1932年ロサンゼルス五輪男子100mのファイナリストで「暁の超特急」と謳われたかつての名スプリンター、吉岡隆徳の名を冠する吉岡隆徳記念第77回出雲陸上競技大会が4月16日、島根県立浜山公園陸上競技場で開催される。日本グランプリシリーズグレード3に指定され、男女の100m、300mがグランプリ種目として行われる。
注目度の高い男子100mには、坂井隆一郎(大阪ガス)、桐生祥秀(日本生命)、多田修平(住友電工)、飯塚翔太(ミズノ)らがエントリーをしており、それぞれが抱いている今季の目標へ向けて大事なシーズン序盤のレースとなる。
坂井は昨年6月の布勢スプリントで自己記録を10秒02まで一気に伸ばし、オレゴン世界陸上100m代表の切符を掴みとった。それまで世界リレーの代表は経験していたが、個人種目では初めての代表ながら本番では準決勝に進み、世界との真剣勝負の舞台で貴重な経験を積んだ。今季はそのオレゴン世界陸上で決勝まで駒を進め7位に入賞したサニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC)に次ぐ二番手の存在から並び立つ位置まで上り詰めたい、更なる飛躍を期してのシーズンとなる。先週に行われた大阪記録会の100mでは10秒23をマーク、今大会で更に記録を伸ばして9秒台突入への手応えを得られるレースと出来るかに注目したい。

桐生は昨年6月の日本選手権で6位に終わり世界陸上代表を逃すと、シーズンを早々に切り上げ休養に充てたが、その後に国指定の難病の一つである潰瘍性大腸炎に罹患した事を公表、日本人選手初の9秒台を記録するなど、文字通り日本のトップランナーとして男子短距離界を引っ張り続けてきた勤続疲労が、目に見えない、気付かないところで心身を侵していたのかもしれない。今シーズンは3月25日にオーストラリアで行われたブリスベントラッククラシックで10秒48、30日にはオーストラリア選手権にオープン参加して予選で10秒32とレース復帰は果たしたが、ギアを踏み込むのはこれからといったところ。ブリスベンでは若干身体が細身になったような印象も有ったので、一歩づつでも本来の桐生祥秀の姿を取り戻し、日本選手権の頃にはアクセル全開となるよう願っている。
多田も昨年は3月早々に沖縄で始動する意欲を見せながらなかなか調子が上向かず、桐生同様に世界陸上代表を逃したが、以前はスプリンターとしてはやや細身と思われた体躯が、予選通過がならなかった東京五輪を境に目に見えて大きくなってきており、その肉体改造に走りが上手く合致していない印象が有った。大きくなった身体に慣れ、動きが噛み合うまでにはそれなりに時間を要するものと想像するが、昨年秋には全日本実業団選手権を制したように結果も上向き始めており、試行錯誤の苦しみを経た今季はどのような変化が結果に現れるのか。既に1月からヨーロッパの室内シリーズを転戦するなど貪欲な姿勢はぶれておらず、今季国内初戦が楽しみだ。

飯塚も桐生と同じくブリスベンで屋外初戦を迎え、100m、200mに出場し、200mでは向かい風1.1mのコンデションの中、後半追い込んで20秒53で1着と上々の滑り出しを見せている。年齢的にはベテランの域に差し掛かっているが、多くの経験を重ねて円熟味も増し、特に代表選考などの勝負の懸る大会までの調整力は抜群で、今大会での100m出場で体に切れを作り、今後に控える本職の200mでのブダペスト世界陸上代表争いに万全を期す狙いがあるのだろう。好記録で弾みをつけられるか。
また、昨年に10秒11をマークした原田暁(北九州RIC)、日本選手権で2位となり、東京五輪の4×100m代表に選ばれるなど大躍進を遂げた一昨年から一転、昨年は伸び悩んだデーデー・ブルーノ(ミズノ)、昨年のオレゴン世界陸上4×100mリレーで2走を務めた鈴木涼太(スズキ)ら次代を担うであろう若手選手達から、桐生や飯塚、多田ら近年男子スプリント界を引っ張ってきた選手達を突き上げる勢いを見てみたい。

