12月4日、パリ五輪マラソン代表選考に関わるJMCシリーズ第二期、MGCチャレンジレースである第53回防府読売マラソンと福岡国際マラソン2022が行われ、先にスタートした防府読売マラソンでは2時間8分29秒で優勝を果たした中村祐紀(住友電工)、2時間8分52秒で2位の山本翔馬(NTT西日本)、2時間9分12秒で3位に入った橋本崚(GMOインターネットグループ)の3選手が規定の条件を満たしてパリ五輪代表選考会、MGCの出場権を獲得し、4年ぶり5度目の優勝を目指した川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)は故障の影響があったのか2時間16分38秒で17位に終わった。
また、女子の部は渡邉桃子(天満屋)が2時間32分05秒で制した。
遅れてスタートした福岡国際マラソンでは秋山清仁(愛知製鋼)が2時間8分43秒で日本人選手最先着となる7位、赤﨑暁(九電工)が2時間9分01秒で日本人2番手の8位、大石港与(トヨタ自動車)が2時間9分08秒で日本人3番手の9位に入りMGC出場権を獲得、2時間9分19秒で日本人選手4番手の久保和馬(西鉄)も期間内2レース平均のタイムが2時間10分00秒以下の規定を満たしてワイルドカードでMGCへの出場権を獲得、2レース合わせて7名がMGCへ駒を進める事となった。福岡国際マラソンは1㎞3分ペースを落とすことなく最後まできっちりと刻み続け、2時間6分43秒でゴールしたオレゴン世界陸上11位のM・テフェリ(イスラエル)が制した。
中村祐紀が制した防府マラソン、勝負の分岐点は
防府読売マラソンで勝負の分岐点となったのは32㎞過ぎ。1㎞3分2秒から3分3秒のペースを計ったように刻み続けたS・カリウキ(戸上電機製作所)ら3人のペースメーカーが30㎞でレースを離脱したあと、10人となった先頭集団は互いの出方を探り合い、主導権を奪いに行く選手の表れない牽制状態となり、このまま推移すればここまで順調なペースで築き上げてきた好記録への貯金がフイになりかねなかった。
32㎞手前、先頭に押し出されていた出場選手中唯一のケニア人実業団選手、Y・エバンス(サンベルクス)が周囲の選手に身振りで先頭を交代するよう促したが、誰も応じないとみるや焦れたように集団から飛び出した。
エバンスは極端にペースを上げた訳ではなかったが日本人選手との差は4m、5mと開いて行き、ここで周囲を数度見渡し様子を窺った後、一人エバンスを追い始めたのが中村だった。ほどなくエバンスに追いつき二人の並走となったが、33㎞の植松跨線橋の登りでエバンスが後退していき、中村の単独トップに変わった。
この間向かい風もあり中村はペースを上げ切れていなかったが、追走集団もまた差を詰めることが出来ない。跨線橋を下り終え、植松交差点を曲がったところで風向きが変わり、後方との差を確認した中村がペースアップをすると橋本、山本が引っ張りだした後方集団との差が開き、突き放せず詰められずの膠着状態から抜け出し勝利を決定付けた。
風向きの変わった34㎞からの1㎞のタイムは2分57秒、35㎞からの5㎞はそれまでの5㎞で15分30秒まで落ちていた分を補って余りある15分01秒で走破、残り1㎞でややタイムを落として大会新には届かなかったものの、大会史上日本人選手では初めてとなる2時間9分切りとなる2時間8分29秒でのゴールとなった。
牽制と向かい風で一度落ちたペースを、胸突き八丁の35㎞からの5㎞で再び上げる事ができた底力も見事だったが、エバンスが抜け出しにかかったところで敢然と追いかけた勇気が、2位以下の選手たちとのタイム差以上に大きな差となって優勝という結果を手繰り寄せた。
2位の山本は初マラソンでサブテンとなる2時間9分18秒をマークした2020年のびわ湖の後、2度目のマラソンとなった昨年の福岡国際では1㎞3分設定の第ニペーサーの集団からレースを進めるも後半をまとめ切れず2時間14分38秒に終わっていたが、今大会では自身初の8分台となる2時間8分52秒と力のある所を示した。その一方でゴール後に声を上げ、両太腿を叩いて悔しさを露わにしたように、膠着状態となったレースで自ら勝負に行くことが出来ず勝機を逃してしまった点は課題として残った。
