7月15日より開催されるオレゴン世界陸上の代表選考会を兼ねた日本陸上選手権が6月12日に幕を閉じ、男子8名、女子2名が日本陸連の定める条件をクリアし、新たに代表内定選手となった。その顔触れは以下の通り
男子100m サニブラウンアブデルハキーム(タンブルウィードTC)
男子5000m 遠藤日向(住友電工)
男子110mH 泉谷駿介(住友電工)、村竹ラシッド(順天堂大)
男子400mH 黒川和樹(法政大)
男子3000m障害 三浦龍司(順天堂大)、青木涼真(Honda)
男子走幅跳 橋岡優輝(富士通)
女子1500m 田中希実(豊田自動織機)
女子5000m 田中希実、廣中璃梨佳(日本郵政G)
世界陸上の参加標準記録を既に破って日本選手権に挑んだのが、遠藤、泉谷、黒川、三浦、田中、廣中の6名、サニブラウン、村竹、青木、橋岡の4名は、日本選手権期間中に参加標準記録を突破して代表の座を勝ち取った。既に内定済みの選手を除き、新たな内定選手が10名という結果について充分と見るか、物足りないと見るかは議論の余地があるところだが、いずれの選手もまだ20代前半と若く、男子5000m代表の遠藤、男子110mHの村竹を除く8名は東京五輪の代表であり、今後パリ五輪に留まらずその次のロサンゼルス五輪まで視界を拡げても日本陸上界の核となっていく頼もしい選手達という事が出来るだろう。
また日本選手権の結果が反映されたWAのポイントランキングで、出場圏内を示すターゲットナンバー以内に位置する選手は以下の通りとなっている。
男子
100m(TN=48、1196p)
42)桐生祥秀(日本生命)1215p
200m(56、1159p)
36)小池祐貴(住友電工)1203p
47)上山紘輝(住友電工)1172p
400m(48、1171p)
33)佐藤風雅(那須環境)1195p
37)川端魁人(中京大クラブ)1189p
400mH(TN=40、1191p)
38)豊田将樹(富士通)1196p
3000m障害(45、1162p)
40)山口浩勢(愛三工業)1196p
※楠康成(阿見AC)が44位相当1167pながら日本人4番手
走高跳(TN=32、1160p)
16)真野友博(九電工)1225p
17)戸邉直人(JAL)1224p
25)赤松諒一(アワーズ)1180p
棒高跳(32、1190p)
29)山本聖途(トヨタ自動車)1204p
30)江島雅紀(富士通)1201p
やり投(TN=32、1134p)
19)ディーン元気(ミズノ)1187p
女子
1500m(45、1164p)
43)卜部蘭(積水化学)1166p
100mH(40、1190p)
37)青木益未(七十七銀行)1194p
39)福部真子(日本建設工業)1190p
400mH(TN=40、1163p)
40)宇都宮絵莉(長谷川体育施設)1166p
3000m障害(45、1166p)
40)山中柚乃(愛媛銀行)1174p
45)吉村玲美(大東文化大)1168p
走幅跳(32、1172p)
24)秦澄美鈴(シバタ工業)1199p
やり投(TN=32、1111p)
16)北口榛花(JAL)1212p
26)上田百寧(ゼンリン)1136p
32)武本紗栄(佐賀県スポーツ協会)1111p
この選手たちのうち、男子100mの桐生は年内を休養に充てる事を表明しており、男子走高跳の戸邊は日本選手権の期間中にアキレス腱を痛めて手術、男子棒高跳の江島は日本選手権後に参加標準記録突破を目指して出場した大会で足首を骨折し、世界陸上出場への道が事実上閉ざされた。一方女子ではやり投の北口は日本選手権の後欧州を転戦、チェコで行われたコンチネンタルツアーブロンズラベルの大会と、ダイヤモンドリーグオスロ大会に連勝し、ポイントランキングでの出場は揺るぎないものになったと見られる。
また、ターゲットナンバーの圏外だが、ボーダーラインと僅差の選手をまとめると、
男子
