第107回日本陸上競技選手権大会・混成競技が6月10日から二日間、秋田県営陸上競技場で行われる。
先週に行われたトラック&フィールドの日本選手権同様に、ブダペスト世界陸上、バンコクアジア陸上選手権、また杭州2022アジア競技大会の選考会を兼ねており、実施される男子十種競技、女子七種競技には、出場資格記録をクリアした国内トップ選手が名を連ねる。
2010年よりトラック&フィールドの日本選手権から分離開催となって以降、競技関係者の尽力やこの種目の熱心なファンに支えられ、アスリートとファンの距離が近い独特の盛り上がりを見せる、日本選手権「本体」とはまた異なる趣のある今大会のみどころをお伝えする。
まず、男女混成競技の世界陸上出場資格を確認しておくと、
・2022年1月31日から2023年7月30日までに参加標準記録(十種競技は8460点、七種競技は6480点)を突破した選手
・有効期間終了時点のワールドランキング(Road to Budapest 23)上位選手(混成競技では出場選手枠の24位以内)
・ワイルドカード(十種競技ではオレゴン世界陸上優勝者であるフランスのK・マイヤー、世界混成ツアーで優勝を果たしたグレナダのL・ヴィクター、七種競技ではオレゴン世界陸上優勝者、ベルギーのN・ティアム、世界混成ツアー優勝者、ポーランドのA・シュレックに決定済み)
・各エリアチャンピオン(但し同エリア内から当該選手より高いワールドランキングを有する競技者のエントリーが無い場合に限る)
となっている。
次に、6月6日時点の最新のRoad to Budapest 23による国内選手上位5名のスコアを上げると
男子十種競技(出場枠24、ボーダーラインのスコア1206pt)
丸山優真(住友電工)1157pt
奥田啓祐(第一学院高教員)1132pt
田上 駿(陸上物語)1103pt
片山和也(烏城塗装工業)1101pt
中村明彦(スズキ)1063pt
女子七種競技(出場枠24、ボーダーラインのスコア1153pt)
ヘンプヒル恵(アトレ)1081pt
山﨑有紀(スズキ)1061pt
大玉華鈴(日体大SMG)1020pt
熱田 心(岡山陸協)1006pt
田中友梨(至学館大)998pt
となっている。
いずれの選手も現状ではランキングで出場圏内に達しておらず、順位で立ち位置を示すことは出来ないが、十種競技では丸山がボーダーラインまで49pt、七種競技はポイント最上位のヘンプヒルが今大会は故障からの回復途上のため欠場となり、2番手の山﨑でボーダーラインまで92点とやや開きが大きい状況となっている。
十種競技の丸山が今大会でボーダーラインの1206ptに達するためには、現在のランキングスコア1157の対象となっているパフォーマンススコア2本のうちポイントの高いスコア、アジア室内7種競技金メダル分の1173ptを残してあと1239pt、十種競技の得点に換算すると1239ptから今大会優勝で得られる順位点、プレイシングポイントの60を引いたリザルトスコア1179ptはWAのスコアリングテーブルで8339点と、 右代啓祐(国士舘クラブ)がスズキ浜松AC時代の2014年日本選手権で記録した8308点の日本記録を上回る必要があり、七種競技の山﨑に当てはめれば、要求されるリザルトスコアは1181ptの6531点と、山﨑自身の持つ5975点の日本記録や、参加標準記録を大きく上回り、かなり厳しい状況と思われるかもしれない。
しかしながら、国内勢の世界陸上出場の可能性は全くないのかと言われれば必ずしもそうではなく、先に記したように7月にタイで行われるアジア陸上選手権の代表に選ばれ、優勝すれば、状況によって世界陸上への出場の可能性は出てくる。
女子はアジア室内五種競技金メダリスト、ウズベキスタンのE・ボロニナがランキングでの出場権を得る可能性も有るが、まずはアジア選手権の代表に選ばれなくては、その可能性すら失われる。
アジア陸上選手権の選考要項に目を通すと、今大会終了後のWAランキングで出場圏内となっていることが条件の一つに挙げられているが、「本大会においてメダルまたは入賞が期待され、強化委員会が推薦する競技者」との項目もあり、2月のアジア室内選手権の男子七種競技では丸山が金、奥田が銀と優勝を争い、女子五種競技では山﨑が4位とメダルに迫っていることから、今大会最大の注目ポイントは、世界陸上出場に望みを繋ぐアジア陸上代表となるために、3位表彰台に登ることやアジア選手権の出場枠2位以内に入っておくと共に、アジアでの優勝争いから世界の舞台への飛躍を期待させるような、パフォーマンス面での今後に繋がるアピールを、有力各選手ができるかどうか、ということになるだろう。

