大迫傑と鈴木健吾、1秒を巡る物語東京マラソン2026の注目選手

大迫傑と鈴木健吾、1秒を巡る物語
昨年12月7日、日本では読売防府マラソン、福岡国際マラソンが行われたこの日、スペインのバレンシアマラソンに出場した大迫傑(LI-NING)は2時間4分55秒でフィニッシュし、鈴木健吾(横浜市陸協)が富士通時代の2021年2月のびわ湖毎日マラソンでマークした2時間4分56秒の日本記録を1秒更新した。
大迫は2018年のシカゴマラソンで2時間5分50秒の日本記録を樹立、2020年の東京マラソンでは2時間5分29秒に更新しており、4年10か月ぶりに日本記録保持者の座に返り咲いたことになる。
これは1978年2月の別大マラソンで宗茂(旭化成)が日本人選手初のサブテンとなる2時間9分5秒6をマークして以降、元日本記録保持者が再びその座に就いた初の事例となったが、日本記録保持者が自らその記録を更新した例も先述した大迫しか成し遂げていない、国内マラソン史を辿っても隠れた偉業といって良いだろう。

その大迫に更新された鈴木の2時間4分56秒も日本人選手として初の2時間4分台で、非アフリカ系の選手としては2018年に2時間4分43秒を記録したモロッコ出身のE・エル アバシ(バーレーン)以来二人目(※2011年のボストンマラソンで、アメリカのR・ホールが2時間4分58秒を記録しているがWAの基準では非公認)で、当時からこの記録を越えるのは鈴木自身か大迫しかいないのでは、と囁かれた大記録だったが、その後5年近く難攻不落の砦のように多くの選手の前に立ちはだかった。

鈴木の記録を更新する難易度の高さは、35㎞以降の走破タイムにあった。
2021年のびわ湖での鈴木の30㎞の通過は1時間28分59秒で、2020年東京の大迫の通過タイムの1時間28分40秒からのビハインドが19秒、35㎞の通過は鈴木が1時間44分01秒、大迫が1時間43分36秒で差は25秒に拡がったが、鈴木はここからの5㎞のスプリットを14分39秒に上げて40㎞の通過は1時間58分40秒とここで大迫の1時間58分51秒を11秒上回り、更に残り2.195㎞を6分16秒と世界基準のタイムで走破して、日本人選手で初めて2時間5分台の壁を打ち破る、2時間4分56秒まで押し上げていた。

以降、大迫に破られるまで、35㎞地点まで鈴木の記録を上回ったのは4例あったが、その最初の例は他ならぬ鈴木自身で、日本記録を打ち立てた翌年、2022年の東京マラソンで35㎞地点を1時間43分35秒で通過、自身の日本記録からのアドバンテージは26秒あったが、37㎞から38㎞で1㎞のスプリットタイムを始めて3分台に落とすと、40㎞までの5㎞のスプリットは15分8秒で40㎞の通過が1時間58分43秒と3秒と僅か3秒だがビハインドに変わり、残りの2.195㎞は6分45秒かかってフィニッシュは2時間5分28秒と、2020年の大迫の記録を1秒上回る大会日本人選手最速記録となったが、日本記録更新はならなかった。

2例目は2023年の東京マラソン。
山下一貴(三菱重工)、其田健也(JR東日本)、そして大迫傑の3人が35㎞を1時間43分47秒で鈴木の日本記録時の通過を14秒上回る通過となったが、30㎞のペースメーカーの離脱後、海外勢は勝負に徹して先頭に立つことを嫌いペースが落ちており、山下一貴が先頭を引っ張ったもののペースは上がらず、最終的に日本人選手最先着となった山下一貴のフィニッシュタイムは2時間5分51秒、大迫はラスト2.195㎞でタイムを落とし、2時間6分13秒でのフィニッシュとなった。