110mH(TN=40、1206p)
41)高山峻野(ゼンリン)1203p、3p差
41)野本周成(愛媛陸協)1203p、3p差
400mH(TN=40、1191p)
45)岸本鷹幸(富士通)1181p、10p差
走幅跳(TN=32、1182p)
34)吉田弘道(神崎陸協)1178p、4p差
やり投(TN=32、1134p)
33)小椋健司(栃木県スポーツ協会)1132p、2p差
女子
800m(TN=48、1151p)
50)田中希実 1147p、4p差
55)塩見綾乃(岩谷産業)1142p、9p差
3000m障害(TN=45、1168p)
49)西出優月(ダイハツ)1154p、14点差
となる。
ここに上げた選手以外では、まだランキングに反映されていないが、日本選手権では不振に終わった男子400mのウォルシュ・ジュリアン(富士通)がスペインで行われたコンチネンタルツアーブロンズラベルの大会で3位ながら45秒27の好タイムをマーク、また男子110mHで日本選手権3位に入った石川周平(富士通)も、フィンランドで行われたコンチネンタルツアーシルバーの大会で13秒57で優勝を飾っており、次に発表されるWAランキングでは、出場圏内にぎりぎり入ってくるかどうかのところまで順位を上げているものと予想される。
■ 世界陸上新たな代表内定者が出るか!?ホクレンデイスタンスチャレンジ20周年大会の見どころ
6月26日の世界陸上の資格記録の期限までは各国で様々な大会が行われるため、上に掲げたWAランキングで出場圏内に位置する選手たちも最後まで予断を許す状況にはない。
またターゲットナンバー近辺の選手もまた、海外の大会に挑戦するなど諦めない姿勢を示す選手も多い中、国内では、22日に北海道・深川で開催されるホクレンデイスタンスチャレンジ20周年大会で、男子800m、5000m、女子1000m、男女の1500m、10000m、3000m障害が世界陸上チャレンジレースとして実施される事になり、ラストチャンスに賭ける中長距離の有力選手が多数名を連ねている。
男子800mと1500mは世界的に見れば選手層が非常に厚く、WAのポイントランキングで出場圏内に迫っている選手が見当たらず、世界陸上出場を果たす為には参加標準記録を突破するしかない状況にあるが、昨年に東京五輪代表選考会となった日本選手権の後、東京五輪直前に行われたホクレンディスタンス千歳大会では、今大会にも出場する800mの金子魅玖人(中央大)が1分45秒85、1500mでも河村一輝(トーエネック)が3分35秒42の日本新記録をマークしてそれぞれ参加標準記録の1分45秒20、3分35秒00に迫る走りを見せており、可能性は充分だ。
800mには金子の他、今季静岡国際、セイコーGGPと連続で日本人選手トップとなり、自己記録を1分46秒17まで伸ばす躍進を見せている薄田健太郎(筑波大学)、日本学生個人選手権、関東インカレでは金子を抑えて優勝を果たした松本純弥(法政大)もエントリー。昨年の千歳大会では、瀬戸口大地(佐賀県スポーツ協会、今大会にエントリーなし)が前半を積極的に引っ張り好記録を引き出したが、PMに起用された二見優輝(筑波大)の他にも昨年の瀬戸口のような玉砕覚悟のハイペースでレースの流れを作る選手が出て来るかが、標準記録を突破する鍵になってきそうだ。
1500mの河村は今季前半は不振に陥っていたが、日本選手権では順位は4位に留まったものの最後の直線まで優勝争いに加わり、コンディションは確実に上向いてきている。日本選手権覇者の飯澤千翔(東海大)は今季学生個人選手権を制して以降、木南記念、関東インカレ、そして日本選手権と4連勝中で勢いに乗っている。標準記録突破を目指すハイペースの展開でも、自慢のラストスプリントを発揮したい。800m同様にペースメークを任されたTWOLAPS代表の横田真人氏、東海大の安倍優紀の二人に序盤から絡みにいく選手が出て淀みのない流れになれば、標準記録を突破する可能性が高まるだろう。
