大阪マラソン2023が2月26日、大阪府庁前をスタートして大阪市内を巡り、大阪城公園内にゴールする42.195㎞のコースで行われる。びわ湖毎日マラソンと統合されて2回目を迎える今年の大会は、男女とも昨年はコロナ禍の為に見送られた海外選手の招待も実現、また男子は昨年に続きJMCシリーズG1、女子は今年よりJMCシリーズG2にランクされ、規定の条件を満たせば今年10月15日に行われるパリ五輪代表選考競技会、MGCへの出場権を獲得できるMGCチャレンジ指定大会となっており、事実上のラストチャンスに賭ける国内のトップランナーが多数エントリーし、男女ともに昨年を上回るハイレベルなレースとなる事が期待される。
今年の大会の注目ポイントを上げると、まず男子は、
①30㎞からの海外勢の仕掛けに対応し、最後まで優勝争いに加わり、2時間6分台をマークする日本人選手は現れるか
②東京五輪マラソン代表の服部勇馬(トヨタ自動車)の復活なるか
③MGC出場権を獲得する選手は何人を数えるか、また昨年の星岳(コニカミノルタ)、浦野雄平(富士通)のような新星の台頭はあるか
の三点、女子は
①既にMGC出場権を獲得している福良郁美、川内理江(共に大塚製薬)がどこまで海外招待勢に迫れるか
②新たにMGC出場権を獲得する選手は現れるか
と要約できる。
30㎞以降の海外勢の仕掛けに対応できる日本勢は
男子の①から見ていくと、JMCシリーズが第2期に入り、海外からの選手招待が実現した昨年暮れの福岡国際マラソン、今月5日に行われた別府大分毎日マラソンの2レースにおいて、日本の選手は優勝した海外招待選手の30㎞地点での仕掛けに対応できずに敗れており、今大会ではこの課題をクリアして、最後の開催となった2021年のびわ湖毎日マラソン以来で小椋祐介(ヤクルト)が2時間6分51秒を記録して以来の日本人選手による2時間6分台フィニッシュが強く求められる。確かに、東京五輪開催前の当時は、2時間4分台をマークした鈴木健吾(富士通)を筆頭に、2位の土方英和(当時Honda、現旭化成)、3位の細谷恭平(黒崎播磨)、4位の井上大仁(三菱重工)は2度目、そして小椋と5名が2時間6分台でゴールして、日本の男子長距離界も大いに沸き立ったが、昨年はコロナ禍も落ち着き、世界中で以前のようにレースが行われるようになるとケニア、エチオピア勢の他にも、東京五輪で銀メダルを獲得したオランダのA・ナゲイエが2時間4分台、銅メダルのベルギーのB・アブディが2時間3分台をマークし、こうした国際大会で実績を残した選手以外でもブラジルのド・ナシメントが4分台、フランスのアムドゥニが5分台、タンザニアのギエイも2時間3分台丁度を記録、2時間6分台を切る選手の国籍も多彩になってきており、また福岡国際を2時間6分43秒で優勝したM・テフェリはイスラエル、同じ2時間6分43秒で別大を制したI・ハッサンはジブチ国籍であり、日本人選手が、今後に控えるブダペスト世界陸上やパリ五輪で入賞以上、メダル獲得を目標とするのであれば、最低限この辺りの記録を出すことが出来なければ実現は難しいだろう。今大会のエントリー選手では、日本人選手で最も速い2時間7分05秒を自己記録に持つ定方俊樹(三菱重工)、前回のMGC4位で2時間7分38秒の自己記録を持つ大塚祥平(九電工)、自己記録2時間7分23秒、昨年夏のオタワマラソンに出場し、2時間9分50秒で優勝を飾り、マラソンランナーとしての箔を付けた下田裕太(GMOインターネット)の既にMGC出場を決めている招待選手の3人が世界と勝負出来るか否かの期待を担っての出場となる。