8月28日、北海道マラソンが2019年大会以来3年ぶりに開催され、男子は東京国際大学の留学生、L・ムセンビが2時間10分49秒で初マラソン初優勝を果たした。
東洋大学の柏優吾が日本人選手トップの2時間11分41秒で2位に入る大健闘を見せて大学生のワンツーフィニッシュとなり、この柏以下2時間11分44秒で3位の青木優(カネボウ)、2時間11分51秒で4位の松本稜(トヨタ自動車)、2時間11分55秒で5位の山口武(西鉄)までの日本人選手4名が既定の2時間12分00秒を切り、来年秋に予定されるパリ五輪代表選考会MGC出場権を獲得。
柏同様実業団選手に一歩も引かない走りを見せていた東洋大学の清野太雅は2時間12分20秒で6位に入ったが、MGCには20秒届かなかった。
東京五輪男子マラソンの補欠選手だったGMOの橋本凌は2時間14分08秒で10位、優勝候補に挙げられていたMGC出場権獲得済みの定方俊樹(三菱重工)は2時間16分42で18位、高久龍(ヤクルト)は5㎞地点までに先頭集団から大きく遅れて2時間36分02秒の96位に沈み、この大会でMGC出場権獲得を目指した小椋裕介(ヤクルト)も2時間19分24秒で28位に留まり、疲労骨折からの復帰後初のフルマラソンは厳しいレースとなった。
女子はAC.KITA の山口遥が2時間29分52秒で優勝、非実業団のクラブチームに所属する市民ランナーとしてMGC出場権を獲得する快挙を成し遂げた。
2度目のフルマラソン挑戦だった岩谷産業の青木奈波が2時間33分32秒で2位となったが、2時間32分00秒のMGC出場ラインには届かず、大塚製薬の岡田唯が2時間36分00秒で3位に入り、優勝候補の天満屋・松下菜摘は2時間50分44秒で10位に終わった。
男子のレースでは、PMの村山謙太(旭化成)、丸山竜也(トヨタ自動車)の先導する前半ハーフを1時間5分13秒と夏の時期のフルマラソンとしてはやや速めのペースから、中間点を過ぎてから更にペースを上げてPMの前に出たムセンビの早めの仕掛けが分水嶺となった。
20㎞からの5㎞のスプリットは14分56秒、それまでのペースから一気に30秒以上も上がったこの動きに対して日本人選手の集団は自重、25㎞地点ではあっという間に28秒までその差が拡がった。
ムセンビとしてはここでの貯金が大きく物を言い、25㎞以降は元のペースに戻し、後半も大きく崩れることなく押し切った。
これまで箱根駅伝では東京国際大の留学生エースとして活躍する同学年のY・ヴィンセントの陰に隠れがちだったが、2019年の全日本大学駅伝では最終区間の19.7㎞を57分14秒で押し切って区間賞を獲得した実力を存分に発揮、今後の駅伝シーズンでのヴィンセントとのメンバー争いや、冬場のマラソンでのスピードレースへどのような対応を見せるのか、楽しみになってきた。
このムセンビの飛び出しに日本人選手が対応すべきだったのか、というのは意見の分かれるところだと思われるが、この大会でMGCの出場権の獲得を目指していた選手が残りの距離を考えて自重に傾くのは心理的に已むを得ないとしても、既に出場権を獲得し、様々な課題に向き合いながら更なる飛躍を期してこの大会に臨んだであろう定方、湯澤舜(SGH)辺りには、世界選手権やオリンピックが一気にペースの変わるレースになる事も多く、こうしたレース展開に備える意味において、例えそれが結果に結びつかなくとも敢えて乗っていくといったチャレンジがあっても良かったのではないだろうか。
その後にムセンビを追い集団から抜け出したO・D・ニャイロ(NTT西日本)にも付いていかなかったのも残念だった。
MGC出場権を巡るサバイバルレースとなった日本人選手の争いを制した柏は、初マラソンながら落ち着いたレース運びが光った。
PMが外れた30㎞までは力を溜めて走る事ができており、ニャイロ、小松巧弥(NTT西日本)、山口とムセンビを追いかけた選手の飛び出しにも無理な深追いを避けながら我慢を続け、北海道大キャンバス内で疲れたニャイロを捉えて2位争いが青木、山口、松本、清野と自身の5人に絞られると40㎞を過ぎてから抜け出しに掛かり、最後は青木の猛追を4秒抑えてのゴールとなった。
