第43回大阪国際女子マラソンが1月28日、パリオリンピック女子マラソン代表の残り1枠を争うMGCファイナルチャレンジ指定レースとして、大阪・ヤンマースタジアム長居を発着点とする42.195㎞のコースで行われ、天満屋の前田穂南がMGCファイナルチャレンジ設定記録の2時間21分41秒を大きく上回り、野口みずきが2005年にベルリンマラソンでマークした2時間19分12秒の日本記録を19年ぶりに塗り替える2時間18分59秒で2位となり、東京に続く二大会連続女子マラソンオリンピック代表に大きく近付いた。
東京オリンピック女子マラソン代表選考で、残り1枠を最後まで争ったダイハツの松田瑞生は日本人選手2番手の2時間23分07秒で3位、ブダペスト世界陸上女子マラソン代表で積水化学の佐藤早也伽は日本人選手3番手の2時間24分43秒で5位に終わり、パリオリンピック出場は厳しくなった。
31㎞過ぎに先行していた前田を捉えたエチオピアのW・エデサが2時間18分51秒の大会新記録で優勝を果たした。
レースは1㎞3分20秒、ゴールタイムが2時間20分40秒とMGCファイナルチャレンジ設定タイムを1分ほど上回るペースに設定され、自己記録が2時間18分台のエデサ、2時間20分台でブダペスト世界陸上代表のS・チェサン(ウガンダ)の海外招待選手と、国内招待選手で東京オリンピック代表の前田、オレゴン、ブダペストの世界選手権二大会連続代表の松田、ブダペスト世界陸上代表の佐藤といったパリオリンピック代表最後の一枠への生き残りを賭ける3人に加え、自己記録2時間29分20秒の竹山楓菜(センコー)が敢然とこのペースに挑み、この6人が新谷仁美(積水化学)、上杉真穂(千葉陸協)ら5人の第1ペースメーカーが先導役を担うグループでレースを進め、有力選手のなかでは松下菜摘(天満屋)がここには付かず、川村楓(岩谷産業)らがペースメーカーを務める後方の第2グループからのスタートとなった。
最初の5㎞の通過は16分32秒と設定ペースよりも速く、この間4㎞過ぎには竹山が付いていくことができず、集団は5人となっていた。
10㎞の通過は32分59秒で5㎞のスプリットは16分27秒、15㎞は49分33秒でスプリットは16分34秒。
設定よりも速めの推移でファイナルチャレンジ設定タイムに対する貯金を作るペースメイクの中心を担った上杉は、この15㎞地点で役割を終えると、各選手に大きな声でエールを送った。
上杉も名古屋でのファイナルチャレンジを控え、前田、松田、佐藤は代表争いのライバルたちだ。
同じ目標へ向かって競い合う仲間の一人として、自身は設定タイム突破へのサポートに回ることを引き受け、役割を終えた時には声を大にしてライバルたちを励ました上杉の姿からも、オリンピック選考会、オリンピック代表への強い思いを窺い知ることが出来た。
15㎞からの5㎞は途中大阪城公園内を辿る。
進行方向左側にケニア人ペースメーカー二人とエデサ、チェサンの二人の海外勢、右側を走るペースメーカーの新谷の周囲に松田、前田、佐藤と、通常なら一般道より道幅が狭くなり、隊列が縦長になりがちなところを、2時間19分台も臨めるハイペースがけして緩んでいないにも拘らず、集団は横に広がった。
その状況は、優勝を争う5人の選手たちのなかで、更にペースを上げる事を望む選手、おそらくエデサ辺りがペースメーカーをプッシュし、その動きを察知した選手の警戒が交錯した結果、自然と横に並ぶかたちとなったように感じられた。
20㎞の通過は1時間06分08秒、この間の5㎞は16分35秒、中間点の通過は1時間9分46秒、レース二日前の記者会見で松田が「最低限そこは切りたい」と目標タイムとして掲げた、2020年、東京オリンピック代表へのファイナルチャレンジとなった名古屋ウィメンズで一山麻緒(当時ワコール、現資生堂)が国内女子最高タイムの2時間20分29秒を記録した際の通過タイムの1時間10分26秒を40秒上回るペースで通過すると、過去にも2018年の大阪国際女子や優勝を果たした2019年のMGCでも中盤からの仕掛けを見せていた前田がペースを上げ、レースを大きく動かす。