今大会に招待されている海外選手は、エチオピアのH・キロス、Aデグが2時間4分台、ウガンダのV・キプランガット、ケニアのM・キベトが5分台の記録を持つ他、びわ湖毎日マラソン時代からの招待選手の常連で日本人選手とは幾度も好勝負を演じ、リオ五輪は5位、2017年ロンドン世界陸上は銅メダル、東京五輪も7位入賞と2時間6分20秒の持ちタイム以上に国際大会で粘り強い走りを見せるタンザニアのA・シンブ、今年41歳ながら、東京五輪では大迫傑を一つ上回る5位入賞を果たした粘りの走りが記憶に新しいスペインのA・ランダッセム、シンブと同様にびわ湖毎日時代に度々来日し、2019年ドーハ世界陸上では酷暑の中40㎞過ぎまで優勝争いを演じ5位入賞を果たした南アフリカのS・モコカなど、自己記録は6分台、7分台でも五輪、世界陸上で実績を残している勝負強い個性派ランナーも揃い、定方、大塚、下田を始めとする日本人選手にとっても、世界における自身の現在地を計るうえでこれ以上ない舞台装置が整ったと言えるだろう。また、一般参加ながら既に昨年夏の北海道マラソンでMGC出場権を獲得している柏優吾(東洋大)、山口武(西鉄)の例え失敗したとしても失うものはない二人の若手選手も、ここで積極的に世界に挑むレースを見せてもらいたい。
服部勇馬の復活は
②に上げた服部勇馬は、ご存じの通り前回のMGCで2位に入り東京五輪代表となったが、その東京五輪では20㎞手前まで先頭集団でレースを進めるも、暑熱の中のレースで脱水症状に見舞われて失速、完走は果たしたが2時間30分8秒で73位に終わり、レース後は立つことが出来ず、車いすで医務室に運ばれる様子が中継でも映し出された。
その後は12月の八王子ロングディスタンスの10000mでレースに復帰、翌年の全日本実業団ハーフマラソンで1時間1分24秒の自己記録をマークして復活への足掛かりを掴んだかに見えたが、五輪後初めて挑んだ5月のプラハマラソンでは、30㎞通過が1時間30分11秒とほぼ1㎞3分の好ペースでレースを進めながら、先頭集団から離されるとその後は大きく失速して2時間18分06秒でのゴールとなり、配信で映されたその姿はふらふらと蛇行して真直ぐ走る事もままならないほど消耗し尽くしたように見受けられた。
大きなダメージが残るようなフルマラソンが2度続いた後の今回は、服部自身が記者会見で語ったように、まだ得られていないMGC出場権獲得が最優先の目標になるが、以前、中国電力の坂口泰総監督が、一度レース中に熱中症や低血糖でふらふらになるような経験をすると、その後のレース中にフラッシュバックが起こり、恐怖心を抱くようになる選手も見てきた、と語っていた事があり、服部もそうした心理面の葛藤はあるのか、また克服できるのか、といったところも復活への一つのカギとなりそうだ。
久々のレースとなったニューイヤー駅伝ではアンカー区間を担って区間賞を獲得と強さを見せており、コンディションそのものは上向いてきている。
2018年福岡でのマラソン初優勝時は、それまで後半に失速していた反省を元に40㎞走を増やして脚を作り、それが好結果に結びついたが、故障も多い選手だけに同様のトレーニングが積めているかも気になるところ。
いずれにせよ、1㎞3分、30㎞の壁を乗り越え、MGC出場権を獲得出来なければ東京五輪のリベンジを果たすことも敵わなくなる、試練のレースである事は確かだ。
MGC出場権獲得を目指す選手たち

③について、日本人選手トップから3位までは2時間10分以内、4位から6位までなら2時間09分00秒以内というMGC進出条件が定められているJMCシリーズG1のMGC指定大会で、昨年の大会では6位の今井正人(トヨタ自動車九州)が2時間8分12秒でMGC出場権を獲得し、2時間8分38秒で7位となった山本憲二(マツダ)がMGC出場権獲得に届かず、先日の別大では既にMGC出場権を獲得していた丸山竜也(トヨタ自動車)が2時間8分26秒で日本人選手6番手、7番手だった安井雄一(トヨタ自動車)は2時間8分48秒をマークしながら涙を呑んでおり、順位とタイムの条件で出場権獲得を目指す選手は2時間8分30秒は切っておきたいところだが、それならば8分切りのワイルドカードを狙った方が話は早いかもしれない。