優勝したムセンビ、2位の柏、惜しくもMGC出場権獲得は逃したが12分台で6位に食い込んだ清野ら学生の力走、好走は、この夏にロードシーズンに向けてしっかりと距離を踏んだ走り込みで体力強化、走力強化を目指してきてた事が伺え、その過程のなかで成果をはっきり示した事により、今後本格的にマラソンに取り組む学生が増えていくのではないかと思わせるに充分な可能性に満ちたものだったと言えるだろう。
3位に入った青木は2時間07分40秒と素晴らしい走りを見せた昨年のびわ湖以降、同年の福岡は中盤で失速、今年の大阪では35㎞まで上位争いに加わりながら残り5㎞を粘り切れずMGC出場権を逃していたが、今回は硬さの見られる走りでは有ったものの体力的に厳しくなる40㎞以降もしっかりまとめ、最後は猛然と柏を追い上げて3秒差の3位でMGC出場権を獲得。2019年にこの大会を制し、今回も暑熱の中のレースでの強さを存分に発揮した松本、途中集団から抜け出したニャイロを小松に続いて追いかけ、一時は3位に浮上する積極性を見せていた山口と、青木を含めたこの3人はタイム的には12分を切れるかどうか、日本人選手の3位までに入れるかどうかでMGC出場権獲得の条件が変わるために、死力を尽くした、凄まじい執念のぶつかり合う見応えの有るラストスプリント勝負を繰り拡げ、MGC出場権のみならずこのレースを通して得られたものも多かったのではないだろうか。
7位の小松は他の日本人選手に先駆けて単独でニャイロを追い始め、その分ラストが残せなったが、強気な姿勢が光り、橋本も結果は10位に終わったがペースの上がらない日本人集団の先頭に立って引っ張り始めるなどこの選手らしさが戻りつつあるようで、内容的には次につながる走りとの印象を受けた。
小椋は25㎞を過ぎで日本人選手の集団から遅れ始め、久々のフルマラソンで勝負できるところまでコンディションを戻すまでには至らなかった事を伺わせた。このクラスの選手でもスタートに立つに至るまでのプロセスに順調さを欠くと結果を残せないのがマラソンの厳しさだろうか。
高久は有力選手の中では最も早い段階で集団から遅れてしまったが、ゴールした時には体力的に大きく消耗していたようには見えなかったので、あるいは優勝争いやそれに加わって結果を残す事とは別の目的が今大会出場にはあったのかもしれない。
女子は山口が中盤からのビルドアップで先行する選手を一人ずつ捉え30㎞手前でこの時点で女子トップに立っていた青木に追いつき、引き離すとその後も大きくペースを落とす事無く2時間30分を切るタイムで走り切り、MGC出場権を獲得。
難しい気象コンディションであっても自身と向き合い、残りの体力を量りながら42.195㎞できっちりとパフォーマンスをフルに発揮できるところが市民ランナーとして地道に研鑽を続けてきた山口の真骨頂だろう。
フルマラソンで大崩れすることなく走り切るコツを身体で覚えてきたような印象を与える選手であり、レースに挑むまでの取り組みについては今後この種目を志す実業団の若手選手も参考にすべきところも多いのではないだろうか。
2位に入った青木は25㎞までは17分40秒ペースをしっかりと刻み、2回目でのフルマラソンでの飛躍を予感させたが、その後はペースを落とし、MGC出場権内の2時間32分00秒には届かなかった。後半の落ち込みに関しては、これはもう何度も挑戦をして乗り越える他はない。前回のMGCシリーズでは谷村観月(天満屋)、前田彩里(ダイハツ)が北海道マラソンで出場ラインに迫りながら届かなかったものの、再挑戦となった冬場のレースでしっかりと出場権を獲得した例も有り、青木もその可能性を感じさせるレースを見せてくれた。
このレースに出場を予定していた東京五輪女子マラソン代表の前田穂南(天満屋)、今年の大阪国際女子で2時間22分29秒の2位となりMGC出場権獲得済みの上杉真穂(スターツ)の新型コロナウィルス陽性による欠場で、三強の一角として優勝候補に推されていた松下は、この二人に食らい付きながらレースを進めていくという当初の想定が狂ってしまった事も有ってか序盤から力みがあったのではないだろうか。