面白い存在なのが女子七種競技の大玉華鈴で、5月に行われた木南記念では一日目の前半4種目では得意の走高跳で1m76を記録するなど国内女子選手初めてとなる3505点をマークし、日本記録更新や日本人女子選手として初めての6000点突破も期待されるも、二日目最初の種目、走幅跳で痛恨の3回連続ファウルで記録なし、これが響いて最終的には4972点に終わったがそれでも7位に入賞し、実力の一端を示した。本人は落ち込むどころか、競技終了後に急遽出演した当日のライブ配信では、「スプリントの調子が良すぎて、かなり抑えたにも関わらずファウルとなってしまった。改善できれば日本記録にも近づけるはず」と失敗より今後に大きな手応えが有った事を強調していた。言葉の通り、木南記念では100mHや200mのスプリント系の種目では向かい風の条件ながら自己ベスト近くを叩き出し、最終種目の800mでもしっかりと粘れていた。日本選手権でも上位争いが出来る走高跳の自己記録、1m78は国内の女子選手では特筆ものでこの種目でポイントを大きく加算出来るのは他の選手にない大きな武器となっている。また、不得手とする選手の多いやり投でも51m51と50mオーバーの自己ベストが有り、近年はこのレベルには届いていないもののこの種目でもまだ充分な伸びしろが感じられ、ポテンシャルで言えば期待度はナンバーワンだろう。
日本記録保持者の山﨑有紀はアジア室内でメダルを逃した後、木南記念では優勝を果たしたものの、1m71の自己記録を持ち、けして苦手ではない走高跳で1m58と躓いたのが響き5683点と総合得点は伸びなかった。ただ大玉同様に100mH、200mでは自己ベストに近い記録を出しており、調子自体は悪くない。
今季力を出し切れていない走高跳を無難にまとめる事が出来れば、他の選手が苦しむ砲丸投では自己記録をマークするなど進化している種目もあり、日本記録も6000点突破も見えてくるだろう。
この二人が優勝を争うのは疑いのないところだが、ここに学生個人選手権で5545点をマークして優勝を果たした田中友梨(至学館大)、走幅跳の自己記録は6m29と大きく稼げる武器のある熱田心(岡山陸協)といった若手選手も大きく引き離されることなく食らいつき、表彰台に登ると共に、自己記録の更新で次代を担う選手の筆頭格としての存在感もアピールしておきたい。
男子十種競技は、アジア室内の七種競技で金銀を争った丸山と奥田啓祐に、木南記念優勝の田上駿がどこまで絡んでいけるか。
丸山は高校時代から将来を嘱望されるも、日大時代には胸椎ヘルニアを患い、長期間競技から離れたことも有ったが、懸命なリハビリと補強トレーニングでそれを乗り越え、住友電工入り後の昨年の木南記念では自己記録の7807点をマークして優勝を果たし、そしてアジア室内では金メダルと「大器」と呼ばれた期待に応える結果を残しつつある。
奥田は昨年の日本選手権優勝の勢いで、日本混成競技会のレジェンド右代啓祐、ロンドンでは400mH、リオでは十種競技と二大会連続で五輪代表となった中村明彦に次ぐ日本人選手3人目の8000点台となる8008点を昨秋の中京大競技会でマークした。
やり投から十種競技に転向した選手だが、運動能力が非常に高く、近年では100m、400mと言ったスプリント種目でも高いポイントが得られるスピードを持ち、走幅跳も自己ベストが7m52と得意のやり投以外にもストロングポイントが有る。
この二人に今年の木南記念を制した勢いがあり、自己ベストが13秒92と絶対の自信を持つ110mHを武器に、大きな苦手種目のないオールマイティタイプの田上駿が加わり、やはり8000点を巡る優勝争い、そして右代の持つ8308点にどこまで迫れるかを見てみたい。それがアジア選手権代表に近付く鍵ともなるだろう。

また、今季も木南記念で7112点をマークした、大会の顔とも言える右代の真摯な競技姿勢や、先ごろ今シーズンを限りに引退することを表明した中村の、日本選手権での最後の雄姿は、この種目のファンなら是非記憶に留めておきたいところだろう。
また関西インカレを制した川元莉々輝(立命館大)や、関東インカレ覇者の岡泰我(国士舘大)、木南記念で3位となった前川斉幸(中京大)ら学生選手の躍進にも期待をしたい。
アジア陸上選手権は、高いプレイシングポイントが得られ、また資格記録の期間にも突入しているため、ブダペスト世界陸上だけでなく、来年のパリ五輪にも繋がる重要な大会だ。
また若い選手たちは、例えここに届かなかったとしても、未来に繋がるファンデーションとして、今大会では高得点を残しておきたい。
秋田に足を運ぶ混成ファンの後押しで、アジア選手権へ、そして世界の舞台へ届く選手は現れるのか、日本のキング、クイーンオブアスリートを争う二日間の激闘が、間もなく始まる。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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