ここを目指す選手には先述の服部の他、2021年のびわ湖毎日で2時間7分42秒の初マラソン日本最高記録をマークして以降、昨年3月の東京マラソン、8月の北海道マラソンと不本意な結果に終わっている作田将希(JR東日本)、2020年、35㎞以降強風と横殴りの雨に見舞われたびわ湖毎日マラソンで初マラソンながら2時間10分13秒と健闘し、同じ年の福岡でも1㎞3分ペースの集団に35㎞手前まで食らい付いていて初マラソンと全く同じタイムをマークした吉岡幸輝(中央発條)、トラック10000mで27分台のタイムを持つ西山和弥(トヨタ自動車)、池田耀平(Kao)、横手健(富士通)、菊地駿弥(中国電力)の初マラソン組といったところが該当する。
特に池田は、今年のニューイヤー駅伝ではエースの揃う最長区間の4区で区間賞を獲得、過去この4区で区間賞に入った選手の顔ぶれを見ると、2018年は設楽悠太(Honda)、2019、2020年は井上大仁、2021年は佐藤悠基(SGホールディングス)、2022年は細谷恭平と、2時間6分台が3人、佐藤悠基も前回に続き既にMGC出場権を獲得しており、マラソン実績充分な選手がずらりと並び、そうした観点から見れば、池田こそ今大会のニュースター候補の筆頭と言って差し支えないだろう。
また吉岡は、2020年福岡以降は好記録が続出した2021年びわ湖で途中棄権、コロナ禍の中海外マラソンに挑んだ9月のウィーンでは2時間18分9秒に留まり、昨年はマラソンを走る事も出来ず停滞が感じられていたが、今年に入って1月の大阪ハーフマラソンで1時間1分40秒で池田、菊地に続く3位に入り、復調の気配が感じられる。
ハーフマラソンでも1時間0分41秒の記録を持つ西山和弥や、大阪ハーフ2位の菊地、そして度重なる故障を乗り越え復調してきたベテランの横手にとっては未知の領域である30㎞以降を乗り切れるかが結果を大きく左右することになりそうだ。
更に、昨年の東京で2時間8分31秒をマークしている河合代二(トーエネック)が2時間11分29秒、防府読売で2時間9分27秒の畔上和弥(トヨタ自動車)が2時間10分33秒、昨年の大阪で2時間9分33秒の一色恭志(GMOインターネットグループ)が2時間10分27秒、ベルリンマラソンで2時間9分40秒の土井大輔(黒崎播磨)が2時間10分20秒、昨年の別大で2時間10分11秒の大六野秀畝(旭化成)が2時間9分49秒、昨年の大阪で2時間10分16秒の金森寛人(小森コーポレーション)が2時間9分44秒以内でそれぞれ走り切れば、期間内二本の平均タイムで2時間10分を切り、ワイルドカード規定でのMGC出場権獲得となる。
女子は長期計画でMGCへの強化に取り組んできた大塚製薬の二人に注目

女子は既にMGC出場権を獲得しているベストタイムが2時間25分15秒の福良郁美、2時間25分35秒の川内理江の共に自己ベスト25分台の大塚製薬の二人に、昨年の防府読売マラソンに調整で出場するなどMGCを見据えた長期的視野で強化に取り組んできた事が伺え、2時間20分台の記録を持つV・キプラガット(ケニア)、東京マラソンや大阪国際女子マラソンなど国内のマラソンでも実績のあるH・ベケレ(エチオピア)、B・ジェプキルイ(ケニア)の胸を借りる事が出来る今回は試金石と言える大会だろう。こうした選手に出来るだけ長く食らい付き、自己ベスト以上、出来れば22分台、21分台をマークして、代表候補の一角としてMGC本番を迎えたい。