最初の5㎞の17分44秒から10㎞までの次の5㎞で17分08秒に上がったが、このペースアップは夏マラソンとしてはやや速く、15㎞地点では両肩が大きく前後に揺れ始め、結果として後の消耗を招いてしまったような印象を受けた。
そうした苦しいレースの中最後まで走り切ったこと、結果には現れなかったが40㎞走を3回こなすなどこのレースに臨むためにしっかりと走り込み、体力を培ってきたことは、今後に必ず生きて来るだろう。今回の苦い経験はけしてマイナスにはならない。
男子は学生の、女子は市民ランナーの活躍があり、国内の選手層の裾野の広がりを感じさせた今年の北海道マラソン。
その反面で男子の大迫傑(nike)や鈴木健吾(富士通)、女子では一山麻緒(資生堂)といった代表クラスの選手の背中を追うべきMGCの出場権を持った選手たちが力を発揮できず、トップクラスの選手たちの更なるレベルの底上げという観点では課題を残したレースとなった。
今後、秋に開催されるWMMシリーズには、9月25日のベルリンマラソンに井上大仁(三菱自動車)、北海道マラソンでPMを務めた丸山竜也、女子の佐藤早也伽(積水化学)ら、10月2日のロンドンマラソンには、世界選手権はコロナ陽性のため無念の欠場となった鈴木の他ベテランの岡本直己(中国電力)、岩出玲亜(千葉陸協)ら、10月9日のシカゴマラソンには細谷恭平(黒崎播磨)、山下一貴(三菱重工)ら、11月6日のニューヨークシティマラソンには大迫、鎧坂哲哉(旭化成)、北海道マラソンはコロナで欠場となった女子の上杉といった国内トップクラスの選手が多数エントリーをしており、この選手たちが海外のトップ選手に迫る走りを見せる事が出来るかどうかで、パリ五輪を目指す日本長距離陣の現時点での世界における立ち位置を再確認できるものと思われる。 ケニア勢、エチオピア勢を始めとする世界の強豪に割って入る選手は現れるのか、その結果が注目される。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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北海道マラソン2022
上位の結果
男子
①L・ムセンビ(東京国際大)2:10:49
②柏 優吾(東洋大)2:11:41
③青木 優(カネボウ)2:11:44
④松本 稜(トヨタ自動車)2:11:51
⑤山口 武(西鉄)2:11:55
⑥清野太雅(東洋大)2:12:20
⑦O・D・ニャイロ(NTT西日本)2:12:28
⑧小松巧弥(NTT西日本)2:13:34
⑨清谷 匠(中国電力)2:13:46
⑩橋本 崚(GMO)2:14:08
10位以降の主な選手
11)小山直城(Honda)2:14:20、12)村本 一樹(住友電工)2:14:49、13)東 瑞基(愛三工業)2:14:54、14) 西 研人(大阪ガス)2:14:55、15)安井雄一(トヨタ自動車)2:15:42、16) 畔上和弥(トヨタ自動車)2:16:24、17)村上太一(東洋大)2:16:34、18)定方俊樹(三菱重工)2:16:42、19) 市山 翼(小森コーポレーション)2:17:03、20)坪井 慧(コニカミノルタ)2:17:49、22)兼実省伍(中国電力)、23)湯澤 舜(SGH)2:18:24、27)松尾良一(旭化成)2:19:13、28)小椋裕介(ヤクルト)2:19:24、34)荻久保 寛也(ヤクルト)2:22:45、35)神 直之(北星病院)2:22:51、 39)小山裕太(トーエネック)2:23:45、44)作田直也(JR東日本)2:24:48、80) 竹内竜真(NDソフト)2:33:20、83)作田将希(JR東日本)2:33:39、96)髙久 龍(ヤクルト)2:36:02
女子
①山口 遥(AC.KITA)2:29:52
②青木奈波(岩谷産業)2:33:32
③岡田 唯(大塚製薬)2:36:00
④菊地優子(ホクレン)2:37:49
⑤関野 茜(コモディイイダ)2:42:23
⑥下門美春(埼玉医科大学G)2:44:06
⑦大井千鶴(NARA-X)2:46:44
⑧清水穂高(NARA-X)2:50:05
⑨豊田由希(愛媛銀行)2:50:26
⑩松下菜摘(天満屋)2:50:44