと思われた。
2位に甘んじている山﨑も、本来の出来には及ばないながらも走幅跳をまとめ、やり投では追い上げを見せ、ヘンプヒルとの差を117点に食い止めていた。
記録に換算すれば9秒差と、800mの自己記録が2分13秒95とヘンプヒルとほぼ同じ山﨑にとって厳しい状況ではあったが、ヘンプヒルとは対照的にここ数年で記録を伸ばしている種目とあって、逆転の可能性が完全に消えた訳ではなかった。

七種競技最終種目、800mでは優勝に自己記録の華を添え、故障からの完全復調をアピールしたいヘンプヒル、大逆転での五連覇へ全てを賭ける山﨑、二人の意地と誇りがぶつかりあった。
当然9秒の差を付けなければならない山﨑が先行するものと思われたが、ヘンプヒルが機先を制し速いペースの突っ込んだ入りを見せるも、残り1周手前の直線で山﨑がギアを上げて先頭を奪う。
400mを63秒と専門種目の800mインカレ予選を思わせる、七種競技としてはかなりのハイペースで通過、山﨑は更にギアを切り替えて引き離しに掛かるが、ヘンプヒルも3mほどの差を保って食らい付く。
600mを1分36秒ほどで通過、この辺りで疲れの見える山﨑をヘンプヒルが捉えて突き放し、2分12秒切りも見えてきたが直線では流石に脚が止まり掛け、最後は必死に腕を振り、懸命に身体を投げ出しゴールをするとその場に倒れ込んだ。2分14秒68と、自己記録更新には届かなかったが、この競技への思いの強さを感じさせる激走で、5年ぶりの優勝を掴み取った。これは推測の域を出ないが、因縁のやり投を乗り越えた事でこれまで抱えていたヒザの不安が払拭され、もう一段上の水準の記録を目指せるという手応えをヘンプヒル自身が得ており、それが800mでの激走となって表れたのではないだろうか。
山﨑もヘンプヒルから4秒遅れでゴール、精魂尽き果て前のめりに倒れこんだが勝利への執念と凄まじい気迫の感じられた、近年稀に見る好勝負だった。

先にも触れたように、今大会もまた気象条件に恵まれなかった事もあり、世界陸上参加標準記録や、世界に挑むために最低限出して置きたかった十種競技の8000点、七種競技の6000点をスコアする選手が現れなかったが、男子は長年の懸案であった右代、中村に続く選手がようやく日本選手権の大舞台でも台頭を見せ、女子はヘンプヒルの復活に加えて、5517点をスコアし、大玉と激しい3位争いを繰り広げた21歳の熱田心(岡山陸協)の躍進も大きな収穫だった。
熱田はこの種目の選手としては、決して体格的に恵まれている訳ではないが、全身これバネとでも言いたくなるような身体能力の高さに魅力を感じる。やり投でみせた46m07の投擲は助走からスピードにのり、全身の力をすべて叩きつけるような、躍動感に溢れた見事なものだった。
また3位を「死守」した大玉も、取りこぼしの有った走高跳以外の種目ではしっかりとスコアをメイクする事が出来ており、今後に期待を抱かせる内容ではあった。
今後混成競技において、再び世界の舞台に代表選手を送り出すための課題は数多くあると思うが、この日本選手権以外にも高いレベルで記録を目指し、競い合う事が出来る舞台があっても良いのではないか。
今年は木南記念、昨年は鹿児島県記録会で5月にグランプリシリーズの一つとして実施されたが、多くの選手が秋にも大学の記録会などに挑んでいることは、WAで付与されるポイントを考慮した際にいかにも勿体ない気がする。
9月、10月辺りにWAランキングで高ポイントが得られる混成種目のグランプリ大会を創設する、あるいは現行のグランプリ大会に日程を組み込んで高得点を狙う機会を増やすのも一考と思うが如何だろうか。高いレベルでの実戦の場が増えれば自ずと記録も付いてくるように思えるのだが。
尚、同時に開催された第38回 U20日本陸上競技選手権大会・混成競技の十種競技は、横内秀太(四国学院大)が6690点で、七種競技は林美希(中京大中京高)が5018点でそれぞれ制した。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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第106回日本陸上競技選手権・混成競技
女子七種競技 総合得点
①ヘンプヒル恵(アトレ)5872点
②山﨑有紀(スズキ)5696点
③大玉華鈴(日体大SMG)5571点
④熱田 心(岡山陸協)5517点
⑤田中友梨(至学館大)5405点
⑥梶木菜々香(中央大)5135点
⑦萩原このか(とらふぐ亭)5104点
⑧中村雪乃(東女体大A.C)5080点
⑨藤本瑠奈(Second AC )5072点
⑩水谷佳歩(中京大)5019点
⑪泉谷莉子(PlayS)5006点
⑫猪岡真帆(小島プレス)4832点
⑬大菅紗矢香(中京大)4817点
⑭清水真帆(サクラサク)4758点
⑮土屋美晏フラガ(日本体育大)4685点
⑯安達杏香(武庫川女子大)4632点
⑰三輪ダリヤ(IWATA)4501点
DNF 利藤野乃花(わらべや日洋)
※出場18名

男子十種競技 総合得点
①奥田啓祐(第一学院高教)7626点
②片山和也(烏城塗装工業)7518点
③田上 駿(陸上物語)7442点
④中村明彦(スズキ)7389点
⑤右代啓祐(国士館クラブ)7368点
⑥森口諒也(東海大)7195点
⑦別宮拓実(ビックツリー)7020点
⑧前川斉幸(中京大)6962点
⑨原口 凛(MINT TOKYO)6486点
※出場9名
第38回U20日本陸上競技選手権大会・混成競技
U20女子七種競技 総合得点(上位8名)
①林 美希(中京大中京高)5018点
②下元香凜(白梅学園高)4941点
③阿部 友(松山女子高)4856点
④越智心愛(園田学園女子大)4529点
⑤津田妃茉里(大阪桐蔭高)4518点
⑥土屋ほのか(山梨学院大)4481点
⑦中田成美(東大阪大敬愛高)4454点
⑧高橋 想(日本体育大)4419点
U20男子十種競技 総合得点(上位8名)
①横内秀太(四国学院大)6690点
②橋本秀汰朗(国士館大)6598点
③村上元太(東海大)6449点
④津山将汰(東京学芸大)6379点
⑤齋藤泰希(鶴岡工業高)6340点
⑥遊佐祥太(日本体育大)6298点
⑦平井柊太(京都産業大)6285点
⑧達川 廉(日本体育大)6216点