ペースメーカーを置き去りにし、エデサ、チェサン、佐藤も即座に反応が出来ず前田との間隔は広がり、集団後方に下がっていた松田の追走も苦しくなり、徐々に距離を置き始めた。ここで、ペースメーカーの新谷はエデサ、チェサンの二人のペースメーカーを海外勢に任せ、エデサ、チェサンに懸命に食らいつく佐藤を後ろからプッシュし、また集団から離れた松田にはその背中を見せ、目標として追いつくことが出来るポジションまで位置取りを下げる、両選手を励ます巧みなフォローをしているように窺えた。
先頭を走る前田の25㎞の通過は1時間22分26秒、この間の5㎞は16分18秒、一度開きかけた追走集団との差はエデサが追いかけ始めたため1秒差まで詰まり、抜け出しきれずにいたが、松田との差は23秒に開いた。
2018年の大阪国際女子では飛び出しを見せた前田に対し、徐々に差を詰めた松田が逆転をしており、また松田のペースは極端に落ちていた訳ではなくそれまでのペースを維持できていたのだが、この地点で揺さぶりに対応できず、じわじわと離されてしまったことは、取り返すことのできない痛手となった。
前田は二度目の大阪城公園内の周回に入る前に再び後続との差を広げ、30㎞までの5㎞のスプリットは16分10秒と更に上がった。エデサも大阪城公園内でPMを置き去りにして前田を再び追い掛け始めてその差は5秒、2位から20秒ほどの差が付いたケニア人ペースメーカーとチェサンの第3集団から遅れそうになる佐藤を励まし何とか引っ張り、踏み留まらせたところで、新谷はペースメーカーとしての役割を終えた。
30㎞を過ぎると、追い掛けるエデサと逃げる前田との差が一気に詰まり、31㎞過ぎにエデサが前田を抜き去り、先頭が後退。
けして大きくペースを落としていた訳ではなかった前田に並んで一呼吸を置かず、一気に突き放していったのがエデサの経験値の高さだろう。
前田の仕掛け以降、無理追いは避けながらギアを上げれば追いつける程度の差を保ち、後方から前田の疲労を感じ取ると一気にシフトアップして勝負を決めに出た。
35㎞までのエデサの5㎞のスプリットは16分05秒、前田も16分21秒と食い下がるがその差は11秒、前田が差を詰めればエデサはまた突き放し、エデサのペースが落ちるとまた前田が差を詰める。
エデサは時折後ろを振り返りながら巧みに前田との差を保ち、前田も顎が上がり、呼吸も乱れていたが、強く腕を振り追い縋った。
40㎞地点での8秒差はそこから縮まることなく、エデサが真っ先にヤンマースタジアムに飛び込むと2時間18分51秒の自己記録と同タイムの大会新記録でゴールテープを切り、続いて2時間19分切りのリミットが迫っていた前田が、フィニッシュと同時に両拳を強く握りしめると左右に広げ、ゴールを待っていた武富豊監督に駆け寄った。
野口の日本記録を更新し、日本人女子選手として初の2時間18分台となる、2時間18分59秒。優勝こそ、エデサに譲ることとなったが、2019年の東京オリンピック選考会のMGCを中盤からの独走で逃げ切った強い前田が、昨年10月の二度目のMGCで不振に終わった雪辱を胸に、よりパワーアップして戻ってきた瞬間だった。
19年間破られることのなかった野口の日本記録をようやく前田が更新したが、ここに至るまでに、本格的な厚底シューズ時代に入っていた2020年に一山が2時間20分29秒で最も日本記録に迫って以降、2021年の大阪国際女子では延期となった東京オリンピックを控えた一山が、2022年の大阪国際女子では松田、東京マラソンでは一山と新谷、2023年のヒューストンマラソンでは再び新谷が記録更新に挑んだがいずれも後半にペースを落とし、跳ね返されている。
特に惜しかったのはヒューストンでの新谷で、ハーフの地点で10秒、30㎞地点で20秒野口の通過タイムからアドバンテージを持ちながら、徐々にペースを落とし、40㎞地点では3秒のビハインドで粘っていたものの、最後は12秒届かなかった。
この新谷のヒューストンでのレースを物差しにすれば、前半で野口の日本記録ペースに対して貯金を作れていても、そのペースを最後まで維持出来なければならない、35㎞からの5㎞を16分27秒でカバーし、最終盤で再びペースアップしている野口越えを果たすことの難易度の高さがお分かり頂けるかと思う。