3例目は2024年のベルリンマラソンでの池田燿平(花王)で、15㎞までは落ち着いた流れで44分42秒と鈴木の日本記録時の通過から10秒のビハインドがあったが、次の5㎞のスプリットが14分28秒と急激に上がって20㎞の通過は59分10秒と、11秒のアドバンテージに変わった。
中間点通過は1時間2分25秒と単純計算で2時間4分50秒ペース、20㎞からの5㎞と25㎞からの5㎞のスプリットは14分55秒、14分52秒とペースが再び落ち着き、30kmの通過は1時間28分57秒とアドバンテージは2秒とほぼなくなったが、ここで5㎞のスプリットを14分32秒に上げて35㎞の通過は1時間43分29秒と日本記録からのアドバンテージを32秒に拡大し、続く5㎞も14分54秒とペースは落としながらも1㎞3分を切るペースで粘り、40㎞を1時間58分23秒で通過、日本記録からのアドバンテージも17秒あったが、ここからを6分16秒でカバーした鈴木の日本記録の壁は高く、6分49秒かかった池田は2時間5分12秒で大魚を逸することとなった。

4例目は2024年の福岡国際マラソンでの吉田祐也(GMOインターネットグループ)。
このレースはスタート時の気温が14.6℃とやや高く、吉田の中間点の通過も1時間2分58秒と際立って速いペースでは無かったが、20kmからの5㎞のスプリットが14分45秒、25㎞からの5㎞が14分42秒に上がると、ペースメーカーが離脱して以降も単独でそのペースを維持し、35㎞の通過が1時間43分52秒とこの時点で初めて日本記録のラップタイムを9秒上回った。
40㎞の通過は1時間58分47で35㎞からの5㎞は14分55秒と1㎞3分を切るペースは維持できていたが、この間に14分39秒にスプリットを上げていた鈴木の40㎞の通過タイムとは7秒のビハインドに変わり、以降の2.195㎞を6分29秒に上げたものの、2時間5分16秒で日本記録には届かなかったが、中間点以降の後半ハーフに限れば1時間2分18秒と鈴木の1時間2分20秒を上回っており、その点では惜しいレースだった。

このように鈴木自身を含め、国内トップクラスの選手があと一歩に迫りながら、残り5㎞を非公式ながら14分24秒、40㎞以降を6分16秒でカバーしていた鈴木の記録を越えるに至っていなかったが、その壁を打ち破ったのが、2023年の東京マラソンで1度跳ね返されている、パリオリンピック以来1年半ぶりのフルマラソンとなった元日本記録保持者の大迫傑だった。

記録更新となったバレンシアマラソンでの大迫は、このレースで2時間4分3秒の2位となった東京世界陸上銀メダリストのA・ペトロス(ドイツ)らとともに第二グループでレースを進め、入りの5㎞から14分50秒前後のスプリットを刻み中間点通過は1時間2分41秒と、先日行われた大阪マラソンの2位グループの通過と同タイムで、ここまでは2時間5分20秒あたりのフィニッシュが予測されるペースだったが25㎞を1時間14分17秒で通過すると25㎞からの5kmは14分32秒と集団のペースが一気に上がって30㎞の通過は1時間28分52秒と、日本記録の鈴木の通過を7秒上回るペースとなり、その後ペトロスに遅れを取ったものの30㎞からの5㎞は14分53秒で35㎞の通過は1時間43分45秒、日本記録からのアドバンテージは16秒に拡がったが、35㎞からの5㎞も14分51秒とペースは維持できていたが、40㎞の通過タイムは1時間58分36秒でアドバンテージは4秒に縮まっていた。
かつて2度日本記録を樹立した際の大迫の40㎞以降は2018年のシカゴが6分51秒、2020年東京が6分38秒と1㎞換算で3分を上回るタイムとなっており、さすがの大迫も厳しくなったかと思われたが、ライブ配信のカメラが捉えた大迫は、目は見開き歯を食いしばりながらも大きく腕を振るトラック時代でも記憶にないような凄まじいまでのラストの絞り出しを見せてフィニッシュラインに飛び込んできた。
残り2.195㎞を6分19秒でカバーして、2時間4分55秒と僅か1秒鈴木の日本記録を上回ったが、それでもこの1秒の持つ意味は大きく、大迫の執念、気迫、そしてマラソン哲学が凝縮されていたように思う。
大迫が鈴木の日本記録を上回ったのも1秒、2022年の東京マラソンで鈴木が日本記録の更新はならなかったものの、コースは違えど大迫が2020年に記録した大会日本人最高記録の2時間5分29秒を上回ったのもまた1秒というのも、二人の因縁だろう。

