2019年10月2日、ドーハ・ハリーファ国際スタジアム。
世界陸上男子110mH決勝進出を懸けて行われた準決勝第3組で、ゼンリン所属の日本代表、高山峻野は目の覚めるような好スタートを切り、1台目のハードルを越えた時にはトップ争いに加わっていた。
その年の高山は、6月の日本選手権において、前年の日本選手権で金井大旺(当時福井県スポーツ協会)がマークした13秒36の日本記録に並び、7月に行われた実学対抗では13秒30に、さらに8月のAthlete Night Games in FUKUIでは13秒25にまで記録を伸ばすなど勢いに乗っており、ドーハ入り後も予選で13秒31をマークして着順で準決勝へ駒を進め、好調ぶりを維持していた。
小気味よいテンポで2台目、3台目とハードルを越え、優勝候補の一人、スペインのO・オルテガをもリードし、このまま中盤以降も押し切れば日本陸上界悲願の決勝進出が遂に実現すると思われた矢先、5台目のハードルに乗り上げるような格好で脚をぶつけてバランスを崩し一瞬にして混戦から脱落、13秒58の6着に終わり夢は潰えた。
しかしながら、多くの陸上ファンは想像を上回る健闘に翌年に控える東京五輪へ向けて高山の大きな可能性を改めて見出し、高山もまた、自身の走りに大きな手応えを感じていたはずだった。

その年の12月、中国より齎された1件の新たな感染症の報告から、すべての歯車が狂い始めた。同様の症例は瞬く間に世界を覆い、翌2020年3月には7月に開催が予定されていた東京五輪の1年の延期が発表された。
政府による緊急事態宣言の発令に伴い、国民と同様にアスリートも例外なく行動制限による活動の自粛を余儀なくされ、高山にとっても自粛期間の開けた活動再開後に、前年の勢いを持続することは難しかった。
2021年、勝負のオリンピックイヤーを迎え、背中や肩に故障を抱え万全なコンディションとは言い難かった中、高山は6月の五輪最終選考会の日本選手権決勝に挑み、ゴール前では激しく追い込んできた野本周成(愛媛陸協)との3着争いを、転倒するほど身体を投げ出してゴールに飛び込む執念で制して何とか五輪代表切符をものにしたが、代表内定のインタビューを受ける高山の右肩には転倒の影響も有ったか、氷嚢が乗せられていた。
そこまでが当時の高山には精一杯だったのか、五輪本番までにコンディションを上向かせる事が出来ず、決勝進出どころか予選通過も適わなかった。
その後も何本かレースに出たものの高山本来の姿を取り戻せないままオリンピックイヤーは過ぎ、今季も世界陸上参加標準記録13秒32を破れず、安定して好位置に有った世界ランキングも世界陸上出場の目安となるターゲットナンバーぎりぎりまで落ち、既に参加標準を破っていた泉谷駿介(住友電工)、この時点でランキング高位の村竹ラシッド(順天堂大)に次ぐ日本人3番手の席を石川周平(富士通)、野本周成(愛媛陸協)と激しく争っており、世界陸上出場へ向けて、選考会である日本選手権では3着以内を死守することがまず必要だったのだが、ここでも5着。1着の泉谷、予選で標準記録を突破し2着に入った村竹がこの時点で代表に内定、3着には石川が入った。3着の石川が期限内に標準記録を破るか、最終的に世界ランキングでの出場資格を満たしていれば代表内定となるため、高山が世界陸上代表を勝ち取るには、資格記録の最終期限6月26日までに標準記録を突破することが必要最低条件となり、あとは石川の動向次第となった。

ラストチャンスは6月26日の布勢スプリントのみ、石川は標準記録の突破を目指し、フィンランドで行われたWAのコンチネンタルツアー大会に出場、優勝を果たしたものの標準記録には届かず、この間各国でナショナルチャンピオンシップやエリアチャンピオンシップが開催され、ランキング出場のボーダーラインも上がった。石川が出場圏内に届いているかは極めて微妙、高山には僅かながらにチャンスが残っている「かも」しれない状況だった。
この究極的に追い込まれた状況で、高山は蘇った。
予選3組1着でゴールを駆け抜け、13秒31とフィニッシュタイマーが表示されると会場は大きくどよめいた。
この間、高山のフィジカルやメンタルにどのような変化があったのかは窺い知れない。しかしながら、僅かに残る可能性にすべてを懸け、腹を括り、懸命にコンディションを整えてきたのであろうことは想像に難くない。
インタビューなどではいつも飄々として聞き手をはぐらかすようなコメントも残す掴みどころのない選手なのだが、ここを逃せば全ての可能性が閉じられてしまう中で、この一本に全てを懸けて結果を出す、言葉にすれば簡単だが世陸標準突破という形で実現したのは、日本選手権後にラストチャンスの機会が設けられたホクレン20周年大会、布勢スプリントを通じて高山ともう一人、男子100mの坂井隆一郎(住友電工)のみ。
今季好調で日本選手権も2着、勢いの有った坂井にはある程度の予感は感じられていたが、ここまでらしさを見せる事ができていなかった高山の乾坤一擲の標準突破からは、そこに込められた世界選手権で決勝進出に迫った男の矜持と、ワールドクラスの選手の持つ凄みをまざまざと見せつけられた思いだった。
坂井は予選で目的を果たすと決勝は回避したが、念の入った事に、決勝でもう一本標準記録を破って見せたところに、高山らしさも戻ってきた事が感じられた。
世界陸上代表には日本選手権で3着に入り、その後フィンランドまで遠征した執念が実り、ランキングで出場資格を得た石川が選ばれたが、高山の標準突破はけして徒花ではなく、その復活は日本のスプリントハードル陣のさらなる活性化を齎す意味においても非常に大きい。
数々の試練を乗り越えて大きく成長した、と表現するのは、高山ほどの国際経験と実績のある選手には相応しくないだろう。
雌伏の時を過ごし、アスリートとして「凄みを増した」高山が、再び世界の舞台へ返り咲く時を楽しみにしている陸上ファンは多数に上るはずだ。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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