2026年6月14日、名古屋市のパロマ瑞穂競技場で行われた第110回日本陸上競技選手権大会の女子400mH決勝を、青木穂花(ゼンリン)が55秒92で制し、愛知・名古屋アジア競技会代表に内定した。
55秒92は、日本記録保持者の久保倉里美の55秒34、吉田真希子の55秒89に次ぐ歴代3位、日本の女子選手としては久保倉が2012年8月にロンドンオリンピックの予選で記録した55秒85以来、以降、ブダペスト世界陸上代表となった宇都宮絵莉や山本亜美(富士通)さえ開くことができなかった55秒台の重い扉を、青木が14年ぶりにこじ開ける、価値ある記録だ。

予選を自己ベストの56秒49でトップタイム通過を果たすと、決勝では前年優勝の梅原紗月(住友電工)が序盤から突っ込んで入り、追い掛ける展開となったが焦ることなく中盤から徐々にギアを上げると9台目のハードルで梅原に並びかけ10台目で逆転、フィニッシュラインに飛び込むと55秒92の二日連続自己ベスト更新でそれまでの自己ベスト56秒93から1秒以上短縮していた。
この大会へ向けての入念な準備を重ねてきた証でもあるが、それを実現できたのは、青木が日本選手権優勝と、自国開催となるアジア大会代表に特別な思い入れを持って臨んでいたことも大きな要因だろう。
青木の母、早穂子さん(旧姓:城土)は元陸上選手で、種目は青木と同じ400mH。
現在は母校の筑紫女学園高で陸上の指導を行っているが、その早穂子さんは福岡大在籍時の1994年に日本選手権で優勝を果たして同年に行われた広島アジア競技会の代表となり、57秒86の自己ベストで5位に入賞している。
青木にとって早穂子さんは筑紫女学園高で指導を受けた恩師であり、卒業後、青山学院大に進んでからは、自身のSNSに度々投稿していたように、「母の記録を超えること」が目標でもあった。
4年生となった2023年、関東インカレで自己ベストの57秒65で初優勝した際には「やっと母の記録超えを達成することができました」と喜んだ。

大学を卒業しゼンリンに進んだ2024年にはやや調子を落としていたが、2025年には木南記念を56秒93の自己ベストで制し復調、インタビューで目標を聞かれた青木は、「日本選手権優勝です」と答えていたが、そこには母がかつて日本選手権で優勝をしている事への思いも当然あったろう。
日本選手権の結果は7着、筑紫女学園高3年生だった2019年に初出場を果たして以降7度目の挑戦だったが跳ね返され、その記録を超えてからも母が成し遂げた優勝は高い壁となっていた。
今年、日本選手権が、母が代表として出場した広島大会以来の自国開催となるアジア大会の代表選考会として行われたのは奇しき巡り合わせだったのだろう、母と同様に、自国開催のアジア大会の舞台に立つことが大きなモチベーションとなった。
予選で56秒49と派遣設定記録の56秒16突破もうかがえるタイムを出したあと、翌日の決勝前には、会場を訪れていたその母が、「自分のやりたいレースをやりなさい」と背中を押してくれた。

青木のこれまでは、陸上競技へと誘い、また育ててくれた恩師でもあり、アスリートでもあった母の刻んだ足跡を道標に歩んできた道のりでもあったが、特別な思いで臨んだ日本選手権を制してアジア大会代表に内定、母の実績と肩を並べたこの先は、自らの力でその道を切り拓いて行くことになる。
母が辿り着くことの出来なかったアジアから世界の舞台へ、青木の進む新たな道は、日本選手権の行われたパロマ瑞穂競技場から始まる。
文/芝 笑翔
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