遠藤が代表に内定した5000mには、東京五輪代表の松枝博輝(富士通)、昨年の12月に行われたエディオンDCで遠藤と競り合い敗れはしたものの、13分16秒63と、標準記録の13分13秒50に3秒ほどに迫った塩尻和也(富士通)に加え、今季10000mで日本人選手トップの27分31秒27をマークしている清水歓太(SUBARU)が日本選手権の5000mで3位に入った事でこちらに照準を絞ってエントリーをしてきた。日本選手権ではPMがわりのオープン参加のケニア人選手が機能せず、焦った塩尻がペースアップを図って先頭を引くような場面が見られただけに、ラストチャンスの今大会ではPMを務めるJ・カベサ、J・ソゲットのhondaのケニア人選手の果たすべき役割は大きくなっている。

10000mは、前回大会優勝者、参加標準記録突破選手、エリアチャンピオンを含めた出場資格取得選手が出場人数枠の27を既に上回る31名に達しており、代表になるには27分28秒00の参加標準記録を突破する他に道はない状況となっているが、5月に行われた日本選手権で1位から3位までに入った相澤晃(旭化成)、伊藤達彦(Honda)、市田孝(旭化成)は6月初旬にオランダの大会に出場して参加標準突破を狙うも果たせず、相澤、伊藤は今大会のエントリーも見送ることとなった。唯一人再チャレンジとなった市田孝の他、昨年11月の八王子LDで27分33秒13の好タイムをマークした太田智樹が参加標準突破に挑む。PMは2020年12月の日本選手権で相澤の五輪代表内定獲得に大きく貢献したB・コエチ(九電工)を配する盤石の体制となったが、世陸代表を目指す日本人選手がコエチのペースに付けないようなら、マラソンで実績のある井上大仁(三菱重工)が集団に活を入れている筈だ。
男子3000m障害は、三浦、青木が代表内定となり、残り1枠を巡る争い。日本選手権3位で、WAランキングでも40番手ながらボーダーラインから30p以上差を付けて、出場安全圏内に入っていると見られる山口が今大会への参戦を見送ったが、出場圏内に位置するだけのポイントを得ていながら日本人4番手となっている楠を始めとした日本人選手が山口を上回る為には、やはり参加標準記録の8分22秒00を切るのが最も確実な方法だ。2017年ロンドン世陸代表の潰滝大紀(富士通)は、一時期の不振から抜け出して5000mなどの地の走力も上がっており、久々に世界の舞台に立つ絶好の機会が巡ってきている。

女子は800mに変わり世界陸上では種目にない1000mがチャレンジレースとなったが、800mではポイントに適用される5レースの内2レースまでなら1000mでのスコアもポイントに反映され、出場圏内に迫っている田中と塩見のWAランキングでのポイントの上積みを考えた場合、田中、塩見の800mの自己ベストである2分2秒台で得られるポイントよりも、1000mの田中の日本記録、2分37秒72を更新した際に得られるポイントが多く、また実現性も高いと踏んでの決断があったものと考えられる。
既に1500mと5000mでの代表に内定している田中にとって、3種目めの800mで代表内定を得たとして全ての種目に出場することは日程的には厳しく、1500mと5000mに集中するものと思われるが、それでも出場権の獲得を目指すのは、昨年ホクレン千歳大会の1500mで当時の日本新をマークした後のインタビューで、今回はポイントランキングで五輪出場が決まったが、期限を過ぎていても五輪の前にどうしても参加標準記録を破っておきたかった、と語ったように、今回の自身の挑戦にしっかりとけじめを付けるといった意味合いもあるのだろう。
1000mというディスタンスの経験に乏しい塩見にとってこの実施距離の変更は難しい挑戦となるが、ここまできたら田中にしっかりと食らい付き、あとはあくまで記録を意識して1周目からハイペースで飛ばした日本選手権のように、世界陸上への思い、執念を走りに乗せる事ができるかだ。