再び日本記録保持者の地位に就いた大迫傑と、前日本記録保持者となった鈴木健吾が、3月1日に行われる東京マラソンで相見える。

二人のフルマラソンでの直接対決は過去に2度、いずれもオリンピック代表の懸った2019年、2023年のMGCで2019年は大迫が2時間11分41秒で3位、鈴木は2時間12分44秒の7位、2023年は故障からの回復途上の出場で途中棄権となった鈴木に対し、大迫は2時間9分11秒で3位と大迫に軍配が上がっているが、2019年は鈴木が日本記録を樹立して大ブレイクをする以前であり、そのレースでは戦前の下馬評が高かった訳では無かった鈴木が、大逃げを打った設楽悠太(当時Honda、現西鉄)を真っ先に追い始めてペースを上げると大迫も呼応、その後も幾度か揺さぶりを行う鈴木の仕掛けにその都度対応をしていた大迫は「脚を削られ」、このレースで優勝し、東京オリンピック即時内定を勝ち取った中村匠吾(富士通)のスパートに屈してその時点での内定を得る事が出来ず、鈴木が所属の先輩、中村のアシストをした恰好となっていた。

大迫はバレンシアマラソンから3か月とこれまでにない短いスパンでのレースとなる今年の東京マラソンを「新たな挑戦」と位置付けている。
鈴木はコロナウィルス感染により出場辞退となった2022年のオレゴン世界陸上以降、長く低迷に陥っていたが、昨年の大阪マラソンで2時間6分18秒と復調の兆しを見せ、続いて挑んだベルリンマラソンは2時間14分51秒と結果を残せなかったものの、1月のヒューストンハーフでは1時間0分56秒と、再び調子を上げてきており、
また所属の富士通を離れてプロランナーとして初めて挑むフルマラソンが東京マラソンとなった。

日本のマラソン史にもその名を刻む二人の三度目の直接対決には、どのような結末が訪れるのだろうか。

東京マラソンは大迫、鈴木の他にも注目選手が多数出場!
東京マラソンにはこの二人のほか、国内招待選手では昨年の大阪マラソンで2時間5分39秒の初マラソン日本最高記録をマーク、東京世界陸上では一度先頭集団から離されたものの追い付く粘りを見せ、入賞ラインの8位から19秒差の11位と健闘した近藤亮太(三菱重工)、昨年の大会で日本歴代9位の2時間6分0秒で日本人選手最先着を果たした市山翼(サンベルクス)、昨年の大会では日本人選手ではただ一人2時間2分台を目指した先頭集団に加わって一時はその集団から飛び出す意欲的なレースを見せながら35㎞でリタイアとなり、そのリベンジを目指す太田蒼生(GMOインターネットグループ)、一般参加では箱根駅伝では5区での快走で山の名探偵の異名を取り、昨年のワールドユニバーシティゲームズのハーフマラソンで金メダルを獲得した、初マラソンに挑む工藤慎作(早稲田大)と多士済々で、海外招待選手も昨年の大会を2時間3分24秒で制したT・タケレ(エチオピア)ら2時間3分台の自己記録を持つ選手6名に、東京世界陸上銅メダリストのI・アオアニ(イタリア)、オレゴン世界陸上4位入賞のC・レベンス(カナダ)、東京オリンピック10000m金メダリストのS・バレガ(エチオピア)と超強力、女子も引退レースとなる細田あい(エディオン)など注目ポイントには事欠かず、スタートが今から楽しみでならない。

文/芝 笑翔

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