前回のMGCで5位に入った実力者の橋本も自己ベストとなる2時間9分12秒で3位。30㎞まで余裕を持ってレースを進めているように見えたが、同じように30㎞まで先頭集団にいながら失速した今年2月の別大、優勝したL・ムセンビ(東京国際大)が飛び出し、今回ペースメーカーを務めたD・ニャイロ(NTT西日本)が集団から抜け出してムセンビを追った後、日本人集団の先頭を引っ張りながら勝負どころでMGC出場争いから脱落した8月の北海道マラソンが脳裏によぎったのか、エバンスと中村の集団からの飛び出しに自重する「固いレース運び」で確実にMGC出場権を取りに行った印象を持った。最低限の目標はクリアしたが、実力者だけにやや物足りなさを感じさせる内容だった。
福岡国際マラソンは久保和馬が30㎞のPM離脱以降も先頭集団に食らい付いたが・・・
福岡国際マラソンは、10月の東京レガシーハーフマラソンで日本人選手最先着を果たした村山謙太(旭化成)が中間点を過ぎた辺りで、また出場日本人選手中最速となる2時間8分31秒の自己ベストを持つ河合代二(トーエネック)が28km手前で第一集団から遅れ始めるなど、有力日本人選手が次々と脱落して行く中、これまで2時間8分台を2度記録している久保和馬(西鉄)が1㎞3分ペースの先頭集団にペースメーカーが離脱する30㎞地点まで日本人選手としてただ一人生き残り、そのままのペースを維持するA・キルイら海外招待勢とM・ギザエ、R・ヴィンセント(共にスズキ)のケニア人国内実業団選手らに食らい付いた。ここで離されてしまっては、この位置で勝負できなければこの先に道が拓けない、そうした強い意志の感じられるオーバーペースを厭わない挑戦だったが、32㎞過ぎには集団から遅れ始め、後続の大石、赤﨑、秋山にかわされた。結果は2時間9分19秒の日本人選手4番手に留まったが、ワイルドカードでMGC出場権を掴んだ。そして何より、高速レースでの30㎞以降の苦しみを味わった事は貴重な財産であり、このレースで果敢に挑んだ久保だからこそ得られるものだ。
2時間8分43秒の7位で日本人最先着となった秋山は日本体育大時代に箱根の山下りで名を馳せたが、愛知製鋼入社以降に目立ったマラソンの実績は無く、日本人2番手の赤﨑は二回目のフルマラソン、3番手の大石は中央大のコーチと並行しての競技活動と、これまでの実績や現在の立場を考慮すればそれぞれ健闘を果たしていると言って差し支えなく、またこうした選手の活躍は、男子長距離の裾野の広がりを感じさせる。その一方で、久保や2時間9分45秒と自身初となるサブテンをマークしたかつての早稲田のエース、高田康暉(住友電工)も含め、35㎞では7分台も見えるタイムで通過し、40㎞では残り2.195㎞を7分掛かっても8分台でゴール出来たにも関わらず、その8分台が秋山一人に留まったのはいかにも勿体なかった。
おかんむりだった日本陸連瀬古副会長
福岡国際のレース後、日本陸連副会長の瀬古利彦氏は「明日は記事を書かなくていい。話にならない」とおかんむりだったが、優勝のM・テフェリは世界選手権11位、実力者ではあるが世界のトップオブトップという訳ではなく、2時間7分31秒で4位に入ったB・ロビンソン(オーストラリア)は35㎞手前までは大石、赤﨑と競り合いを演じ、そこから順位を上げて行っており、残り10㎞を切ってこうした選手たちから差を拡げられる一方だった日本人選手たちにもどかしさを感じていたのかもしれない。
思い出したレースが一つある。東京五輪マラソン代表へのファイナルチャレンジとなった、2020年のびわ湖毎日マラソンだ。今日の福岡のように1㎞3分の設定通りにレースが進み、ペースメーカーの離脱後、この大会で優勝し、今年はボストンとニューヨークを制することとなったE・チェベト(ケニア)、前年のドーハ世界陸上のマラソンで5位に入賞したS・モコカ(南アフリカ)ら海外招待選手の急激なペースアップに、日本人選手では前年9月のMGCで39㎞まで先頭集団に加わり7位と健闘した鈴木健吾(富士通)が敢然と付いて行った。今回の福岡国際での久保と同じように、並走1㎞ほどで集団から離され、その後は日本人選手のトップ争いからも後退したが、残り5kmを1時間53分7秒から8秒で通過しており、この5㎞を15分台で乗り切ることができれば2時間8分台でゴールできたのだがまとめ切ることが出来ず、2時間10分37秒で12位に終わっていた。
この頃の鈴木は神奈川大学のエースとしてチームを全日本大学駅伝の優勝に導き、2018年の東京マラソンでは初マラソンながら2時間10分21秒をマークして勇躍富士通に入社したが、以降は故障もあってなかなかレースに出場できず、MGC出場権獲得も1番最後の31人目、MGCでは7位に入賞したが、ファイナルチャレンジに失敗と期待の高さに必ずしも応えられていた訳ではなかった。