また今大会の女子はJMCグレードのG2であり、日本人選手トップの条件は2時間28分00秒以内で他のレースと変わりないが、2位から6位までの選手に2時間27分00秒以内の記録が必要になってくる。昨年8月の北海道マラソンで30㎞までトップをひた走り2位になりながらタイムで及ばず、MGC出場権獲得がならなかった青木奈波(岩谷産業)、昨年暮れの山陽女子ロードレースのハーフマラソンでは、1月の大阪国際女子マラソンで初マラソンながらMGC出場権を獲得した𠮷川侑美(ユニクロ)を抑えて1時間12分01秒で日本人トップとなり、今月12日の全日本実業団ハーフでも1時間11分07秒と連続自己ベスト更新で6位に入るなど、ロードで進境著しい活躍を見せている唐沢ゆり(九電工)、大阪国際女子マラソンで第2集団のペースメーカーを完璧に勤め上げ、𠮷川の他、前田彩里(ダイハツ)、池田千鶴(日立)、大東優奈(天満屋)らのMGC出場権獲得を後押しした渡邉桃子(天満屋)といった選手たちがMGC出場権獲得を目指して出場する。
難コースも見どころの一つ
大阪マラソンのコースは、昨年星岳が2時間7分31秒の好タイムをマークしたものの、その行程で5回の折り返しが有る上に、29㎞過ぎには約1㎞の間に20mを上って下る坂に加えて35㎞まではだらだらと小幅なアップダウンが続く難コースだ。特に33㎞付近の北河堀の最期の折り返しは、それまでのアップダウンと合わせて選手たちにとってはダブルパンチのように脚に効いてくるのではないかと、昨年解説を務めた大迫傑(nike)が語っており、実際に登りの有った30㎞までの5㎞で15分18かかっていたスプリットタイムを次の5㎞で15分03秒に戻した星がラストのほぼ平坦な5㎞で15分20秒にタイムを落としており、後半のタイムが伸びにくいと思われる。
また、昨年の大会では川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)が件の30㎞手前からの上り坂で、ペースメーカーが外れるのに合わせるように飛び出しを敢行し、押し切る事は出来なかったものの集団のふるい落としには成功しており、今年も同じようにレースを攪乱する「仕掛け」をどこで、誰が行うのか、難コース故にポイントに成り得る箇所は多く、その攻略も見どころの一つだ。
40㎞以降も勝負がもつれるようなら、大阪城公園内に入る直前41㎞付近のアンダーパスの下りと上りが最後の仕掛けどころとなるだろうか。
カリウキの力走が日本人選手の好記録を引き出す?
最後となるが、日本人選手が2時間6分台をマークできるかのカギを握るのは、実は国内招待選手で日本薬科大卒、戸上電機製作所所属のケニア人ランナー、S・カリウキなのではないかと考えている。
フルマラソンのベストタイムは2時間7分18秒に留まっているが、上昇志向が非常に強く、初マラソンの2018年の東京マラソン以降ほぼすべてのレースで1㎞3分を切るハイペースで有っても先頭集団でレースを進め、35㎞までならペースを落とすことなく付いて行く事が出来る強さを持っており、そこから先で大きくペースを落としてしまうところが課題となるのだが、2018年の東京では30㎞を過ぎて一時ペースを落とした設楽悠太が、集団から置かれ始めたカリウキの後ろに取り付いて走りのリズムを取り戻したり、2020年の東京でも日本記録をマークした大迫が落ちてきたカリウキを目標に追い掛けてタイムの落ち込みを留めていたり、さらに2021年のびわ湖でもペースメーカーが離脱した30㎞の5㎞を1㎞3分ペースで刻んで、カリウキに動きを合わせていた鈴木健吾の2時間4分台をアシストしたりと、カリウキの35㎞までの力走が、この3レースで日本記録を結果として引き出した面もあり、今大会でもカリウキに上手く動きを合わせて体力の消耗を防ぐことが出来る選手が、好記録を叩き出すのではないだろうか。
今年もみどころが多い大阪マラソン2023のスタートは午前9時15分だ。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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