今大会での前田は、ハーフまでは1時間9分46秒と野口の日本記録のラップタイムから27秒遅れで通過した集団の流れに逆らわず、ハーフを過ぎてペースアップすると25㎞までの5㎞を16分18秒、30㎞までの5㎞を16分10秒とさらに上げ、30㎞の通過タイムが1時間38分36秒とこの時点で初めて野口の5㎞ごとのラップタイムを上回った。
30㎞からの5㎞を16分21秒とペースを大きく落とさず、35㎞からの5㎞は16分45秒とペースが落ちたが最低限で踏みとどまり、ラストの2.195㎞は7分17秒と野口のタイムを2秒上回る最後の絞り出しで、ぎりぎりではあったが2時間19分切りも達成した。
前半は野口のペースには及ばないながらも2時間19分台が目指せる決して遅くないペースで進み、そこからペースアップをして後半ハーフは1時間9分13秒とネガティブスプリットでカバー、特にハーフからのペースアップはワールドクラスの選手の揺さぶりへの対応の可能性を示すもので、35㎞から一度はペースを落としながらも再びペースを戻せた粘りと執念は、日本人選手初の18分台達成を引き寄せた。
また、これまでの野口、渋谷陽子(当時三井住友海上)、高橋尚子(当時積水化学)の日本記録保持者が3代に渡って海外の男女混合大会のベルリンマラソンで記録されているのに対し、前田は混合大会より記録の出しにくい女子限定大会で更新している点でも価値が高い。
国内の大会での日本記録更新は1998年に高橋が名古屋ウィメンズマラソンの前身の名古屋国際女子マラソンでそれまでの日本記録、朝比奈三代子(旭化成)の2時間25分51秒を2時間25分48秒に更新して以来、また、大阪国際女子マラソンでの日本新記録は、1994年に安部友恵(当時旭化成)が2時間26分9秒で優勝、藤村信子(当時ダイハツ)が同タイムで2位、浅利純子(ダイハツが)1秒差の2時間26分10秒で3位に入り、小鴨由水(ダイハツ)、山本佳子(ダイエー)、浅利の3人で並んでいた2時間26分26秒を揃って更新して以来、ちょうど30年ぶりの偉業でもある。
この記録で、前田はパリオリンピックファイナルチャレンジの設定記録も2時間18分59秒と更にハードルを上げて、残るファイナルチャレンジ指定レースの名古屋ウィメンズマラソンの結果を待つこととなった。
30㎞まで第一ペーサーのハイペースに食い下がった佐藤は、その後ペースを維持することが出来ず、2時間24分43秒で5位。ゴール後は立ち上がることが出来ず、係員により車いすでトラックから運び出されることとなったが、オリンピック代表を目指して、ハイペースのレースに挑み、持てる力を全て出し尽くしたことを物語っていた。
その佐藤がゴールする前に、3番手でヤンマースタジアム長居に姿を現したのは松田だった。前田のペースアップにじわじわと後退し、その背中は少しづつ遠ざかり、見えなくなる、パリオリンピック代表獲得が遠のいていく絶望的な状況の中で、緩めることなく一人一人落ちてきた選手を拾いながら、最後まで走り切ったのは、東京大会から続くオリンピック代表という夢への松田なりのけじめではなかっただろうか。
事前の記者会見ではオレゴン、ブダペストの世界陸上両大会での経験からこのままでは世界との差は埋められないと、レースへ至るアプローチを見直して調整してきた事を示唆していたが、あるいはブダペストの直前から違和感があったという脚の故障が思いのほか尾を引き、これまで通りに追い込むことが難しかった、といった事情もあったのかもしれない。
東京オリンピック出場を逃し、失意に沈む松田を励まし、支え続けたダイハツの山中美和子監督は、2時間23分07秒の挑戦を見届けると走り終えた松田を抱き止め、松田は良き理解者の胸に顔を埋めた。
ヤンマースタジアム上空から降りてくる雨は師弟二人の心に寄り添うようにトラックを濡らしていた。
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1月28日
第43回大阪国際女子マラソンの結果
上位20位まで
1)W・エデサ(エチオピア)2:18:51※大会記録
2)前田穂南(天満屋)2:18:59※日本新記録、大会記録