それがこのびわ湖の後、10000mのベストタイムが28分30秒16秒だったトラックでのスピード強化に取り組み夏のホクレンDCを転戦、千歳大会で27分57秒84と自身初の27分台をマークすると、9月の全日本実業団では27分49秒16にまで伸ばし、翌2021年のびわ湖での2時間4分56秒の日本記録へと繋げていった。
防府読売マラソン、福岡国際マラソンの結果をより意義のあるものに出来るのか、あのレースがあったからこそ今が有ると胸を張れる日が来るのかは、走り終えた選手たちがそれぞれのレースから何を感じ取り、どういった点を課題として取り組み、次の結果へと結びつけることができるかに掛かっている。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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第53回防府読売マラソンの結果
男子(20位まで)
①中村祐紀(住友電工)2:08:29※MGC出場権獲得
②山本翔馬(NTT西日本)2:08:52※MGC出場権獲得
③橋本 崚(GMOインターネット)2:09:12※MGC出場権獲得
④國行麗生(大塚製薬)2:09:21
⑤畔上和弥(トヨタ自動車)2:09:27
⑥市山 翼(小森コーポレーション)2:09:43
⑦竹内竜真(NDソフト)2:11:07
⑧坪内淳一(黒崎播磨)2:11:37
⑨谷原先嘉(大阪府警)2:11:45
⑩柴田拓真(小森コーポレーション)2:11:50
⑪熊谷拓馬(住友電工)2:13:13
⑫Y・エバンス(サンベルクス)2:14:11
⑬濱崎達規(なんじぃAC)2:14:23
⑭熊代拓也(山陽特殊製鋼)2:14:29
⑮清谷 匠(中国電力)2:15:40
⑯小山裕太(トーエネック)2:15:57
⑰川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)2:16:38
⑱山下友陽(松戸市陸協)2:18:52
⑲大橋秀星(小平市陸協)2:19:51
⑳木村直樹(トクヤマ)2:20:43
女子 2時間40分切りまで
①渡邉桃子(天満屋)2:32:05
②川内理江(大塚製薬)2:34:10
③池本 愛(東京陸協)2:34:17
④佐藤奈々(スターツ)2:34:51
⑤福良郁美(大塚製薬)2:36:18
⑥大東優奈(天満屋)2:36:51
男子 IPC登録の部
①高井俊治(D2C)2:34:25
②熊谷 豊(三井ダイレクト損保)2:42:22
③米岡 聡(三井住友海上)2:50:29
④山下慎治(OBRC)2:53:27
※出場4名
女子 IPC登録の部
①井内菜津美(みずほFG)3:16:15
②藤井由美子(びわこタイマーズ)3:17:32
③西村千香(JBMA)3:19:06
④和木茉菜海(JBMA)3:24:10
※出場4名
福岡国際マラソン2022の結果(20位まで)
①M・テフェリ(イスラエル)2:06:43
②R・ヴィンセント(スズキ)2:07:01
③ギザエ・M(スズキ)2:07:28
④B・ロビンソン(オーストラリア)2:07:31
⑤A・キルイ(ケニア)2:07:38
⑥J・ルンガル(中央発條)2:08:21
⑦秋山清仁(愛知製鋼)2:08:43※MGC出場権獲得
⑧赤﨑 暁(九電工)2:09:01※MGC出場権獲得
⑨大石港与(トヨタ自動車)2:09:08※MGC出場権獲得
⑩久保和馬(西鉄)2:09:19※ワイルドカードでのMGC出場権獲得
⑪高田康暉(住友電工)2:09:45
⑫J・ムァゥラ(黒崎播磨)2:10:45
⑬宮川慎太郎(警視庁)2:14:40
⑭細谷翔馬(天童市役所)2:14:55
⑮加藤 平(新電元)2:15:06
⑯橋本隆光(小森コーポレーション)2:16:14
⑰河合代二(トーエネック)2:16:25
⑱熊橋弘将(山陽特殊製鋼)2:16:57
⑲松尾淳之介(NTT西日本)2:17:25
⑳鈴木洋平(愛三工業)2:17:45
20位以降の主な選手
㉒金子晃裕(コモディイイダ) 2:17:55㉓村山謙太(旭化成)2:18:11、㉔宮脇千博(トヨタ自動車)2:18:11、㉚市田 孝(旭化成)2:21:15、㉜川内鮮輝(Jaybird)2:21:54㊲飛松佑輔(日置市役所)2:23:17
※DNF B・イエグゾー(エチオピア)、S・トー(ケニア)、K・ケター(ケニア)、福田穣(NN Running Team)、平田幸四郎(SGホールディングス)