今年の陸上界の最大のイベントであったオレゴン世界陸上が終了し、来年のブタペスト世界陸上参加標準記録と資格人数枠が発表され、アスリートたちは休む間もなく次の目標へ向かって各種大会へと挑戦を重ねているが、そうした中でこれまで比較的に世界との記録に開きが有り目立つことがなかったとある種目で、ひっそりと、しかしながら確実にその差が縮まり始め、世界への可能性を感じさせているのが女子三段跳だ。
この種目が世界陸上で初めて採用された1993年のドイツ・シュツットガルト大会以降、五輪、世界選手権を通じて開催国枠の有った2007年大阪大会を除き、代表選手の派遣が実現していない唯一の女子種目でもあり、1999年に14m04の日本記録をマークした花岡麻帆(当時三英社)が並行して競技を行っていた走幅跳にメイン種目の軸足を移して以降は、14m台はおろか13m50オーバーでさえ2003年の吉田文代(当時中央大)の13m50、2016年の宮坂楓(ニッパツ)の13m52、2019年の河合栞奈(当時大阪成蹊大、現メイスンワーク)の三例のみと国内記録の停滞は顕著で、世界との差は開く一方となっていた。

しかし、今年に入ってこの傾向にちょっとした変化の兆しが感じられるようになってきた。4月の織田記念で、2019年の初優勝以降三連覇と安定感を見せながら自己記録は13m37に留まっていた森本麻里子(内田建設AC)が、これまで超えることの出来なかった13m50の壁を13m56をマークして乗り越えると、続く5月の静岡国際でも13m55をマークして優勝、立て続けの13m50オーバーで再現性の高さを見せ、また同じく静岡国際で2位に入った高島真織子(九電工)も、この日2回目の跳躍で13m48とそれまでの自己記録の13m35を更新して13m50オーバーに迫り、3回目も同じ記録をマークして一時は優勝した森本をリード、国内では実現していなかった13m50近辺の記録の応酬による(国内としては)高いレベルでのスリリングな優勝争いを展開。
これまで、世界的に見れば平凡とも言える13m50オーバーを複数回跳んだ日本人選手は花岡と吉田の二人のみで森本が三人目、しかも短いスパンでの記録であり、高島は13m50に届かなかったとはいえ、あと僅かに迫るレベルの記録を同じ大会で連発と、互いに優勝を狙って意識しあった意地の張り合いが好循環を生み、こうしたことが続いて行けば女子三段跳の長きに渡る記録停滞の潮目も変わっていくのではないかと、ほのかな期待を抱かせるに充分な二人のパフォーマンスだった。

6月の日本選手権、森本、高島の争いに加わってきたのが船田茜理(武庫川女子大)。
昨年までの自己記録は13m11、今期に静岡国際で13m18に自己記録を更新し3位となっていたものの、学生の全国クラスのタイトルにも縁の無かった船田が、13m58と更に自己記録を更新して優勝を飾った森本、13m42とここでも13m50に迫る跳躍を見せた高島に割って入る13m46を3回目の試技で記録、5回目にも13m43と立て続けに13m50近辺の跳躍を見せ、国内の女子三段跳に地殻変動が起こりつつある現状が改めて感じられた。
森本はこの日本選手権の優勝でWAランキングを42位にまで上げたが出場枠の32位には届かず、しかしながらこの順位は遠くに霞むようだった世界との差が、気付けば「頑張ればなんとかなるかもしれない」というところまでに迫ってきている事を意味していた。
そして、オレゴン世界陸上が終わった8月に入ると、次の目標となる来年のブダペスト世界陸上を目指して記録が大きく動いた。7日のトワイライトゲームスで船田が13m81と、花岡が2003年に13m82を記録して以来日本人選手二人目となる13m80オーバーを跳ぶと、28日には森本がドイツで行われたTrueAthletes Classicで13m82をマーク、トップクラスの選手達が互いの記録を意識しあう意地の張り合いは更なる好循環を産みますますヒートアップ、長らく更新されていなかった花岡の持つ14m04の日本記録もあとシューズ1足分に満たないところまで来ている。

この記録を乗り越えることが出来て初めて世界の背中を「はっきりと」視界に捉えたと言うべきところではあるのだが、森本、船田からやや遅れをとってしまった感のある高島も含め、この三人による切磋琢磨やそれぞれの今期の記録の伸び方を考慮すれば、それも近い将来に実現しそうな雰囲気が出てきていると感じる。
世界陸上のフィールド種目の出場枠が従来の32から36に増枠となったのも、モチベーションを高める追い風となるだろう。
今シーズンは残りわずかだが、今月、まず船田が9日からたけびしスタジアム京都で始まる第91回日本学生陸上競技対校選手権大会に出場。23日から岐阜メモリアルセンター長良川で行われる第70回全日本実業団対抗陸上競技選手権大会には遠征帰りの森本と、この大会に満を持す高島がエントリー。そして三人揃っての対決が実現しそうなのが、10月18日より山口市維新みらいふスタジアムで行われる今期の日本グランプリシリーズ最終戦、第19回田島直人記念陸上競技大会だ。
さらなる地殻変動を起こして山が動き、世界をはっきりと視野に入れ、代表候補に名乗りを上げる事ができるのか、この秋、女子三段跳はかつてないほど熱いマグマがたぎっている。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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