女子の100mは当初エントリーの有った壹岐あいこ(大阪ガス)が出場を回避、昨年度の100m日本ランキング10位の自己ベスト11秒61を記録するなど好調だった山中日菜美(滋賀陸協)、例年春先は好調で昨年の大会を11秒76で制し、今季も既に先週行われた大阪記録会で11秒76をマークしている三浦愛華(園田学園女子大)、東京五輪4×100mリレーのメンバーで、昨年はオレゴン世界陸上代表入りを逃して今季に復調を期す鶴田玲美(南九州ファミリーマート)の3人が優勝争いの中心となりそうだ。なかでも学生ラストシーズンとなる三浦は、一昨年の日本陸上選手権室内で、爆発力のある飛び出しに定評がある名倉千晃(NTT)を抑えて優勝を果たしているようにスタートが良く、もう一枚殻を破って欲しい今季のブレイクスルー候補の一人として期待をしたい。
300mは五輪、世界陸上の実施種目ではないが、ロングスプリントの人材発掘と強化のために昨年から400mに替り国体で実施されており、スピード系の200mの選手と400mの得意な持久力のある選手がぶつかり合い、熱い勝負が繰り広げられるレースが多く非常に面白い。男子は昨年4位に入賞したオレゴン世界陸上マイルリレーメンバーのうち、エース格のウォルシュ・ジュリアン(富士通)が欠場となったが、佐藤風雅(ミズノ)、川端魁人(中京大クラブ)、中島佑気ジョセフ(東洋大)が顔を揃え、またミックスマイルリレーに出場した岩崎立来(三重県スポーツ協会)もエントリーしている。
佐藤風雅は2020年の全日本実業団選手権を制するなど元々力の有る選手だったが、翌年の実業団選手権で初めて46秒台を切る45秒84をマークして連覇を果たすと一気にブレイクし、昨年は400mに出場した7度のすべての大会で45秒台をマークするなど、安定感で言えばウォルシュを上回り、オレゴン世界陸上では400mで準決勝に進出、マイルリレーでもウォルシュと並ぶWエースとして1走を担い4位入賞に大きく貢献する活躍をみせた。昨年の好調を持続し、400mでの44秒台と世界陸上決勝進出、マイルリレーメダル獲得と更なる飛躍をするために、スピードも要求される300mでも好結果を出せるのか、今大会は一つの試金石とも言えそうだ。
中島は昨年の世界陸上のマイルリレーでアンカーを務め、あと一歩銅メダルに及ばず悔しさを露わにし、帰国後の8月に行われたオールスターナイトゲームズですぐさま初の45秒台となる45秒72をマーク、その2週間後に行われた富士北麓では45秒51に自己記録を更新する気持ちの強さを見せた。今季は既にブリスベンで45秒91をマークして優勝を飾っており、昨年後半の破竹の勢いを継続中で更なる成長が楽しみだ。
川端は昨年400mの自己ベストを45秒73に更新し、世界陸上に出場したが、日本勢ではただ一人準決勝進出を逃し、岩崎もミックスマイルリレーには出場したが、男子マイルリレーの出場は果たせずと悔しい思いを残しており、今季再び世界陸上の代表を掴み取るための弾みを付けるレースとしたいところだろう。
その他の選手では、2019年の世界リレー選手権横浜大会のマイルリレー予選で勢いのある走りを見せた井本佳伸(東京ガスエコモ)や、100mで10秒14の自己ベストがある水久保漱至(第一酒造)がエントリー、水久保に関しては今後ロングスプリントへの路線変更があるのかも含めて結果に注目したい。
女子300mにはオレゴン世界陸上のミックスマイルリレーに出場した小林茉由(J.VIC)、控えに回った久保山晴菜(今村病院)、東京五輪4×100mリレー代表で200mも強い斎藤愛美(大阪成蹊AC)の実力者3人に、学生の森山静穂(福岡大)、井戸アビゲイル風果(甲南大)が加わる5人の上位争いが予想される。11秒55の自己ベストを持つ久保山、11秒57を持つ斎藤愛美と100mのタイムが頭一つ抜けている二人が前半は大きく先行しそうだが、400mの強い小林、森山が後半に力を発揮して伸びてくるのかが見どころとなりそうだ。
井戸は昨シーズンから主戦場の200mに加えて400mにも挑んでおり、男子の水久保同様に本格的な路線変更もあるのか、女子400mは東邦銀行で活躍した武石この実、青木りんが昨季限りで引退と人材が払底気味なので、その点からも注目していきたい。
この季節は天候によって気温も大きく影響を受けるがここのところ続く肌寒さが当日も変わらなければ、タイムより勝負重視となるだろう。少しでも身体の動きやすい気候コンデションに恵まれるか、気を揉んでいる選手も多いのではないだろうか。
尚、15日には男子100mの予備予選が行われ、グランプリに出場するメンバーが決定する。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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