1500mは、1000mに出場する田中がPMを務める手厚い体制となったが、ランキングで出場圏内ぎりぎりの43位となっている卜部が回避を決め、あとはもう神頼み。
日本選手権2位の後藤夢(豊田自動織機)が西脇工業高校時代から共に歩んできた田中の先導を受け、参加標準記録の4分04秒20にどこまで迫れるかに注目だ。後藤の自己ベストは4分11秒95、ポイントランキングではターゲットナンバーまで15pの開きがあり、この差を埋めるためにはタイムに換算しても4分04秒51と標準記録突破とほぼ同じ水準の記録が必要になっている。
女子10000mには東京五輪5000m代表の萩谷楓(エディオン)が出場する。東京五輪で予選敗退に終わった直後の昨年9月の全日本実業団選手権の5000mで日本人選手5人目の15分切りとなる14分59秒36をマーク、大舞台を経験して競技への意識の変化を伺わせていた。その後クイーンズ駅伝で転倒して以降は大会出場も少なかったが、5月の日本選手権10000mではトラックで初の距離ながら31分35秒67の記録で、優勝した廣中に続く2位でゴール。先日の日本選手権の5000mでは本来の走りが見られず5位に終わり代表内定を逃しているが、その先のここにもう一つ目標が有ったのだとすれば、調整段階としては合点のいく内容だった言えなくもない。出場選手が萩谷の他には日本選手権10000m4位の川口桃佳(豊田自動織機)ら3人と少なく、条件の揃ったレースとは言い難いが、H・エカラレ(豊田自動織機)、ジュディ・C(資生堂)と萩谷と実力の拮抗したケニア人選手がPMを務めるのは好材料だ。この二人から遅れた時点で10000mでの代表の座はほぼなくなるものと思われ、日本選手権からどこまでコンディションを整えて来ているかがポイントになる。
女子3000m障害には、ランキングポイントで出場圏内の41位に位置する山中、現在45位と徳俵で踏みとどまっている吉村は出場を見送ったが、日本選手権で自己記録を15秒以上更新し、日本歴代3位となる8分38秒95で2位に入り、ランキングを一気に浮上させた西出がエントリー。土壇場での逆転代表入りを目指す。吉村とのポイント差は14点有るが、この種目と5000mは他の種目と異なり、適用3レースがポイントに反映されるので、西出がもう一度日本選手権のレースを再現出来れば、計算上では吉村の1168pを2p上回る事になり、逆転も可能だ。日本選手権では優勝した山中が終始先頭を引きペースを作っていたが、今回は西出自身がハイペースを刻みながらレースを進め、押し切るだけの力があるかが試される事となる。10000m同様に出場選手は少ないが、昨年の五輪選考会となった日本選手権で森智香子(積水化学)が前半から飛ばして山中の五輪代表獲得をアシストしたように、力の有るベテランの石澤ゆかり(日立)が前半から西出に競り掛けるような展開になれば、結果への期待も膨らんでくる。

日本選手権では、男子800m、1500mのように記録よりまず3位以内という勝負を選択した選手が多かったが、今大会で求められるのは参加標準記録の突破、あるいはポイントで世界陸上出場に手が届く水準の記録だけ。世界陸上に届くか届かないかのぎりぎりのところにいる選手たちを出場へと押し上げることが出来るかどうか、目の前のオレゴン世界陸上だけでなくパリ五輪へ向けた、高岡寿成陸連長距離シニアディレクターの指揮する強化体制の腕の見せ所だ。
尚、当日は世界陸上の参加標準記録を目指すチャレンジレースとは目的が異なるが、女子の5000mのレースも行われる。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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