2012年6月10日、大阪・長居陸上競技場。
当時、ユニバーサルに所属していた新谷仁美は、第96回日本陸上競技選手権の女子5000mを15分17秒92で制し、ロンドンオリンピック代表を手中に収めた。
そのゴール後、フラワーセレモニー担当として感激と興奮を抑えきれない様子で新谷に花束を手渡し、NHKのカメラに向かい二人で勝利のVサインを決めたのが、当時大阪薫英女子高校2年生の松田瑞生だった。
このとき、代表が決まる瞬間を目の当たりにした松田が、オリンピックというアスリート達にとっての最高の舞台に立つことになる新谷仁美に憧れ、またいつかは自分も新谷のようにオリンピック代表になりたいと夢を抱いたであろうことは、想像に難くない。
松田はその年の暮れ、全国高校女子駅伝で2区を走り区間賞を獲得、翌2013年、2020年のオリンピックの開催地東京に決まると、夢は更に大きく弾むように膨らんだのかもしれない。 高校3年となった全国高校総体3000mで6位に入賞と活躍し2014年にダイハツに入社、1年目に5000mで16分台を切り、2年目の2015年に10000mで32分12秒25の好記録をマークすると、3年目の2016年には10000mで32分を切る31分59秒12にまで記録を伸ばすなど着実に力を付けていった。 翌2017年の日本選手権の10000mではリオデジャネイロオリンピック5000m代表の鈴木亜由子(日本郵政グループ)をラストスパートで突き放し、新谷に花束を手渡してから5年目で自身も優勝を果たし、新谷の出場したオリンピックと同じロンドンで行われた世界陸上に代表として出場、夢に一歩近づいた。
2018年1月、東京オリンピック代表となることにターゲットを絞って大阪国際女子マラソンに出場、初マラソンながら2時間22分42秒の好タイムで優勝を果たし、翌2019年に行われるオリンピック代表選考会、MGCへの出場権を獲得、代表の有力候補に躍り出る。
しかしながら、2度目のフルマラソンとなった2018年9月のベルリンマラソンで自己記録を2時間22分23秒に更新して迎えた2019年9月の東京オリンピック代表選考会、MGCでは早々に先頭集団から脱落、諦めず、粘り強く前を追いかけたものの2時間29分51秒で4位となって代表内定を得ることが出来ず悔し涙を流した。
この結果、松田が東京オリンピック代表の夢を実現するためには、2020年の1月の大阪国際女子、3月の名古屋ウィメンズマラソンのいずれかに出場し、自身が記録したMGC期間中の最高記録、2時間22分23秒を1秒上回る2時間22分22秒以上の最速タイムを記録する必要に迫られた。
一方の新谷は、ロンドンオリンピックの10000mで30分59秒19で9位と入賞にあと一歩届かなかったが、翌2013年のモスクワ世界陸上の10000mでは世界の強豪相手に敢然と先頭に立ち続け、ラスト1周で力尽きたものの30分56秒70で5位入賞を果たし、長期低迷傾向にあった日本の長距離界において存在感をアピールした。
しかし、ゴール後のインタビューでは「やっぱりメダルを獲らなければ、この世界にいる必要がない気がする」と号泣し、翌2014年1月、突如として引退を表明して陸上界から距離を置くこととなる。
その4年後の2018年、また突如として現役に復帰した新谷は、2019年にはドーハアジア選手権の10000mでは銀メダルを獲得。
そして2020年、東京オリンピックファイナルチャレンジの舞台となる大阪国際マラソンのペースメーカーを新谷が務めることとなり、ファイナルチャレンジに挑む松田と、後押しするをペースメーカを担う新谷、立場は違えど二人の歩んできた競技人生が、浪速の地で再びクロスした。
松田は、新谷の刻む高速ペースに乗り、12㎞で新谷がレースを離れた後は海外勢を含む先頭集団を半ば引っ張るような形でレースを進め、30㎞過ぎに独走に持ち込むと35㎞以降はややペースを落としたがそれでも2時間21分47秒と2時間22分22秒を大きく上回っての優勝で、夢に抱いた東京オリンピック代表の座を「ほぼ」手中にしたかに思われた。
だがその後、3月に行われた名古屋ウィメンズで一山麻緒(ワコール)が2時間20分29秒と松田の大阪でのタイムを上回る国内女子の最高記録で優勝を果たし、松田の夢は儚く潰えた。
東京オリンピックでは、松田が代表選手が故障などの不測の事態に陥った時に交代可能な代表候補選手としての準備を余儀なくされた一方で、新谷は10000mの代表として国立競技場のスタートラインに立った。
その後新谷はマラソンに転向し、昨年1月にはヒューストンマラソンで、野口みずきの持つ2時間19分12秒の日本記録に迫る2時間19分24秒をマークして、女子マラソン現役最速選手となったが、パリオリンピックの代表は目指さず、近い将来のマラソン日本記録更新に専念する意向を表明した一方で、松田は2022年オレゴン、2023年ブダペストと二大会連続で世界陸上マラソン代表を経験し、掴みかけながらするりと逃げて行ったオリンピック代表の夢の実現の場を東京からパリに変えて尚も追い続けている。
パリオリンピック代表の最後の1枠を争うMGCファイナルチャレンジに指定された今年の大阪国際マラソンでも、新谷がPMを務めることとなり、ブダペスト世界陸上出場のためMGCを回避した松田も、ラストチャンスに賭ける舞台として大阪を選択した。
30㎞までペースを作る予定の新谷の背中を見ながら、松田はレースを進める事となる。
パリオリンピックは目指さないと発言した新谷が、パリオリンピックを目指す選手たちの後押しに回るのも、新谷なりに松田を含めた選手たちに言葉を交わさずとも、レースの流れを作るその背中を通して伝えたい何かがあるのかもしれない。
松田は公式記者会見の場で、目標タイムを聞かれると、パリオリンピック代表への設定タイムとなっている2時間21分41秒では無く、東京オリンピックを結果として逃すこととなった、2020年名古屋ウィメンズで一山がマークした2時間20分29秒を、世界と勝負する上で最低限超えなければならないタイムと答えたが、最低限と付け加えているところから、そこにはそれ以上を目指す意思が込められていると思われ、新谷の持つ現役日本人選手最速タイムの2時間19分24秒を超え、野口みずきの日本記録2時間19分12秒も視野に入れているのかもしれない。
2024年1月28日、大阪・長居陸上競技場で松田瑞生が、他の誰もが追い付けないと思わせるようなぶっちぎりの記録を作り、レースを先導した新谷仁美と手を取り、喜び合う時が訪れるだろうかと、12年前のあの場面を思い出し、ふとそんな事を考えた。
文/芝 笑翔 (Emito SHIBA)
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