3)松田瑞生(ダイハツ)2:23:07
4)S・チェサン(ウガンダ)2:23:36
5)佐藤早也伽(積水化学)2:24:43
6)K・スタインラック(ドイツ)2:24:56
7)松下菜摘(天満屋)2:25:10
8)大東優奈(天満屋)2:25:16
9)中野円花(岩谷産業)2:26:50
10)西川真由(スターツ)2:27:13
11)川内理江(大塚製薬)2:28:28
12)小林香菜(前橋市陸協)2:29:44
13)ジョン ダウン(韓国)2:30:49
14)M・ミルチェバ(ルーマニア)2:32:03
15)青木奈波(岩谷産業)2:32:06
16)竹山楓菜(センコー)2:33:43
17)平島美来(ユニクロ)2:34:08
18)北川星瑠(大阪芸術大)2:34:11
19)池満綾乃(鹿児島銀行)2:37:36
20)古原夏音(大阪芸術大)2:39:13
女子マラソン日本歴代20傑
1)前田穂南(天満屋)2:18:59 2024/01/28 大阪国際女子
2)野口みずき(グローバリー)2:19:12 2005/09/25 ベルリン
3)新谷仁美(積水化学)2:19:24 2023/01/15 ヒューストン
4)渋井陽子(三井住友海上)2:19:41 2004/09/26 ベルリン
5)高橋尚子(積水化学)2:19:46 2001/09/30 ベルリン
6)一山麻緒(ワコール)2:20:29 2020/03/08 名古屋ウィメンズ
7)松田瑞生(ダイハツ)2:20:52 2022/01/30 大阪国際女子
8)安藤友香(スズキ浜松AC)2:21:36 2017/03/12 名古屋ウィメンズ
9)細田あい(エディオン)2:21:42 2022/10/02 ロンドン
10)千葉真子(豊田自動織機)2:21:45 2003/01/26 大阪国際女子
11)坂本直子(天満屋)2:21:51 2003/01/26 大阪国際
12)鈴木亜由子(日本郵政グループ)2:21:52 2023/03/12 名古屋ウィメンズ
13)加世田梨花 (ダイハツ)2:21:55 2022/09/25 ベルリン
14)山口衛里(天満屋)2:22:12 1999/11/21 東京国際
15)佐藤早也伽 (積水化学)2:22:13 2022/09/25 ベルリン
16)福士加代子(ワコール)2:22:17 2016/01/31 大阪国際
17)上杉真穂(スターツ)2:22:29 2022/01/30 大阪国際
18)土佐礼子(三井住友海上)2:22:46 2002/04/14 ロンドン
19)前田彩里(ダイハツ)2:22:48 2015/03/08 名古屋ウィメンズ
20)弘山晴美(資生堂)2:22:56 2000/01/30 大阪国際
参考資料1
野口みずきの2004年ベルリンマラソンの5㎞ごとのラップタイム
5㎞ 16:24
10㎞ 32:53(16:29)
15㎞ 49:22(16:29)
20㎞ 1:05:43(16:21)
ハーフ 1:09:19
25㎞ 1:22:13(16:30)
30km 1:38:49(16:36)
35km 1:55:26(16:37)
40km 2:11:53(16:27)
ゴール 2:19:12(7:19)
参考資料2
新谷仁美の2023年ヒューストンマラソンの5㎞ごとのラップタイム
5㎞ 16:25
10㎞ 32:45(16:20)
15㎞ 49:05(16:20)
20㎞ 不明
ハーフ 1:09:09
25㎞ 1:22:00
30㎞ 1:38:29(16:29)
35㎞ 1:55:14(16:45)
40㎞ 2:11:56(16:42)
ゴール 2:19:24(7:39)
参考資料3
前田穂南の2024年大阪国際女子の5㎞ごとのラップタイム
5㎞ 16:32
10㎞ 32:59(16:27)
15㎞ 49:33(16:34)
20㎞ 1:06:08(16:35)
ハーフ 1:09:46
25㎞ 1:22:26(16:18)
30㎞ 1:38:36(16:10)
35㎞ 1:54:57(16:21)
40㎞ 2:11:42(16:45 )
ゴール 2:18:59(7:17)